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2010年05月05日

カマボコ

僕が冷蔵庫の中においた蒲鉾は実は僕自身だった。

ナイロン袋はまだ外気を含んでいてそれなりに暖かかったのに、冷気が残酷にも侵入してくる。
僕は徐々に冷気に侵入され冷たくなっていく。
ああ、冷たい。このままだと死んじゃう。
そう思っても何も知らずに遊んでいる息子と妻には説明のしようがない。
最近買ったアンパンマンのおもちゃはひどくお気に入りだったようで、アンパンマンとバイキンマン、どきんちゃんがつながっているヒモの先端を息子は一心不乱にひっぱっている。
がらがらがらとオトを立てながらおもちゃは気が動転している僕の足元を来たり行ったりしている。
妻は頭をなでながら最近言葉を話し始めた息子のことがかわいくてしかたないらしく、いろいろと話かけたりしている。

久しく音信が途絶えていた友人と会って食事をした帰りだった。
彼には恋人ができていて彼女同席のもと三人で、ここ数年に互いが経験したことをいろいろと話した。
二十歳前後に僕や彼が感じていたこと、人生に対しての向き合い方、今後の抱負。

柄にも無くお土産ということで彼は僕にナイロンの袋に包まれた蒲鉾を手渡したのだった。

僕は一途な人間だ。
なにかにのめりこんだらそれ以外のことが目に入らないくらい熱中してしまう。
生きていれば当然色々な人に出会うし、色々なものを手にする。
形のあるものだけではない。

僕は形あるものをあまりにも軽んじてしまったのかもしれない。
そういえば人に物をもらったとしても僕は喜べなかった。
どこそこへ行ったときのお土産ってことで手渡されても僕はそういったものに対してものすごくさめていた。
もらったまま車の中に放置してみたり、食品だったりすると無残で、なんかくさいなと思うとそれが十分発酵された状態で発見されたりなどだ。
あまりにもモノに対しての執着が薄く、たとえば賞状だったりトロフィだったりに対してアレルギーがある。
形に残らないものに対しての憧れが強く、手もとにおいておいてめでることができないタイプのものばかりである。

伴侶ができた。
子供が出来た。
家を建てる。
車を買おう。

全部が味噌汁の味のように、僕の感覚を通り過ぎていくのであって、何一つ僕の手もとに形として残らない。

友人に恋人が出来た。
就職した。
別居した。

すべては感じられる味噌汁の味である。
具のように具象性がない。


大切な妻と息子が僕のほうを笑顔で気にしながら、新しいおもちゃと一所懸命格闘している。
大切な大切な家族が幸福をかみ締めている脇で僕は真っ暗な冷蔵庫の中で少しずつ体温を奪われ、やがて冷たくなってしまう。
冷たくなった蒲鉾をきっと僕は食べないのだと思う。
冷たくなっていることにすら僕は気づかないのだと思う。
なぜなら僕は形に興味がないから。
僕という形ですらわからないまま終わるのだと思う。

投稿者 hospital : 2010年05月05日 00:29