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2010年10月06日

街路徘徊

猛暑も後退した初秋の街路をうきうき気分で徘徊しよう。
もちろん身につけるものなんて何も無いのさ。
布切れ一枚だって許さない。
何もつけないことがすべての景色を変えてくれるのだから。
めがねもはずそう。
薄ぼんやりと街灯がけぶってみるね。
そう、僕はもともと目が良いほうではない。
だから、不思議の国を歩いているような、なんだかふわふわした気持ちのまま歩くことが出来るんだ。
現実僕は社会人だ。
昼間は多くのしがらみに縛られたまま仕事をしている。
そうしたものが邪魔だなんて感じたことは無い。
鎖だなんて、まったく思ったことはないんだ。
けど、生まれたままの姿で初秋の街路を闊歩してみると、それらすべてが僕にとって邪魔なものだったことに気づく。
みんなも試してみてごらん。
会社も学校も休んでしまって、何も考えないで、電話もメールも一切ゴミ箱に捨てた気分になって河原を一人で歩いてごらんよ。
人に会うのが億劫だったら山の中に迷い込んでごらん。
危険の無い山なんて少しの努力ですぐ身近にあるんだから。
すると気づくよ、ログオフした自分に。
いろんな厄介な関連付けと一切手を切るんだよ。
ほんとに手を切ると後がほんとにやっかいだからさ、そこは常識人のたしなみで工夫するとしても、いろんなことが見えてくる。
フレームを外す、ってことかな。
会社帰りにプールによって1,000m泳ぐのも、テニスクラブに身をやつすのも、行きつけの居酒屋に引っ掛るのも、学校帰りの友達の家も、ゲーセンも、みんな簡易な形なんだ。
自分が自分でいられるためのね。


僕の場合はバランスがうまく取れなくて、ブリーフにTシャツ程度で済ませられるところが、全開でいっちゃった。
めがねもないよ。
もちろん、腕時計なんてはなからないさ。
社会人であるべき属性を一つも身につけず、僕は街路を徘徊したよ。
景色は本当にきれいだった。
雨上がりの湿った空気は僕のさっきまでささくれ立っていた心をやさしくなでてくれた。
店の看板や団欒の明かりは目の悪さから乱反射してみえて、それは本当に素敵な物語の中の光に見えた。
闇の中で数多くの光の絵の具がにじんでいるようにね。
声が色々と聞こえてくる。
罵声を浴びせられているようでもあるし、嬌声のようでもある。

しがらみを外しちゃいなよ。
僕みたいなはずしかたをする前に、もっといろんな方法があるみたいだから。
すごく大切なことだから、歌を歌うように考えてみて欲しいな。
親友と時を過ごすように。
家族と眠りにつくように。
さよなら。
おやすみなさい。

投稿者 hospital : 2010年10月06日 04:04