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2011年02月28日

嘆き'nドラム

結婚しようと言ったその日に彼女は死んでしまって、悲しい俺はドラムを買った。仕事をやめて、アパートを引きはらって、人里離れた山小屋でひとり、ドラムを叩いた。叩き方なぞ知らなかったから、ただ出鱈目に闇雲に叩いた。俺は悲しかった。

出鱈目に闇雲に叩くのにも飽きたので、いろいろと工夫するようにもなった。右手左手右足左足をいろんな順番にいろんなふうにしていろんなリズムで叩いた。やがて、俺だけの叩き方をみつけた。とってもきもちのよい音がする叩き方だ。そいつが上手にきまると、射精するほどのきもちよさだ。

ドラムを担いで山を降りた。街のみんなに俺のドラムを聞かせてやりたかった。大きな駅前の広場で激しくドラムを叩いた。通行人たちは皆、股間を押さえて喜びの声をあげた。嬉しかった俺は、さらに激しくドラムを叩いた。人々はさらに喜びの声があげた。ぶったおれた。のたうちまわった。泡を吹いた。そして、死んだ。

俺は自首をして警察につかまった。ドラムはとりあげられた。ドラムスティックもとりあげられた。牢屋にいれられた。丸坊主にされた。くさい飯くった。そのころ、世界戦争がはじまっていた。

ある日、俺は牢屋をだされ、窓のない部屋に閉じこめられた。部屋にはドラムとドラムスティックとメモ。メモには、「好きなだけドラムを叩け」と書いてあった。天井からはマイクがぶら下がっていた。

俺は嬉しかった。ドラムを好きなだけ叩いた。寝食忘れて、夢中で叩いた。そんな俺のドラムの音は、世界各地の戦場で放送された。たくさんの兵士が、股間をおさえて笑顔で死んだ。

やがて、戦争が終わって、俺の国は世界で一番強い国となった。俺のドラムは国の英雄となった。大統領は俺のドラムに勲章を与えた。国旗にドラムの絵が加えられた。国会前の広場に、俺のドラムが飾られた。俺は軍に管理されて、人々の前に出ることはなかった。

俺はドラムとドラムスティックのない施設に閉じこめられた。国はもはや俺のドラムを必要としなかった。すでにたっぷり録音していたから。人々は俺のドラムの音に恐れながら暮らした。時折、軍から流出した録音データが、自殺やテロリズムに使われた。

そのうちに、反政府デモがおきた。国はすぐに弾圧に乗り出した。たくさんの人々が集まる場所で、俺のドラムの音が流れた。人々は、片手で股間を押さえ、残る片手で拳を振り上げながら、笑顔で死んだ。大統領は手を叩いて喜んだ。

それでもデモは続いた。絶対に俺のドラムの音を聞くまいと、連中は、こぞって焼けた鉄の棒を耳の穴につっこんだ。いつしか、この国で、俺のドラムの音が聞けるのは、俺と、政府側の人間だけになっていた。そして、政府は陥落した。

俺は施設から解放された。街では祝砲や歓声のないパレードが静かに続いていた。人々はモバイルPCやスマートフォンで喜びをわかちあっていた。たどり着いた国会前の広場では、ちょうど何人かの若者たちが、俺のドラムをぶっ壊そうとしていた。俺は若者たちに泣いてすがりついて、叩かせてくれと懇願した。

さあどうぞ、と、若者のひとりがジェスチャーで俺に促した。ドラムスティックをどこからか持ってきてくれた。俺は俺のやり方で、思いきりドラムを叩いた。誰にも聞こえないはずだから、なんの気兼ねもなく叩いた。夢中で叩いて、ふと我に返ると、俺は大勢の人々に囲まれていた。皆、腹を抱えて笑い転げていた。

俺の叩き方があまりに滑稽だったからだ。俺がみつけた俺のドラムの叩き方はひどく人々に面白がられるようだ。皆の笑いがとまらない。どんどん人が集まってくる。何万人ってくらいの数だ。空にはヘリコプターが飛んでいる。軍じゃない。ようやく危険のなくなったこの国に、外国の報道陣たちが集まってきたんだ。カメラや集音マイクを担いだ連中が、こっちに向かって走ってくるのがみえる。よう、はやくここに来いよ。みんなの笑顔を世界に伝えてくれよ。俺はいっそうはりきってドラムを叩いた。

投稿者 hospital : 2011年02月28日 02:28