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2014年04月10日

カルマンの少女 01

妹の下着はどれも奇麗だった。
私はシャワーを浴びようと、着ていたジーパンを脱ぎながらそう思った。

私と妹は壁も床も天井もすべてコンクリートの部屋に住んでいた。所謂、内装がない部屋で、部屋数は多かったが、家賃は安かった。

居間は洗濯物を干す場所となっていて、縦横無尽に、物干し用の紐が張られている。引っ越してすぐの週末、妹が連れてきた男が私たちのために付けてくれたものだ。

妹の下着の隣には私の下着も干してあって、一目で違いが分かった。華があるものと華がないもの。
華とは不思議だと思う。私も奇麗なものに惹かれる。妹が奇麗だということはわかる。羨ましいとも思う。だけど、私が選び、手に取るものにはいつも華がなかった。

なぜ。

「それはね。運動的脳と、感覚的脳の違いだよ」

「誰?」

私が振りかえるとそこにはいつものように薄暗いコンクリートの壁しかなかった。
気のせいにしてはあまりにも明確な声だった。

「誰?」

「現代人は感覚的脳が発達し過ぎてるんだ。良い映画を見て良いと思うけど、作れと言われたら作れない。それも感覚的脳と運動的脳のギャップから生まれるんだよ」

「誰なのよ!」

私は声のするコンクリートの壁に向かって言ってみた。

「そんなに怒鳴らなくても良いと思うけど」

コンクリートの壁に人の顔のような凹凸ができて、その口らしき部分が少し動き、そこから声が出ていた。

私は急いで壁に近寄りその部分を触ってみた。

「くすぐったいんだけど」

コンクリートの壁はそう言った。
ただ、それは唇らしい形をしているだけで、触るとやはり冷たいコンクリートだった。

「あなた・・何なの?」

「僕?」

「・・そう」

「茂木だよ。茂木博士っているでしょ?脳博士の。あの茂木博士の弟の」

「弟のスティーブ」

茂木博士の弟と名乗るコンクリートの壁は、自分は茂木スティーブだと言った。

「ハーフだから顔が奇麗なんだけどさ。プレゼンも得意だし」

スティーブと名乗る壁はそう言ったが、コンクリートの壁に何やら顔らしき凹凸ができ、それが動くだけで、奇麗というより不気味だった。
その後もチグハグなやりとりは続いた。
茂木博士もハーフなのか。
NO。
じゃあ茂木博士と血のつながりはないのか?
ある。母も父も同じ。
生まれはどこか?
札幌。

彼の回答は滅茶苦茶だったが、煩わしさや恐怖感はなかったので、私は長いため息をついた後、再び洗濯物の張り巡らされた居間を見つめた。

「やっぱり私の下着って地味だね」
「下着というより全体的に地味だね」
「分かってる」
「髪型も地味だし」
「分かってるわよ」
「今さっき脱いだそのジーパンも地味だし」
「だからわかってるってば」

「でも知ってた?」
「なにが」
「お前の方が奇麗だよ」
「え?」
「お前の方が奇麗だ。」
「・・」
「妹より」
「・・」
「なんちって。まだお前の妹見たことないんだよね」
「・・」

私は頭にきて、どうにかしてやりたいと思ったが相手はコンクリートの壁で、殴りかかっても無駄だと考えなおした。

時間を見るともう夜の1時過ぎだった。
そろそろ妹が帰ってくる。
私は急いでシャワーを浴びることにした。

ふと壁の方が気になって、振り返り

「見ないでよ」

と言った。

壁は

「分かってる」

そう言って目を伏せた。少なくともコンクリートの壁はそう動いた気がした。


シャワーを浴びていると

「体は地味じゃないな」

という声が聞こえた。

ギョッとして壁を振り返ると、やはりお風呂場の壁にも顔の凹凸ができていた。

「何やってるのよ!」
「ごめん。ちょっと覗きたくなってさ」
「早く出てってよ!」
「分かったよ。そんなに怒らないでくれよ」

スティーブはそう言いながら壁から出てきた。
この際、壁の中を移動できるんだと言って、色々な壁に出てくる方が自然な気がしたが、スティーブは何ということもなく、壁からするっと出てきた。
貞子がTVから出てくるような違和感があったが、恐怖よりも怒りの方が大きかった。
スティーブは全裸であった。
しかも勃起していた。

「み、見るなよ」

「殺すわよ」

スティーブは股間を両手で隠しながら部屋から出て言った。
何なんだろうか。
私は気持ちを整理しようと自分に言い聞かせた。
シャワーが終わり、私はしっかり洋服を着こんでから、恐る恐る辺りを見渡すように居間に出た。

居間には妹と向かい合って、楽しげに話しているスティーブの姿があった。

「お姉ちゃん。男連れ込むようになったのね。しかもハンサム」

妹は私を見るなり嬉しそうにそう言った。

「やっぱりお前の方が奇麗だぞ」

スティーブは、私を振り返ってそう言った。
妹はブスっとした口調で

「ちょっとそれどういうことよ」

と言ったが、楽しそうな顔をしていた。

私は相変わらずスティーブが裸のままということに気付いて、急いでバスタオルをスティーブに投げた。

「大丈夫よ。手を出したりしないから」

妹は悪戯っ子のような顔をして私にそう言った。
そして

「ごめんね。お取り込み中の所帰ってきちゃって」

と言いながら立ち上がり、鼻歌を歌いながら自分の部屋に入って行った。

「そんなんじゃないわよ!」

私は、後を追うように妹の部屋に向かって叫んだ。


その後、居間には気まづい沈黙が流れた。

「あ、あのさ・」

私が沈黙に耐えられず何か話そうとした瞬間

「おれたち、もう終わりにしないか」

スティーブはそう言った。

「え・・」


「なんちって」
「まだ始まってもいねえよ。なんてキッズリターン風に言ってみたりなんかしちゃったりして」

と口にすると、スティーブも鼻歌を歌い、お尻をプリンプリンと振りながらコンクリートの壁の中に入って行った。


私は開いた口を強引に閉じながら、たった今スティーブが入って行った壁を見つめた。
触ってみたがそれは、昨日までと同じコンクリートの壁だった。

これは夢だったのだろうか。


そう思った瞬間。妹の悲鳴が聞こえた。
そして、股間を抑えながら、スティーブが全裸で妹の部屋から飛び出してきた。

「何なんだよな」

まったく困るよな。やれやれ。と共感を求めるような顔を私に向けながら、スティーブは居間の反対側の壁まで走り、そのまま壁の中に入って行った。

とっさにつかんだであろう化粧瓶を片手に、妹は、私をぎっと睨んだ後、部屋の扉をバタンと強く締め、自分の部屋に戻った。
そして、中から強く鍵をかける音が聞こえた。

スティーブは妹が部屋に戻ったのを確認すると、壁の中から

「早く寝ろよな」

と捨て台詞を残して、また消えた。


私はやり場のない怒りと動揺を胸に、目の前にある壁を思いっきり蹴とばした。
そして、自分の部屋に入り、意味がないとは分かりながらも、しっかりと部屋の鍵を締めた。


(つづく)

投稿者 hospital : 2014年04月10日 16:24