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2014年05月23日

カルマンの少女 03

「業を煮やすって不思議な言葉ね」

「なぜ」

「業ってその人に定められた運命、カルマって意味でしょ」

「運命的な話でオレに同意を求めるな」

「それを煮やすってどういうことかしら」

女は彫刻刀を取り出した。

「おいおい、小学校の図工の時間以来の登場だな」

そして、ためらわず男の胸を突いた。
彫刻刀の刀は短い。木のつっかえが男の胸板に当たる。
約3cm分、胸に突き刺さった。

3cmの間に大事なものがあっただろうか。

感傷に浸っている暇はなかった。
男の体から血が流れ出す。

男はとっさに脇に合ったガラス製の大きな目覚まし時計で女の頭を殴った。

「か・火曜サスペンス劇場みたいね」

女は髪の毛の奥から額におびただしい量で流れ落ちる血を拭うこともなく、バサッと床の上に倒れた。

女の体の下から湧き出たかのような黒い血がフローリングの上をゆっくりと広がっていった。


「で、その時オレは思ったわけ」
「何を」

「やっぱり床はコンクリートだなって」
「・・」
「フローリングはロックじゃないなって」

土曜日の午後、スティーブは当たり前のように居間のソファでくつろぎながら、昨晩、壁の中を散歩している時に見てしまったという殺人現場の話を始めた。
「隣の奥さんパーマあてたね」 という軽口の後に話し出したためあまり気にしていなかったが、その日の夕方、マンションの周りがパトカーが一杯になったため、それが本当だとわかった。

「あなたじゃないわよね?」
ふと心配になったが、スティーブは私に目を向けることもなく、ソファの上でi-フォンをいじりながら
「違う」
と言った。
小学生のような無邪気さを感じたため、その言葉を信じることにした。
ジャガリコをボリボリと食べながらソファの両端に頭と足を乗せてTVを見ているスティーブであったが、会社では別人のような凛々しさを見せ、スティーブが来てからの1カ月で会社は明らかにスティーブを中心に変わり始めていた。

「仕事している時と全然違うのね」

そう口にしながら、同居人に話しかけるように言葉が自然に出てきたことに驚いた。

「まあ、仕事を家庭に持ち込まない主義だからな」

「別にあなたの家庭じゃない・」

「あのさ」
「な、なによ」
「無印良品みたいなライフスタイルってどうなんだろうな」

え?

「やけにさわやかなフローリングと、微笑さえ感じさせる木目の家具に囲まれて」

スティーブは淡々と話し始めた。

食器は白くてシンプル。ベッドカバーも嫌味なほどに害がなさそうな無地。生成り色。
スリッパもシンプルな形で紺と白のストライプ。
そしてあのシンプルでノスタルジックな彫刻刀。
あの彫刻刀を手に取って買った人間が

どうしてあんなにケバケバしい化粧をしていたんだ。

― どうやらスティーブは、昨晩見たと言っていた殺人現場のことを話しているらしい。

それは貴乃花のマンションのベランダから手を振る宮沢りえに感じた違和感と似ていた。
殺された女は白いパジャマを着ていたが、それは「生成り色」ではなく、ほとんどシルバーに見えるシルクだった。
男はお揃いのパジャマを着ていたが色は紺だった。

― たしかに火曜サスペンス劇場っぽい。

更に、男は刺青をしていた。無印と刺青。
俺のようにD&Gと無印をうまく融合している人間もいる一方で、あれだけ融合していない人間をどう理解すべきだろうか

スティーブは何かを考えているようだった。
ちなみにスティーブはコンクリートに囲まれた部屋のボロボロのソファーの上にD&Gのパンツ一枚で寝転がっていた。ブラットピットをもう少しスマートにしたような綺麗な体だった。


「わーセクシーねー」

起きてきた妹がスティーブを見て開口一番言った。
妹は大きく胸の開いたネグリジェを着ていた。

「おーアンジー」

スティーブはそう言って両手を広げた。

「ブラッドォ。あなたなのね」

妹はのり良くスティーブの胸元に飛び込んだ。
冗談のつもりだろうが2人はそのまま密着したままじゃれ合っていた。
私はなぜか動揺していた。

私の表情を見た妹は、すぐに立ちあがると、ニコッと笑い、

「冗談よ」

と言ってスティーブから離れ、スティーブの向かいのソファに移動した。
その後、スティーブに目をやると、スティーブはきょとんとした顔をして私を見つめた後、

「まあ、ロックンローラーの妻だと思えば」

と言いかけたが、私の血走った眼を見つめた後、そっと目を伏せた。


「で何があったの?」
妹がまるで芸能スキャンダルを聞くような口調で聞いた。

「これは現場を見ていた俺の推理だが。」
スティーブが神妙な顔つきで話し始めた。

まっさらな頭で想像してほしい。
男と女は不倫をしていた。
男はチンピラだったが、2年前から自営業を営んでいた。そうだな。ファミリーレストランといったところだろう。
そこに突然客として現れた人妻。
チンピラの影を残した過去がありそうな男と、無印の紺色ボーダーのスカートと微妙な淡い色のカーディガンを着た女。
男は女にメニューを差し出しながら不愛想に言った。

「そのカーディガン。 色は緑かそれとも青なのか」

逆光で男の長髪はやけにセクシーに見えた。
女は放心気味に答えた。


― 限りなく青に近いブルー


2人はそこから急激に惹かれ合い男女の仲となった。


「ここまでは理解できるな?」

スティーブはそう言いながら一握りの曇りもない目で妹と私を見たが、双子のように揃って首をかしげる私とその妹を見ると、何も見なかったかのように話を続けた。

それから男の家で戯れる日々が続いた。
女は決まって旦那が帰宅する時間の2時間ほど前になると自分の家に帰って行った。
が、ある日、男は女の後をつけた。
男は女が部屋に入ろうとするところで後ろから声をかける。
驚いた女をそのまま部屋の中に押し倒して、服を脱がす。
無印の部屋のフローリングの上で裸の二人が重なり合う。
あまりにも無印な部屋の中での乱れ合う行為が2人を更に興奮させた。

その日以降、旦那が家にいない時間を見計らって、2人は女の家で会うようになった。
そんな日々が続き、ある日、男は女に聞いた。

「No Muji No Life ?」

女は放心気味に答えた。


―  Yes, I do.


この日を境に日に日に態度が冷たくなっていく男。
女は一度覚えた快感を忘れられずに必死にそれを取り戻そうとするが、関係はますます悪化するばかり。
女は男に合わせ、だんだんと自分に合わない派手な化粧、派手な服を着るようになった。
シルクのパジャマを買ったのもこの頃だ。
更に男は女の金まで使い始める。
男のことは好きだったが、一時の愉しみのためにこれ以上平穏であった家庭が崩れていくのは困る。
女は男から離れようと思ったが男は「これまでのことを旦那に話しても良いのか」と言い、逃れることができない。
女は業を煮やし、男を殺そうと試みる。
が、逆に殺されてしまった。

「それはあるかも」
ネグリジェを着たままの妹は、ソファの上で自分の膝に肘をつき、手のひらの上にのせた顎を縦に振りながらそう言った。
男の態度が冷たくなっていくきっかけがかなり強引な気がしたため、なんとなしに私はそれをスティーブに告げたが、スティーブは私に一瞥した後、自分の話に理解を示してくれた妹に100%体の向きを変え、話を続けた。


女を殴ってしまった男は、ピクリとも動かない女を見下ろして言った。

―  这样绝对不行

刑務所に入るのは嫌だ。
ただ、自分が怪しまれるのは間違いがない。

―  怎么办

男は・

「ちょっと一つ聞いていい?」

スティーブは話の腰を折った私にあからさまに不機嫌な顔を向けた。

「男はなぜいきなり中国語になったの?さっきは英語だったし」

「男は中国系ブラックだったんだ」

「え。黒人だったの?」

「お姉ちゃん。話の流れからしてわかるでしょ。普通」

『いや。わからないでしょ普通』という言葉を飲み込んだ私は、不思議な化学反応を起こし始めた妹とスティーブを尻目に席を立ち、TVを付けた。

ニュースには私たちの住むマンションが映っていて、今回の事件の犯人が捕まったと報道していた。
右上には容疑者として、どうみてもアジア系の顔が映し出され、名前は「劉建国」と書かれていた。

「劉容疑者は『夫婦喧嘩でかっとなり、殴ってしまった』と供述しているとのことです。劉容疑者は被害者の劉雨紅さんと共に『無印良品』の偽造品製造・販売の罪で起訴されていました。2人は昨年3月頃から『無味乾燥』という名の性用品の販売を始め・」

ニュースキャスターのコメントを聞き終えると、スティーブと妹は立ち上がり、

「アンジ― 物騒だな」
「そうね ブラッドォ」

とだけ言い残して、一人は自分の部屋に、一人は壁の中に消えて行った。

ぽつんと部屋に取り残された私に気を使ったのか、スティーブは私のすぐ横の壁に顔型を表し

「まあ、ロックンローラーの妻だと思えば」

と言いかけたが、私の殺気づいた目を見ると、目を伏せ、また壁の中に戻っていった。

(つづく)

投稿者 hospital : 2014年05月23日 13:15