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2014年10月02日

カルマンの少女 06

「めずらしく残業してるな」

もう夜の9時を回っているというのに珍しく残業していたところ、私のデスクに非現実的な凹凸ができ、声が聞こえてきた。

「気分転換に歌を歌おうか」

今度はパソコンの画面に凹凸を作り、話しかけてきた。

― 気が散るからやめて

私は口で話す代わりにパソコンにそう打ち込んだ。

スティーブはそれを認識したのか、レオンに出てきたゲーリーオールドマンがカプセル状の覚せい剤を奥歯でかみしめた時に見せたようなブルブル震えるしぐさを見せた後、パソコン画面に音楽映像を流した。


白いバレー服を着た小さな金髪の女の子が部屋の中をところ狭しと飛び回っている


部屋の中を伝統的なバレーのしぐさで飛び跳ねたかと思うと、次は爬虫類のようなしぐさと表情で掃除されていないフローリングの上を這い出す。

そしてまた立ち上がり、部屋を躍動的に飛び回る。
白いバレー服に、綺麗な体の曲線というよりもまだ幼さが残る体の線が目立つ。

思わず見とれてしまった。


画面に見とれる一方で、このハスキーボイスに聞き覚えがあると思った。
でも、どこで聞いた声か思い出せない。


― 何かお困りですか?


突然、パソコンの画面にそう書かれていた。
誰の仕業かわかっていたが、私も無言でパソコンに返事を打ち込んだ。


― この声が思い出せません。気になります。


しばらくするとまた返事が来た。


― ヒント欲しいですか?


私は打ち込むのをやめてパソコンに直接話した。


「欲しいです」


― 本当に欲しいですか?


・・・


― 困った人ですね。


「電源抜くわよ」


― 電源を抜く?と恐怖して欲しいですか?


・・・


― やめてくれよ~ 殺生だよ~


私は何も言わずパソコンの電源ボタンを押し、電源を切った。


すると、スティーブは机の後ろの壁の中から出てきた。

「意外と短気だな」
「誰でもこうするわ」


「アンジ―の車の中で聴いた曲だ」


一瞬何のことかと思ったがすぐにわかった。
さっきの音楽は妹の車で聴いた曲と同じだった。

「ちなみに、これはお前が珍しく残業までして探している図面だ」

スティーブはそう言ってA3用紙に打ち出した資料を私の机の上に置いた。

資料の表紙には

― 揚子江マンション建設工事 建築図 ―

と書かれている。


――――――――――――――――


「そもそもこれってなんでおにぎり型してるの?」

時刻はもう夜の11時を回っていた。オフィスには私とスティーブだけしかいない。
万が一誰かが入ってきても声が聞こえないよう、スティーブの「社長室」の中で話をした。
別にまずい話をしているわけではないが、まがりなりにもこの会社のトップであるスティーブと一営業の私がこんな夜遅くに2人きりのオフィスで何やら話をしているというのは、はた目から見ればおかしい。

完成予想パースと書かれた、建物の外観イメージのページを見ると、建物は正三角形をそのまま縦にして湖の上に置いたような形をしていた。
三角形の3つの角は少し丸くなっていて、側面以外はすべてガラス貼りになっていた。
ちょうど側面が海苔巻きで、ガラス部分がご飯になった薄いおにぎりのように見えた。

一方でその完成予想図は綺麗だった。
が、経済性だけを考えれば、上に向かって面積が減っていく三角形型はあまりよろしくないはずだ。
それをスティーブに伝えてみたところ

「そういう気持ちもわかるが、もう少し見ていくとわかる」

珍しく真面目に答えるので、まじまじとレイアウト図を見てみた。

1階から5階は大きな吹抜けになっていて、その吹抜けを囲むようにレストランや喫茶店、図書館が入っている。
洋服の仕立屋や美容院、音楽ホール、映画館まである。
エントランスの吹抜けの向こうは全面ガラス貼りで、揚子江が目の前に広がっているのが見えるようになっている。
建物の足元は広大な人工湖となっていて、建物をそのまま囲うような形状で、地下に向かって滝のように水が落ちていく。
地下1階、2階はスポーツジムになっている。


これってすごく豪華な建物じゃない?

― そうだな。

でも、なんでおにぎり型なの?

― 下の方の階はレストランや図書館、ジムのような共用部分が入っているから面積が大きくなる。これはわかるな。

 うん

― 6階から上は住宅になる。側面に角度がついているから角部屋の場合は、屋根のないテラスが作れる。かろうじてわかるな。

 うん

― 上に行くほど1階あたりの部屋数が減る一方で、一部屋ずつの面積は大きく、部屋も豪華にしていく。なんとなくわかるな。

 うん

― キャメロンディアスの前髪はセクシー。これもわかるな。

 ・・・

― つまり、中国の金持ち封建主義をそのまま形にした建物というわけだ。上の階に住んでいる人間ほどお金を持っている人間ということになる。

 悪趣味ね

― オレにはこの建物がキャメロンの前髪に見える。


私にはスティーブの言っていることがよくわからなかったが、なぜかこの建物には不穏なものを感じた。
先週の土曜日にあの沢木という男を見てからずっと気になっていたのだ。
あの男を見た後の妹の表情も気になっていた。

私の担当物件ではないので、まじまじと図面を眺めているのもどうかと思い、皆が帰宅するまで残業していたというわけだ。

更に図面をめくっていくと6階以降は各階ごとに間取りの異なる住宅用のレイアウトが並んでいた。
まあ、特別変わったところはない。
スティーブも何も言わずに横で見守っている。

「なあ。イギーポップって何歳まで筋トレするんだろうな」

スティーブが横から声をかけてきたが無視した。

30階で手が止まった。
これまでの階とは明らかにレイアウトが異なっていた。
大広間といくつかの小部屋、そしてホール。
大広間の中には円形のボックス席。バーカウンター。

大広間を取り囲むように配置されたいくつかの個室。
シースルーのトイレ。
そして小さ目の厨房といくつかの控室。

「これって・・展望バー?」

― どうだろうな

「でもそうでしょ。ちがうの?」

― ドリューバリモアがACDCのTシャツを着てるの見た時に悲しかったんだよ。おれは。

 この金持ちばかりが集まるマンションの最上階に展望バー。不思議ではない。

― まあ最上階ではないけどな。

確かにそうだ。このフロアの上に更に5階ある。

― このバーを見たキャメロンディアスは何て言うだろうか。

「考えたことないわ」

― 考えることではない。感じることだ。なんて言ってほしい。

「ゴ、ゴージャス」

― そうだ。わかってきたな。それは普遍的でありながら・

「独創的でなくてはいけない」

― そうだ。わかってるじゃないか

「あなたの言いそうなことはわかってきたわ」


スティーブの無駄口に付き合っていたが、私はその上の階が気になり始めた。
スティーブが言うように、上には更に5階ある。


「この上はどうなっているの?」

― 次の図面を見てみろ

私は恐る恐る次のページをめくった。

先ほどのバーからの吹抜けがあり、そこには螺旋階段がついている。
螺旋階段を上がったところは、揚子江側に開けたガラスのホール。
テラスへ出られるようにもなっている。
ただ、テラスと別の方向は薄い水盤になっていて、水盤の上に浮かぶ細い通路は黒いガラスの壁につながっていた。

ガラスの壁には扉が10個ある。

扉の向こうは、ホテルのスイートルームのような広い部屋だった。
リビングがあり、その奥に広いベッドルームと広いバスルーム。バスルームはガラス貼り。

「これって・何?VIPルーム?」

「なんでこんなにバスルーム広いの?」

― どうだろうな。そもそもなぜ展望バーにベッドルームとバスルームがあるんだ?

「・・・なんで?」

― なんでだと思う。

「・・・展望バー・・ではない」

「高級・・くらぶ?」


スティーブは続けた。

おかしいんだ。
このストーリーであれば、別になんとも思わない。
まあ、色々な人間もいれば、それに付随したこんな建物もあるだろうと考えるまでだ。
規模も大きい。単価も良い。金回りも良い。良い仕事に違いない。
上層階には景色の良いクラブを作る。
そのクラブの2階には連れ込み宿的なスイートルームを作る。
充分あり得るストーリーだ。

ただ、おかしいんだこの建物は。


「このVIPルーム・・・一つ一つにエレベーターが付いてるんだけど・・」

スティーブが続きを話す前に私が口を挟んだ。

このVIPルームのレイアウトをよく見てみると、10のスイートルームそれぞれにエレベーターがついている。

「なんでこんなに多いの?」

そしてこのエレベーターは下の階にはつながってなく、さらに上の階に向かってのみつながっている。

「これって何なの?そもそもこの建物ってうちの会社で設計してるんでしょ?」

― そうだが、このクライアントは部屋の用途を明かさない。必要な面積と必要な雰囲気を伝えるだけだ。


スティーブは続けた。

まずガラスの向こうのVIPルームで女を薬漬けにするんだろう。
2週間ほどしたら完全な商品となるわけだ。
その段階でこのエレベーターで更に上の階に上げられる。
クラブの上に5階残していたのはそのためだ。

「何がしたいの?」


― 売るんだろう。美人付の高級マンションとして。


(つづく)

投稿者 hospital : 2014年10月02日 21:13