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2014年12月09日

カルマンの少女 07

それは突然に。

そ。そ。そ。それは突然に。

た。た。た。ただちにおいでよ。

い。い。い。いっつも素敵さ。

よ。よ。よ。よっぽどのことさ。



・・・どう?

意味不明な歌を歌う男が店に来た。

「嫌いじゃないけど」

 けど?

「いや、好きだよ」

 そうか。良かったよ。

男は心から嬉しそうな顔をしていた。
こういう男は少ない。
クラブに飲みに来る男というのはどんなに疲れていようが、2ギアくらい余分にハイテンションな場合が多い。
どこかしらギラギラした男っ気を持っている。
別にそれが悪いとも思わないが、好きでもない。

たまに、こういった洗顔したてのような油っ気のない男が遊びに来ることがある。

 さっきの歌ってさ。

 ね。聞いてる?

 「あ、ごめん。なに?」

ふと、以前お店に来たそんな男のことを思い出していた。
我に返ると、先ほどの洗顔君が私の顔をじっと見つめていた。

 どうも、悩んでるらしいね。

 「わかる?」

 まあね。どっちでもいいけど。

 「冷たいのね」

 そういうわけじゃなくてさ。正直でいたいんだよ。

 「どうして」

 たぶん、その方が疲れないし、楽しいからだと思うよ。

 「悪くないわね」

 そうか。よかったよ。君がそう言ってくれて。

 「で、なんだっけ?」

 何が?

 「さっき何か言いかけてたでしょ?」

 あ、そうそう。「そたいよ」って言葉知ってる?

 「知らない」

 さっきの歌の頭文字をつなげるとさ、「そたいよ」になるんだよ。

 「へえ」

 どんな意味だと思う?

 「そたいよ。。。うーん。なんかちょっとたそがれた感じ?」

 そうだね。でもちょっと違うかな。こんな感じで使うんだよ。

 君にそたいよ。だって長らく君の無意味に辛辣な言葉を聞いてないから。
 君がそたいよ。だってMax Maraのワンピースを着た君は短い脚が目立たなくて素敵だったし。
 君をそたいよ。だって君はあまりにも不器用だから。

 どう?

「良かった」

ほんと?

「どうでもいいんだけど良かった。で、そたいよっていうのは『恋しい』みたいな意味なわけ?」

まあ、そういう人もいるけど、ちょっと違うんだよな。もうちょっと韓国っぽいっていうか。

「ああなんとなくわかる」

よくわかったね。

 「まあね。結構好きかな」

 そうか。良かったよ。

 「で、君がそたいその女の子はどんな子なの?」

私は目の前のこの男が砂場で出会った小さな男の子のように思えてきた。

 彼女は不思議なんだよ。恐ろしく見栄っ張りで。

 それでいて周りに気を使うんだよ。困っている人を放っておけないというか。

 で。最後の最後に可愛くないことを言うから誤解されたりするんだ。

 結構かわいい顔をしてるのに。最後の最後で可愛くないように思われてしまう。

 「そたいね。」

 うん。そたいんだよ。もうちょっと器用になればいいのにと思ってなんだかすぐに彼女に会いたくなるんだよ。

 「そたいねえ」

 まあね。冬だしさ。そたいなあと思って。電話するじゃん?

 「うんうん」

 でも彼女はさ。「もしもし。わたしはわたしだけど」なんてすっごく冷たい返事をするんだよ。
 それでいて、君に会いたいんだけど。なんてこっちから正直に言うと、素直にうれしそうに「ほんと?」なんて言ったりするんだよ。

 「そたいね。それは」

 そう。話せば話すほど、そたくなってきてさ。。

 「彼女は君にそたいの?」

 たぶん。でも、自信はない。

 「自信持って」

 なんで?

 「というより勇気を出して」

 どうして?

 「一歩前に進みたかったのに足を踏み出さないって罪なのよ。でね。それはすごくそたいから、いつか君をすっごく後悔させる」

 ・・そっか。そうだよね。

私は完全に10歳以上年の離れた弟の悩みを聞いている年上のお姉さん気分になっていた。
たまにはこういうのも悪くない。

―――――――

家に帰ってみると、もう夜の2時だというのにお姉ちゃんが起きていた。

「めずらしいね。こんな遅くまで起きてて」

「ねえ。最近変なことなかった?」

お姉ちゃんが突然、血眼モードで話しかけてくるのはそれほど珍しいことではない。

「え。ないけど」

お姉ちゃんは心配そうな顔をしている。

「スティーブは?」

血眼かわしに、スティーブに話題を振った。

「わからない。たぶん、台所の壁か、冷蔵庫の扉の中....」

「きっとこのテーブルの中とかなんだろうな」

と言いながら目の前の机をとんとんと叩いてみると、期待通りスティーブの顏がテーブルに浮かび上がった。

― 君がそたいよ

「え?」

― いや、そたいなと思って

「なんで知ってるの?」

― アンジー

「なに?」

― おかえり

「ただいま」

お姉ちゃんが不思議そうな顔をして私とスティーブを見ている。

ふと、ソファの隅に投げ出された『だって三重だもん♪』という旅行雑誌が目に入った。

「どうしたの?これ」

そのカラフルな旅行雑誌を手に取ってお姉ちゃんに尋ねると、

「え、出張よ。出張。」

と慌ててどぎまぎしている。

「何も言ってないのに」

つづいてスティーブを見ると、気づいたように、どぎまぎした素振りをしている。

「え?旅行?」

「だから出張だってば!」

お姉ちゃんの必死な顔を見ていると、どうやら出張であることは間違いないらしいことが分かった。

「行く」

私は迷わず言った。

「え?」

「私も行く」

「え?どこに」

「三重」

「だから出張・」

「オッケー。わたしも出張する。日暮里経由で」

お姉ちゃんの必死な「名古屋経由だよ!」という突っ込みを心地よく聞きながら私はさっそく旅行モードに入った。
このちょっと「そたい」感じをどうにかするにも、旅行へ行くのはとても良いことに思えた。

ー 明日の午後6時のJAL便な。

スティーブはそう言った後、アントニオ猪木の似てないモノマネをしながら再びテーブルの中に消えて行った。

(つづく)

投稿者 hospital : 2014年12月09日 01:59