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2015年01月14日

カルマンの少女 09

沢木が隣に座っていた。

「ああ」

気を紛らわすつもりでついてきた三重旅行だったが上海から名古屋への飛行機で隣に座ったのは沢木だった。
唐突過ぎて驚く暇もなかった。
会ったのは2回だけだったが、それ以来、忌々しいことに何をするにも頭から離れなかったせいか、久しぶりな気はしなかった。

「事故の時を入れれば今日は4回目だ」

沢木は突然そう言った。

「気付いてたの?」

ああ

「そっか」

そっかっていい言葉だな

「なぜ」

曖昧なうえに意味深だからだ

「え」

例えばだ
スチュワーデスが機内サービスで飲み物を持ってきたとき。
スチュワーデスは君に尋ねる。

「何にされますか?」

君はこう言う。

― 何があるの?

笑顔の達人フライトアテンダントは答える。

「おビール、オレンジジュース・・」

君はこう切り返す。

― ビールに「お」をつけるのやめて。
逆にいかがわしいわ

フライトアテンダントの我慢指数は高い。

「申し訳ありません。そのほかにワイン、ミルク等もございます」

君はこう答える。

― そっか

スッチーはラチがあかないと思い、切り返す。

「お決まりになりましたらお呼びください」

立ち去ろうとするスッチーを呼び止めて君は言う

― ゴメン。ちゃんと頼むから
オレンジジュースとコーラ以外のジュース何がある?

「スプライト、リンゴジュースがございます」

君はこう言う

― そっか


「ちょっといい?」

なんだ

「それって『そっか』がどうかっていうより嫌がらせだと思うけど」

そうだな

何を話していいかわからなかったんだ。

「え」

あの事故の時も。今も。


― 言葉で埋めて

妻はよくそう言う。電話するたびに

妻の話は嫌か


「この際だからいいわ」


― 言葉で埋めて台無しにして。この豊かかもしれない沈黙を


「詩的ね」

妻にそう言われて、オレはいつも思いつくことを話し続ける。

建物を作ることがなぜ素晴らしいのか
パリジェンヌはなぜ美しいのか
ハゲかけたスター俳優のハゲはなぜ急に止まるのか

― 今の10分で豊かだったかもしれない空白は虚しい時間に変わったわ

オレが話すたびに、その一つ一つの話が終わるたびに、妻はそれについて批評した。
たまに楽しそうに笑うこともある。
パリジェンヌの話をした時、彼女は笑った。

― 私もその番組見たわ。あのスカした女が鼻についたけど面白かった

妻は続けた。

― 良い方に転んで欲しいって思うでしょ?

ん?

― 沈黙や緊張が

― 長くいれば空気のような存在っていうけど良い空気でいたいって思うでしょ?
だって一緒にいるんだから。

ああ

― 黙っててくれない?

あ、ああ

― 柔ちゃんと谷くんって続いてるの?
私知らないのよ

いや・・オレも

― 黙ってて

繋がりたいって2人が思ってるならつながればいいのにね。

私そう思うのよ。

・・・

― 何か言ったら?

言っていいのか

― 思ったことは話すべきよ

オレもそう思う

― そう。なら結婚ね


妻とオレはそうして結婚した。10年前だ。


結婚届けを領事館へ出した後、
結婚したらどこに住むか?
上海に新しい家を買うか
そんな話をし始めたオレに妻は言った。

― 会うのは10年に一度だけよ

ん?

― 会うのは10年に一度だけ

・・

― 場所はそうね。伊勢神宮

・・

― だっていいでしょ?あそこは20年に一度建て替えだけど、さすがに私たち20年に一度だと間が長すぎるでしょ

・・

― あなたのその沈黙は20年に一度でも良いって意味?

いや

― なら決まりね

いいわよ。紅葉の時期の伊勢
今から楽しみ


オレは

妻と2度しか会ったことがないんだ。
電話では話しているが。

正確には3度。

一度上海のデパートのエスカレーターですれ違った。
オレは下から上へ登るエスカレーター。
妻はその逆で、若い男と手を組んでいた。

目が合ったがそれきりだ。

その晩、妻に電話した。

妻は言った。

― あの男はそうね

事故よ


それ以上聞かないで

信じるのよ


妻はそう言った。


「・・あのさ」

なんだ

「で、今日もしかして」

ああ。そうだ。その10年目だ。
正確には明日だ。

「そっか」

「あのさ。唐突だけど」

なんだ

「今日あなたの部屋に泊まる」

確かに唐突だな

「誤解しないで。あなたソファで寝るのよ」

私がそう言うと沢木はほっとしたような嬉しそうな顔をして言った。

それもいいな。


飛行機が着陸態勢に入ってウィーンと車輪が出てくる音が聞こえた。
私はあまり飛行機は好きではない。

昔、お店に来た太った男が言っていた。

― 飛行機なんてな。墜落したり行方不明になるんやで。実際に。その確率は絶対あるんや。

分母が減ってくんやで。オレらみたいにアホほど乗ってると。

でもな

毎回、日本から上海へ戻る時な。

着陸態勢に入ると

「落ちろ~」

って思うねんな

なんでやろな。


私はなぜかそんなことを思い出しながら、「無事着陸しますように」と祈りつつシートベルトをしめた。

沢木は遠くを見るような顔をして座っていたが、私のがっしりと肘掛を掴む姿を見て笑った。


「ところで紅葉の時期過ぎてるけどいいの?」

ああ。オレもそう言ったんだがあいつ曰く

― 雪景色の伊勢もいい

らしい


沢木と私と心地よい沈黙を乗せた飛行機は見事なほど晴れやかな名古屋空港に降り立った。


(つづく)

投稿者 hospital : 2015年01月14日 14:08