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<title>HOSPITAL</title>
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<tagline>ホスピタルは、あなたの健康と、あなたがこのウェブサイトをエンジョイすることを願っています。</tagline>
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<title>いらっしゃいまふぇ</title>
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<summary type="text/plain">2年に渡る売り場スタッフとしての成果が認められ、異例のスピードでチーフとなった私...</summary>
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<![CDATA[<p>2年に渡る売り場スタッフとしての成果が認められ、異例のスピードでチーフとなった私にも、悩みがある。<br />
一年後輩で入ってきたショップスタッフ、里美のことだ。</p>

<p>一体彼女は奇をてらってそうしているのか、悪意があってそうしているのか。<br />
はたまた、人生の経過において、それを是正するチャンスが今まで一度も到来しなかったからなのか。<br />
あるいは、うがった見方をするならば、彼女の身体的な部分にその理由があるのか。<br />
私の部下の一人であり、ショップスタッフとしてはその”欠点”を除いてとても信頼でき、ずば抜けた才覚を発揮する里美は、来客したとき明るい表情と、すがすがしい声で、必ずこう接する。<br />
「いらっしゃいまふぇ」</p>

<p>「里美さん、いらっしゃいまふぇじゃなくて、ませ、よ」<br />
「え？」<br />
里美が、きょとんとして、こちらをみる。<br />
（え？じゃないわよ。私に何回言わせるの、この台詞。お客さんも、聞き違いかしら、くらいに思ってくれてるし、いいけれど、明らかに毎回よ）<br />
「いらっしゃいませ、よ」<br />
「なにをいまさら、チーフ、どうしたんですか？」</p>

<p>押し問答をしているうちに、来客はまったなしに押し寄せる。<br />
そのあわただしさに紛れ、きちんと話し合いを持ったことは一度もない。<br />
「いらっしゃいまふぇ」<br />
遠くでかすかに、彼女の接客が聞こえる。<br />
チーフという立場だが、私も一ショップスタッフである以上、完全なマネージメントの側に立つこともできず、さらには、里美の能力はこの売り場になくてはならないほどに完成度の高いものであり、スタッフ全員のいるまえで、あまつさえ顧客の面前で、ことさらに指摘することも憚られる。<br />
こんなときに中間管理職の微妙な身の上が顕在化するのだ。<br />
しかし、そうとばかりも言ってはいられないので、里美が接客をしている脇に「もう、まふぇだなんて、ねえ、お客さん、おかしいですねえ、ふふふ」とくちばしを挟んだりするのだが、問題となる”いらっしゃいまふぇ”から、話題はここ最近流行の色についてシフトしてしまっている状態だから、私の指摘のほうが場違いとなり、洋服選びに夢中なお客様から怪訝そうな目を向けられ、里美からは上司の意味不明な介入にどうしてよいのかという当惑をあらわにされ、結果的には部下の仕事の邪魔をしたチーフの行状が顕著化してしまうのである。</p>

<p>しかし、あきらかに、彼女は「いらっしゃいまふぇ」と言っている。<br />
さて、ここで、先ほども説明したように、私のような微妙な立場で、信頼のおける部下でもある里美にその間違いを正すとして、一体どのような手法がベターなのか、という問題がある。</p>

<p>仕事が終わり、後片付けをする里美の後ろから「今夜食事でもどうかしら」と声をかけるとしよう。<br />
一通りのオーダーを済ませ、乾杯。<br />
場を和ませる適当な話題をいくつかちりばめた後で、<br />
「いらっしゃいまふぇ、ではなくて、いらっしゃいませよね」<br />
と切り出したとしよう。<br />
仮に、里美の返答が、「あ、はい」<br />
だとしたら、私は里美にかなりの弱みを握られることになるのではないか。<br />
そもそも、わざわざ食事に誘っておいて、切り出すにはあまりにもお粗末な話題である。<br />
チーフとしての立場面目ともに、丸つぶれはまぬかれない。<br />
かといって、その他の接触ではなかなか自然にゆかないし、それでなくても前述の通り上手にかわされてしまうのだ。<br />
一体、どのように切り出したらよいのだろう。</p>

<p>夜、私なりに考え込んでいた。<br />
どうしたら、彼女のまふぇを自然に指摘してあげられ、その上で、しかるべきへ導いてあげられるのか。<br />
私が悩めば悩むほど、私は職場で浮いていくような気がする。<br />
チーフという立場に立ったことから、私は必要以上に気にしすぎているということだけなのかもしれない。<br />
もはや習慣となってしまっている一人きりの晩酌で、私は私なりの結論に達し、人は人、私は私。明日からは自分らしく、自分を表現していこうという明るい気持ちで就寝した。</p>

<p>開店と同時に、里美の「いらっしゃいまふぇ」に続き、私はいつもより明るく、そして朗らかに「いらっしゃいMoney」と挨拶した。<br />
まふぇと違いあきらかに聞き違いとは思えないらしく、来客は目に見えて戸惑う。<br />
中には不愉快な気持ちを隠そうともせず、そのままきびすを返す客もいる。<br />
なぜ、日本人的にぼかした「まふぇ」が許されて、そのまんまな「まねー」が許容されないのか。<br />
引いていく顧客の心理を、なんとかとらまえようと、必死で、「いらっしゃいMoney」と挨拶する。<br />
昨夜必死で組み立てた理論が、目の前でもろくも崩れ去っていくのを眺めながら、私は必死に「いらっしゃいまねー」と連呼するのだ。</p>]]>

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<title>初体験</title>
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<modified>2007-10-07T04:50:54Z</modified>
<issued>2007-10-07T04:29:52Z</issued>
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<summary type="text/plain">あと数日で、夏休みが終わろうとしていた。
僕は彼女の部屋にいた。

始めよう。
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<![CDATA[<p>あと数日で、夏休みが終わろうとしていた。<br />
僕は彼女の部屋にいた。</p>

<p>始めよう。<br />
と僕は言った。<br />
うん。<br />
と彼女が頷いた。</p>

<p>僕は彼女を抱きしめた。<br />
彼女を強く抱きしめた。<br />
彼女のことを強く想いながら。</p>

<p>きっと彼女も、<br />
そうしていたんだと思う。</p>

<p>やがて僕たちのからだは、宙を浮いた。</p>

<p>「ほんとうだった！」<br />
彼女が嬉しそうに言った。<br />
「うん。ほんとうだった」<br />
「ヤスコ先生の言ってたこと、ほんとうだったんだね」<br />
「うん」</p>

<p>ゆっくりと僕たちは浮かんでいく。<br />
僕たちの、本当のからだを残して。</p>

<p>「わ。天井にぶつかる」<br />
「大丈夫」</p>

<p>幽霊みたいになった僕たちのからだは、<br />
音もなく天井を通り抜ける。</p>

<p>「すごいすごい。すごいなノブくん」<br />
「うん。すごい」<br />
「どこまで飛べるのかな」<br />
「わからん」</p>

<p>抱き合ったぼくたちは上昇する。<br />
真っ暗な天井裏を、彼女のうちの瓦屋根を通り抜ける。<br />
僕たちはいま、空中にいて、彼女の家を見下ろしている。</p>

<p>「あ」<br />
「どうしたの、ノブくん？」<br />
「部屋の電気ついたまま」<br />
「いいのいいの。今日はお母さん、お婆ちゃんのうち行って帰ってこないし」</p>

<p>上昇は続く。<br />
夜空から見下ろす街の輪郭は段々と小さくなって、<br />
やがて光だけを残して闇へと沈む。<br />
見下ろす街の夜景は、逆立ちして眺めた星空みたい。</p>

<p>「あ。あれ。ノブくん、あれみて」<br />
「え」</p>

<p>大きな県道のある方角に、<br />
たくさんのカップルが浮かんでいるのがみえる。</p>

<p>「わー。飛んでる人たくさんいる」<br />
「うん。あのへんラブホテルがいっぱいあるから」<br />
「みんな知ってるんだね、空飛べるの」<br />
「うん」<br />
「でも、なんでみんな内緒にしてるのかな？」<br />
「わからん」<br />
「だって、わたし、セックスだってこないだまで知らなかった」<br />
「俺は四年生のときから知ってたよ。兄ちゃんがビデオ持ってたから」<br />
「お兄ちゃんエッチだ」<br />
「男はみんなもってるよ」<br />
「ノブくんももってるの？」<br />
「うん。こないだバスケ部の先輩にもらった」<br />
「バカ」</p>

<p>彼女が僕の頭を小突いた。<br />
その拍子に、それまで抱き合っていたぼくたちのからだが離れる。<br />
ふわりと僕より高く浮いていく彼女を引き寄せるために、<br />
僕は彼女の手を握る。</p>

<p>「空飛ぶの難しいな。ノブくん、練習しよ」<br />
「うん」</p>

<p>空を飛ぶのはそれほど難しくはなかった。<br />
一度コツさえつかめば、思いのままに飛ぶことが出来た。</p>

<p>上昇と下降。加速と失速。<br />
ジェットコースターが苦手のはずの僕が、<br />
不思議と恐怖を感じなかった。<br />
猛スピードでの方向転換も。<br />
地面めがけての急降下も。<br />
彼女がそばにいてくれさえいれば、<br />
なんにも怖くなかった。</p>

<p>「すごいな。すごいなノブくん。こんなのって本当にすごい」<br />
「うん。すごい。すごくすごい」<br />
「セックスよりずっとすごい」</p>

<p>空飛ぶ僕らは港を目指した。<br />
途中、いくつかのカップルとすれ違った。<br />
僕らはお互いに手をふっって、挨拶を交わした。<br />
普段歩く街中よりも、ずっと人々は優しい顔をしていた。</p>

<p>港の上空で僕たちは再び抱き合った。<br />
抱き合ったままの姿勢で、<br />
僕は海を、彼女は反対側の街を眺めた。</p>

<p>海の向こうの埋め立て地には、空港の灯りがみえた。<br />
街の向こうの山には、電飾でこの街の名前が浮かんでいた。<br />
僕らの隣には、赤く光るこの街のシンボルタワーがあった。</p>

<p>「ねえ」<br />
「うん」<br />
「この街好き？」<br />
「うん」<br />
「わたしも。ずっとこの街にいたかった…」</p>

<p>僕は何も言わず、<br />
彼女もそれ以上は何も言わなかった。<br />
空中に浮かんで、無言で抱き合う僕たちを、<br />
月だけがみていた。</p>

<p>「ねえ、ノブ君、次どこいこ？」<br />
「きまってるだろ」<br />
僕は月を指さした。</p>

<p>月に近づく。<br />
月の周囲にはたくさんのカップルが手を繋いで飛んでいる。<br />
老若男女。男同士、女同士で手を繋ぐ人たちだっている。<br />
無数のカップルが、月の周りにひとつの軌道を描く。<br />
僕らもその後について、月の周りを皆と同じ方向へと進み、<br />
ひとつの軌道の一部になる。<br />
真下にみる月の表面はテレビや写真で見たとおりにでこぼこで、<br />
遠くに見える地球もまた、テレビや写真で見たとおりに丸く、青い。</p>

<p>「ねえ、ノブ君。みんなどこいくかわかってる？」<br />
「わからん」<br />
「わたしわかる」<br />
「どこ？」<br />
「オリジナルラヴ。月の裏で会いましょう」</p>

<p>やがて前方を飛ぶカップルの群れが低空飛行を始め、<br />
ゆっくりと、やわらかに、その目的地へ着陸したとき、<br />
僕らは月の裏側を知る。</p>

<p>月の裏側は、大きな大きな公園だった。<br />
芝生があって、木々があって、小川もある。</p>

<p>「なんだ。ウサギはいないのね」<br />
「うん。でもカップルはたくさんいる」<br />
「いろんな人がいるね」<br />
「うん」<br />
いろんな人がいる。<br />
いろんな年齢のいろんな人種のいろんなカップルがいる。<br />
「お父さんとヤスコ先生もいるかも」と彼女が言う。</p>

<p>この夏の初めに、彼女のお父さんは、<br />
彼女の家庭教師だったヤスコ先生と一緒に、<br />
どこかに行ってしまった。</p>

<p>二人がいなくなる前のある日、<br />
ヤスコ先生は、駅前の喫茶店に僕たちを呼び出し、<br />
この秘密を教えてくれた。</p>

<p>本当に、本当に愛し合う二人は空を飛ぶことが出来るって。</p>

<p>冗談ではないかと思ったし、本当なんだろうとも思った。<br />
この世界には、キスやセックスよりも、「つきあう」や結婚よりも、<br />
好きだとか愛してるとか言うよりも、<br />
ずっと確実に愛を確かめ合う方法があって、<br />
それが空を飛ぶことなんだと、ヤスコ先生は僕たちに説明した。<br />
みんなそれを知っていて、みんなそれを秘密にしている。<br />
そろそろ僕たちは、それを知ってもいいのだとも、ヤスコ先生は言った。</p>

<p>カップルたちの大半が、芝生に寝そべり星空を眺めていた。<br />
僕らもそれに倣って、空いた場所に並んで寝そべった。<br />
そして手を繋いで、星空を眺めた。</p>

<p>月から眺める星空は、宇宙から眺める宇宙。<br />
星がとても近い。星がとてもたくさんある。星と闇がどこまでも広がっている。<br />
僕は宇宙の広さを知る。この世界の本当の広さを知る。<br />
そして、そんな世界で彼女と空を飛び、いま月にいることを想う。</p>

<p>そのときの感情をうまく言い表すことは出来ない。<br />
ただ本当に、本当に幸せだって気持ちは、<br />
こういう感じなんだってことを、初めて知った気がした。</p>

<p>「ノブくん、わたし分かった」<br />
「なにを？」<br />
「なんでみんな空飛べるの内緒にしてるのかわかった」<br />
そのときには僕も、その答えには気がついていた。<br />
「空飛べない人かわいそうだもん。空飛べる相手、みつけられない人かわいそうでしょ」<br />
「うん。そうだ。きっとそうだ」</p>

<p>月からの帰り道は、学校からの帰り道みたいに、他愛のないおしゃべりをした。<br />
クラスの誰かのことや、好きなバンドの新曲ことや、テレビドラマなんかのことを。<br />
そのとき僕たちは気がついた。<br />
もうどんなラブソングも、どんな恋愛ドラマも、ちょっぴり滑稽に思えてしまうだろうことを。<br />
その夜僕たちは、この世界の、本当を知ってしまったから。</p>

<p>やがて彼女のうちが近づくにつれ、次第に僕らの口数は減り、<br />
空飛ぶスピードもまた、次第にゆっくりとなっていった。</p>

<p>彼女のうちの、彼女の部屋の灯りがみえたころ、彼女が言った。<br />
「また会えるよね」<br />
「うん。きっと会えるよ」</p>

<p>また一緒に空を飛ぼうとは、彼女は言わなかったし、僕も言わなかった。<br />
僕らはわかっていたんだ。<br />
いつか僕は、彼女の以外の誰かと空を飛び、<br />
そして、彼女もまた、僕以外の誰かと空を飛ぶだろうことを。</p>

<p>窓から彼女の部屋を覗き込むと、<br />
抱き合ったままの僕たちの本当のからだが、<br />
僕たちの帰りを待っていた。</p>

<p>二学期が始まって、教室に彼女の姿はなかった。<br />
家庭の事情で、遠い街に引っ越したのだと、担任の先生がクラスのみんなに説明した。<br />
授業が始まる前の休み時間、クラス中は彼女の話題でもちきりだったけど、<br />
僕だけは知っていたから、ひとりでぼんやりと、窓の外の、青い空を眺めていた。<br />
いまも誰かが誰かと空を飛んでいるんだろうって、思いながら。</p>

<p>あれからずいぶんと時はたち、僕もずいぶんと歳をとった。<br />
5人の女性と交際をし、そのうちの3人とは空を飛んだが、もうしばらく空を飛んでいない。<br />
夏の終わりには、きまってあの夜のことを思い出す。<br />
そして月の綺麗な夜には、無性に誰かと、空を飛びたくなったりもする。<br />
無性に誰かと、月に行きたくなったりする。<br />
</p>]]>

</content>
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<title>ずけずけと</title>
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<modified>2007-09-06T21:12:38Z</modified>
<issued>2007-09-06T19:59:13Z</issued>
<id>tag:hospitale.org,2007://1.471</id>
<created>2007-09-06T19:59:13Z</created>
<summary type="text/plain">ずけずけと言ってくれる。

喫煙スペースで久方ぶりの喫煙を楽しんでいるところに、...</summary>
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<name>hospital</name>


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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://hospitale.org/">
<![CDATA[<p>ずけずけと言ってくれる。</p>

<p>喫煙スペースで久方ぶりの喫煙を楽しんでいるところに、最初に｢火を貸してくれますか」から始まって、「このライターもらってもいいですか」<br />
「タバコもらってもいいですか」<br />
「この後めしおごってもらってもいい？」<br />
「ちょっとコンビニでチョコ買ってきて」<br />
「今日家に泊めてよ」<br />
と要求がエスカレートしていく。<br />
最初は「いいですか口調」だったのも途中からため口となり終始彼のペースに飲まれていた。<br />
よくよく見ると私より年下のようだ。すっきりと髪の毛は刈り込まれており、一見するととてもさわやかな好青年といったイデタチ。<br />
高速道路を長時間運転し目に入ったSAで休憩をしていると、出し抜けに声を掛けられたのだった。<br />
結局彼は京都に向かう途中ということだったので、ちょっと遠回りになるけれどいいだろうと、私は彼を京都に送っていくことになった。<br />
助手席で難しそうな顔をしながら腕を組みじっと考え事にふけっているようだったが突然ふっとこちらがわを見ると「やっぱその腕時計もらうことにする」と晴れ晴れとした顔で運転している私の左腕から義父に結婚のときにもらった高級時計をもぎ取った。<br />
「『禁煙』てあるようだけど、タバコすうね」と念を押してから彼は先ほど私からもらったライターでタバコに火をつけた。<br />
「やっぱ車ん中風ないから火がつけやすいよね」と当たり前のことを言って、その自分が言ったせりふがひどく彼の中で気に入ったらしくずけずけとまた同じことを繰り返し述べてはおかしさに耐えないようにして笑った。<br />
「あのインターで降りるのが確かに市内へのアクセスはいいんだけど、一個手前で降りて景色眺めながらゆっくりと行こうよ」と提案された。<br />
言うとおりにそのインターで降り、料金所で清算をしている隣で彼は頭の後ろで手を組んで口笛を吹こうとしているのかひゅううーひゅゅうゆーと音にならない口笛を鳴らすのに腐心していた。<br />
目が合うとなんともばつの悪そうにして「まさか、口笛を吹けるようにレクチャーしてなんていえないもんな」と、なんとも偉そうに言うので、そうだよなあと思った。<br />
「あっ！」<br />
途端に大きな声をあげるので何かと問うと、今日は人気ゲームソフトでずっと心待ちにしていた某の発売日なので、まあそう遠くない距離ということもありこのまま大阪市内に行こうということになった。<br />
「こばらへったからうどんを食べよう。う～ん。京都でうどんってのもなあ。おまえはどうしたい？」<br />
慣れてくると私のことを途中からお前と呼ぶようになっていた。<br />
なんと答えていいものか黙っていると「お前、ちゃんと自分の意見もたなきゃだめだよ。指示待ちはだめ。提案ベースで行かないと」と諭された。<br />
諭されたからというわけでもないのだが「カレーとかそんなんでいいかな」と答える。<br />
「八橋ってたとえば煮込んだらうまそうじゃない？」とたぶん彼なりに頭の中で考えていた空想を表明された。<br />
結局トンカツたべたいということになって、けれどせっかくトンカツを食べるのだから絶対失敗したくないということになり、かなり吟味をするためにまずは評判を聞いてきてくれと嫌がる私にどうしても頼む、というから結局駅前で恥ずかしいなあと思いながら「おいしいって評判のトンカツやさん教えてください」と聞き込みをするのだった。<br />
「けど、評判って意外とあてにならないよ」ということで、目に付いたテキトーなトンカツ屋で彼は「スープスパください」といって店員を困らせていた。<br />
食後コーヒーをすすりながら「ねえねえ、お前ジャージっていう？それともジャッシーっていう？いや、俺の小学校ではジャッシーって言ってたんだよ」などと軽口を叩いている。<br />
「この後すこし散歩したいからさっきのコンビニのところへ30分後待ち合わせね」と会計は当然自分もちじゃないという態度で店を出て行った。</p>

<p>窓から京都近郊の山々が眺められる。<br />
ちょうど季節は夏の終わりで木々は紅葉の支度をそろそろはじめるかといったところなのだろう。明らかに夏の盛りの色とは違って見える。<br />
30分後っていったっけなと腕時計に目を落とすも、そういえばさっきとられたっけなと自嘲する。<br />
所定のコンビニに5分早めに到着し駐車場に車を停めて待っていたがそれからさらに20分後に大幅に遅刻して戻ってきた。<br />
車の外からコンビニを指差してこちらを見ている。<br />
きっとなにか買ってくれというのだろう。<br />
彼のことだ、本当にどうでもいいようなものを買おうとしているのだろう。パワーウィンドウを空けて「なに？」と尋ねると、「いや、このコンビニトイレ貸してくれるかな？」と意見を求めていたのだった。<br />
トイレを借りに自動ドアを入っていく彼の背中を眺めながら、さて、大阪市内までの道順だけは確認しておこうと思うのだった。</p>]]>

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<title>大きな左手</title>
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<modified>2007-08-16T17:35:58Z</modified>
<issued>2007-08-16T16:43:10Z</issued>
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<summary type="text/plain">手が大きくなった。
何かにぶつけて腫れ上がった程度のものではなく、それはビルくら...</summary>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://hospitale.org/">
<![CDATA[<p>手が大きくなった。<br />
何かにぶつけて腫れ上がった程度のものではなく、それはビルくらいはありそうなサイズだ。</p>

<p>その事に気が付いたのは目が覚めた時だ。<br />
目の前に横たわる巨大な手。<br />
自分が小さくなったのか、あるいは手が巨大化したのかは、遠近感覚が麻痺してしまった以上確認する事ができない。<br />
ただ、ぼんやりとだらしなくそして握り締められた、巨大な左手だった。</p>

<p>僕はまず左手の小指に足を引っ掛けて、えい、や、と登ることに成功した。<br />
なにぶん両手を存分に使えない不自由な状態だから非常に苦しい作業である事はいうまでもない。<br />
右手の指先を左手の小指の指紋のひだにすべりこませて右足をどこかひっかかりにうまくのせようとするも、爪は滑らかでどうにもうまくゆかない。<br />
昨晩習慣となっているハンドクリームを塗ってあるからなおさらなのだけど、それでもどうにかこうにか小指によじのぼり、薬指と小指の隙間を身をかがめて滑り落ちないように注意を払いながら登っていく。<br />
眼下を眺めれば高所がだめな僕には目がくらむような景色。<br />
床なのか大地なのか、とにかく僕には先ほど来遠近感覚がよくつかめておらず、落ちてもひょっとしたらなんでもない高さなのかもしれないが、目はくらむし、落ちる勇気も無ければ落ちる意味もないような気がした。<br />
腰が痛む。<br />
無理な姿勢のまま歩き続けて間接を二つ通り過ぎると中指の付け根に通じる坂道があり、それはあまりにも急峻で立ちくらみを覚えた。<br />
外側の崖を上っていくのはあまりにも危険に感じられたので僕は坂道の手前左側に穿たれた洞窟、つまり掌側へと向かった。<br />
じっとりとしめっていて十分に光の届かない広大な薄闇の空間。<br />
手相の事を勉強したわけではないので詳しくはわからないけれど、生命線だの知能線、どれかに沿って歩いていけば上のほうへいけるのかもしれない。<br />
上を目指す理由もわからないのだけれど。</p>

<p>ふと感じる。<br />
僕が左手に力をいれて精一杯握り締めたら僕自体どうなってしまうのだろうか。<br />
むんずと握りつぶされてしまって、全身の骨がばきぼきと砕かれてしまうのだろうか。<br />
十分に考えられることだから、誤って左手に力を入れないように気持ちを集中させながら、僕は掘り込まれている掌の線に沿ってとにかく上と思われる方向へ、あせればあせるほど汗腺からふきだされる汗に足をとられないように注意しながら探検をしている。<br />
何本の線から線へと移動してどれだけ歩いたろう。<br />
足が汗に滑ってもう駄目かと思った瞬間体が掌のくぼみにすっぽりとおさまってなんとか助かったりしながらも、僕の探検は続いた。</p>

<p>どのくらい経ったろう、遠くに光が差している場所が見える。<br />
薄闇に目が慣れていた僕には強すぎる光に包まれ、新鮮な空気が頬を撫でる。<br />
長い間左掌の湿った洞窟を探検していたのだからふと全身の緊張が解ける。<br />
足元を眺めると中指の上に自分が立っていることがわかる。<br />
子供の時分、美術の時間に誤って彫刻刀で傷つけてしまった傷がある。<br />
痛みを思い出した反射からか、ぐっと掌に力をこめてしまって先ほど這い出してきた穴がぐっとすぼまる。<br />
掌から押し出された空気圧が僕の背中を押し、すんでのところで傷に足をひっかけて落ちるのを防ぐ。<br />
ひやりとした。<br />
間一髪昔の傷のおかげで僕は命拾いをした。</p>

<p>さあ、上を目指そう。<br />
なにかとっかかりを、と探していた目に付いたのは人差し指に群生する産毛。<br />
産毛をロープ代わりにして何本か伝っていけば、やがて親指の先に到達できるかもしれない。<br />
以前友人に誘われて岩場の海水浴に行ったときを思い出す。<br />
ごつごつした岸壁を誰が設置したのかわからないロープを伝って降りていったものだ。</p>

<p>今僕には右手しかない。<br />
果たして右手だけで産毛をたよりによじ登っていくような芸当ができようものか。<br />
先ほどきた道を引き返すにしても、またなにかの拍子で左手に力を入れてしまったらと思うとためらわれる。</p>

<p>一本だらしなくたれさがる産毛をつかんで切れてしまわないか思い切り引っ張ってみた。<br />
痛っ。<br />
・・・・・・。</p>

<p>目が覚めたと思ったのに、また目が覚めていた。<br />
寝ぼけながらも左手の人差し指にのこるかすかな痛みを感じる。<br />
遠近感を失った僕にはいったい何事が起こっているのかまったくつかめていない。<br />
右手にはもう産毛とはよぶことのできない太くて長い毛が握り締められている。</p>]]>

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<title>新築訪問</title>
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<modified>2006-03-22T14:40:41Z</modified>
<issued>2006-03-22T14:08:22Z</issued>
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<summary type="text/plain">小学生以来の親友が家を建てたから遊びに来いと日曜日に僕を招待した。
お祝いをもっ...</summary>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://hospitale.org/">
<![CDATA[<p>小学生以来の親友が家を建てたから遊びに来いと日曜日に僕を招待した。<br />
お祝いをもって、彼の新居を訪れた。</p>

<p>駅からしばらく歩いていくと、家の前でSが笑顔で手を振っている。<br />
その背後には彼の新居、庭付き一戸建てが聳え立っていた。</p>

<p>「おめでとう」<br />
「ありがとう。俺もやっと一国一城の主だよ」</p>

<p>さて、と挨拶が終わったところで、まじまじと新築を眺めたのだが、どうにも変に見える。<br />
どうにもおかしい。</p>

<p>「あのさ、この家、浮いてない？」<br />
「気づいたか？１F部分が無いんだ」</p>

<p>よくみると、１Fがなく、いきなり２Fだ。<br />
２Fを支える壁も無ければ柱も梁も、基礎さえもない。</p>

<p>「気づいたか？って、なんで浮いてるのよ」<br />
「いや、新しく開発された工法らしくてさ。風通しを良くして、目的に純粋に設計していくと最終的にはこうゆう形になるんだってさ」<br />
「だってさって、ならないよ普通。よく考えてもみろよ。不思議だろ？」<br />
「俺も最初はとまどったよ。だって１Fが無いんだもんな。１Fがあってこその、２Fだろ？けど、そこが日本人の悪いところでさ。最初から２Fでもいいじゃないっていう」</p>

<p>そうゆう問題ではないと思う。<br />
しかし、Sがそう言い切るのだから、それ以上なにも言えない。</p>

<p>「まあ、入れよ」<br />
「ちょっとまてよ。お前、なんで羽が生えてるんだよ」<br />
「え？だって、いきなり２Fだと、羽だって生えるよ」<br />
「はえないよ普通。お前みたいに異常体質じゃないと、この家に入れないのかよ」<br />
「やれやれ・・羽くらいはえろよ」</p>

<p>ぶぁさ、ぶぁさ、ぶぁさ。<br />
ひゅー、すぽん。</p>

<p>目の前で親友が突如飛び立ち、家の中へと入っていった。</p>

<p>「はっはっは、しょうがないなあお前も。今からロープたらすから、それではいれよな」</p>

<p>しかたなく言うとおりに少々ぶざまだが、ロープにしがみついて家の中に入った。<br />
中に入ると、ものすごく広いフロアだった。</p>

<p>「なんでこんなに広いんだよ。見た目より全然でかいよ。おかしいよこれ」<br />
「遊び心満載だろ」<br />
「いや、そうゆう問題じゃなくて、法則完全無視かよ」</p>

<p>遠くがかすんでいる。<br />
しかも畳敷きである。</p>

<p>「ごめん。頭がおかしくなりそう」<br />
「まあ、そこ座れよ。今コーヒー淹れるから」<br />
「ああ・・」<br />
「あ、わりい、コーヒー切れてるや。唾飲んでてもらっていい？」<br />
「それなら、言われなくても飲むよ」<br />
「あのさ、座ってられると落ち着かないから立っててもらえる？」</p>

<p>なんとなく納得がいかないが、そろそろと立った。</p>

<p>「これ、新築祝い」<br />
「いやー、悪いなあ。ほんと申し訳ない。2万か。少ないなあ」<br />
「・・・わるかったな」<br />
「わるいなあ。ひっこしたばっかで、なんにもそろってないんだよ。テレビでもつける真似しようか？」<br />
「ああ、やってくれよ」<br />
「ええっとぉ、リモコンどこだっけなあ」</p>

<p>真似が始まった。<br />
演技に熱が篭っている。</p>

<p>「あ、ばかぁ、お前それ座布団じゃないって、リモコンだよぉ。似てるけどさあ。わはは、馬鹿馬鹿」<br />
「・・・」<br />
「さて・・と、えい、えい。あれぇ？つかないぞぉ。あっ、ついたあ。最近の機械は分からないなあ」</p>

<p>「ぷぷぷ、またみのさんでてるよ」<br />
「・・・あの、そろそろ帰るな」<br />
「ええ？もう帰るのか？お、もうこんな時間か」<br />
「３０分しかたってないけどな。それに、まだ昼だけどな」<br />
「じゃあ、２Fだし、気をつけて落ちてな」<br />
「ああ・・」<br />
「押そうか？」<br />
「いや、いい」</p>

<p>窓から気合を入れてえいと飛び降りた。<br />
いやがらせかと思うくらい庭はコンクリートで固めてあった。</p>

<p>「大丈夫かぁ～」</p>

<p>２Fからこだまする声が蹲った僕のところまで届いた。<br />
捻挫くらいはしていそうな激痛である。<br />
脂汗をかきながら、庭付き一戸建ては良く考えて建てようと思った。</p>]]>

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<title>血口まで行こう</title>
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<modified>2006-03-18T05:26:26Z</modified>
<issued>2006-03-18T05:17:09Z</issued>
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<summary type="text/plain">あいつ、もう血鼻になってる
止めてやろう

止めたらあいつが可哀想だ

でも、あ...</summary>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://hospitale.org/">
<![CDATA[<p>あいつ、もう血鼻になってる<br />
止めてやろう</p>

<p>止めたらあいつが可哀想だ</p>

<p>でも、あいつもうあんなに血鼻になって</p>

<p>止めるな<br />
それがあいつの望んでることだ</p>

<p><br />
あいつは血鼻になって彼女の前に立ち尽くしていた。<br />
彼女の方も困っている。<br />
「血鼻になってるよ」<br />
彼女は気を使うような顔をしてあいつに言った。<br />
『気を使うような』この態度が更にあいつの血鼻を加速させた。</p>

<p>鼻のすべての毛穴からいっせいに血が噴出す。<br />
彼女は、あいつが気づかないようにわずかに退き、血が自分にかからないようにした。<br />
そして、『気づかないように』という、この気の使い方が更にあいつの血鼻を加速させた。</p>

<p>毛穴から流れ落ちるようだった血は更に勢いを増し、水鉄砲のように線形を描いて噴出した。<br />
避ける術も無く、彼女の美しい顔は真っ赤に染まった。<br />
「私の顔に・」<br />
彼女はそう口に出すと同時に、『しまった』という表情をした。<br />
そして、恐る恐るあいつの顔色を伺った。<br />
この『恐る恐る顔色を伺う』という彼女の行動が、あいつの中にわずかに残っていた希望を完全に断ち切ることとなった。</p>

<p><br />
血目だ</p>

<p>ああ</p>

<p>止めるか</p>

<p>いや、もう遅い<br />
もう止めても無意味だ</p>

<p>どうする</p>

<p>見よう</p>

<p>見るって</p>

<p>見届けよう</p>

<p>・・・</p>

<p><br />
あいつの目は真っ赤に染まり、涙のように血が流れ出した。<br />
「血目までいかないでよ」<br />
彼女は涙目になってそう訴えた。<br />
「血目までいってどうしたいの？ねえ、どうしたいの？」<br />
彼女は泣きながらそう訴えた。</p>

<p>あいつは鼻血を出した。</p>

<p>「僕だってなんだ」</p>

<p>あいつは疑問とも主張とも取れない言葉を吐いた。<br />
それと同時に口に流れ込んでいた鼻血が飛び散り、再び彼女の顔にかかった。</p>

<p><br />
あれ、血口じゃないのか</p>

<p>いや、あれは鼻血が口に入っただけだ</p>

<p>そうか、そうならいいが</p>

<p><br />
彼女は再び顔に付いた血を手のひらでぬぐうと、突然、顔を上げて叫んだ。</p>

<p>「何なのよあんた！」</p>

<p>あいつは動かなかった。<br />
下を向いたままピクリとも動かなかった。</p>

<p>「何か言いなさいよ」</p>

<p><br />
（ばっきゃろう）</p>

<p><br />
それは声というより、むしろ血だった。<br />
口から霧状に噴出した血が耳から私たちの脳内に入り、その言葉を知覚させる、そんな感覚だった。</p>

<p><br />
血口だ</p>

<p>初めて見た</p>

<p>オレもだ</p>

<p>どうする</p>

<p>どうするも何もない</p>

<p>良かったな、あいつ</p>

<p>まあな</p>

<p>あいつまた戻りたかったんだろ</p>

<p>そうみたいだな</p>

<p></p>

<p>あいつの顔は突然霧のようになって私たちの目の前から消えた。<br />
そこには影のような黒い跡だけが残った。</p>

<p>死んでからというもの、私たちは生きている間の嫌なこと楽しかったことを超えた不思議な感覚で生活していた。<br />
死んでいる以上、生活しているという表現もおかしいが、それは生きている感覚とさほど変わらなかった。<br />
もちろん、足も体もなく、あるのは顔だけではあるが、その顔も自分の想像通りに操れるものだった。<br />
つまり、この世界のすべての元人間たちは美男美女となっていた。</p>

<p>この世界はとても居心地の良いものだった。<br />
現世に未練のある者は少なかった。</p>

<p>血口までいくと現世に戻ってしまう</p>

<p>そういう噂が流れていた。<br />
はっきりと信じていたわけではないが、私たちは自然と感情的にならないように気をつけていた。</p>

<p>そして、あいつは今、私たちの目の前から消えた。<br />
あいつは現世に戻ったのだ。</p>

<p>私たちは戸惑い、あいつが消えてしまった跡をしばらく眺めていたが<br />
その跡が消えるのを見届けると<br />
また無数の顔の流れの中に戻り、のんびりと漂うことにした。</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>一年ぶりの電話</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://hospitale.org/archives/2006/03/post_254.html" />
<modified>2006-03-12T03:05:23Z</modified>
<issued>2006-03-12T02:40:59Z</issued>
<id>tag:hospitale.org,2006://1.441</id>
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<summary type="text/plain">しばらく会ってなかったから電話したの？

電話口からは冷たい声が返ってきた。
そ...</summary>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://hospitale.org/">
<![CDATA[<p>しばらく会ってなかったから電話したの？</p>

<p>電話口からは冷たい声が返ってきた。<br />
その女性は１年前まで一ヶ月に一度ほど会っていた人だ。<br />
会っていたと言っても特別なことはなく、<br />
ただ買い物をしたり、映画を見に行ったり、美術館へ行ったり<br />
それだけのことだ。<br />
お互いそれ以上のことは望んでいなかったように思う。</p>

<p>１年間、連絡も取らずにいたのは、その微妙な距離感のせいだった。<br />
こちらからもう少し何らかのアプローチをすれば良かったのかもしれない。<br />
でも、結局そうすることはなかった。<br />
彼女はそのことを責めているのだろう。<br />
返す言葉が見当たらなかった。</p>

<p>久しぶりにどこかで会おう</p>

<p>そう言おうとしたところで、彼女が言った。</p>

<p>今、忙しいの。切るね</p>

<p>そこで電話は終わった。<br />
特に美人でもないあの女に、冷たくあしらわれてしまった。</p>

<p>特に美人ではない</p>

<p>私の心の中でその言葉がこだました。<br />
電話を手に取り、もう一度彼女に電話した。</p>

<p>彼女が出ると、私はすぐに話し始めた。</p>

<p>今日、電話をかけたのは久しぶりに話そうと思ったとか、映画を見に行こうとかそういうことじゃないんだ<br />
一つ伝えたかっただけなんだ</p>

<p>私は思い切って先ほどの言葉を口にした。</p>

<p>特に美人ではないじゃないですか</p>

<p>なぜかセールスマンのような口調になった。<br />
彼女は何も答えなかったが<br />
電話の向こうから、何か声にはならない声が聞こえてくる気がした。<br />
私は続けた。</p>

<p>スタイルも良くないですし</p>

<p>相変わらず敬語だった。</p>

<p>性格は悪くないんですが<br />
見た目は良くないけど、性格は悪くないって、どうなんでしょう</p>

<p>自分で何を言ってるのかわからなかった。</p>

<p>あなた、寂しい人なのね</p>

<p>彼女は一言そう言った。<br />
辛そうな声だった。</p>

<p>私、今、本当に忙しいの。切るね</p>

<p>そこで電話は切れた。</p>

<p><br />
終わった。</p>

<p>惨敗だ。惨めな敗北。<br />
なんなんだオレは。<br />
一体なんだったんだ。今の自分の行動は。</p>

<p>私は気持ちを静めようと風呂に入った。<br />
蛇口が電話に見えた。<br />
意味もなく蛇口に噛み付いた。<br />
硬く冷たかった。</p>

<p>風呂から出るともう一度電話を手に取り、彼女に電話をかけた。<br />
もう出てくれないと思ったが彼女は電話に出た。<br />
彼女は先ほどよりも穏やかな声で言った。</p>

<p>今用事が済んだから</p>

<p>どこへ行ってたの？</p>

<p>銀行よ<br />
銀行というか消費者金融</p>

<p>どうして</p>

<p>どうしてってお金がなくなったから</p>

<p>どうしてそんな所でお金を借りたの</p>

<p>私の勝手でしょ<br />
駅から家まで歩くからその間、あなたの話を聞くわ</p>

<p>・・・</p>

<p>どうして何度も電話をかけてくるの？<br />
冷たくあしらわれて悔しかった？</p>

<p>そうだ</p>

<p>今度は何を言いたいの</p>

<p>さっきはすまなかった</p>

<p>別にいいのよ</p>

<p>自分でもどうして今になって電話をしたのかわからないんだ<br />
きっと安心したかったんだと思う</p>

<p>私なら何も変わってないわよ、一年前と。<br />
ちょっと太ったけどね</p>

<p>何も言葉を返せなかった。<br />
彼女は私の考えていることを何でも知っているようだった。</p>

<p>もうすぐ家に着くから</p>

<p>彼女はそう言った。</p>

<p>わかった</p>

<p>そう言って電話を切ろうとした時、聞きなれた音が聞こえた。</p>

<p>「おいしい。おいしい。丸ちゃん弁当。あなたも一つ、幸せ弁当」</p>

<p>家の近くの弁当屋のアナウンスだ。<br />
寂れた街並みによく似合う、ひとかけらのセンスもないアナウンス。<br />
でも、どうして彼女の電話から。</p>

<p>今、どこにいるの？</p>

<p>踏み切りの近く</p>

<p>踏みきり？踏切って俺の家の近くの？</p>

<p>そう</p>

<p>近くに住んでるの？</p>

<p>そうよ</p>

<p>いつから</p>

<p>一年ちょっと前かしら</p>

<p>どうして言ってくれなかったの？</p>

<p>聞かれなかったから</p>

<p>でも、どうして・</p>

<p>聞きたいことはたくさんあるような気がしたが何から聞いて良いのかわからなかった。</p>

<p>近くってどの辺り？</p>

<p>だから、あの踏みきりの近くよ<br />
あの踏切を渡って左に曲がって５０メートルくらいの小さなアパート</p>

<p>小さな踏みきりを渡って左に５０メートル・・<br />
それってウチの目の前じゃないの？</p>

<p>そうよ</p>

<p><br />
気が動転した。<br />
どうして今まで気づかなかったんだろう。</p>

<p>私見つからないようにしてたから</p>

<p>見つからないようにって言ったって一年も目の前のアパートに住んでたらどうしたってわかるだろう</p>

<p>私、外へ出なかったの</p>

<p>出なかったってどういう意味？</p>

<p>そのままの意味よ。まったく出なかったの</p>

<p>一度も？</p>

<p>一ヶ月に一度くらいは出たわ。お金がなくなった時に</p>

<p>食べ物は？</p>

<p>出前</p>

<p>一日中家にいたの？</p>

<p>そう</p>

<p>何を、、何をしてたの？</p>

<p>あなたの家の音聞いてた</p>

<p>家の音？</p>

<p>うん、盗聴器<br />
今日は久しぶりに外へ出たの。疲れちゃった<br />
そろそろ切るわ。もう家の前だから</p>

<p>私が何かを言う前に電話は切れた。<br />
私は電話をテーブルに置くと、取り憑かれたように窓へ近寄り、カーテンをあけた。</p>

<p>線路を挟んだ目の前のアパートの前には<br />
ピンク色のセーターにピンク色のスカートを合わせた女性が立っていた。<br />
歩くのもやっとなほど病的な太り方をしたその女性が、ニコニコと笑いながら<br />
なにやら私の方に向かって手を振っていた。</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>烏賊（いか）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://hospitale.org/archives/2006/03/post_253.html" />
<modified>2006-03-11T15:42:07Z</modified>
<issued>2006-03-11T15:41:49Z</issued>
<id>tag:hospitale.org,2006://1.440</id>
<created>2006-03-11T15:41:49Z</created>
<summary type="text/plain">流行とは不思議だ。
なにが流行るかなんてわからない、とは常々思っていたけれど、い...</summary>
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<name>hospital</name>


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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://hospitale.org/">
<![CDATA[<p>流行とは不思議だ。<br />
なにが流行るかなんてわからない、とは常々思っていたけれど、いよいよ自分がおかしいのかと疑ってしまう流行が訪れた。</p>

<p>烏賊ブームである。</p>

<p>その薬品を振り掛けると、いろんな物がたちどころに烏賊になる。<br />
チョコレートだろうが、畑の野菜だろうが、はたまた牧場に放たれている牛だろうと、そのサイズにあわせて烏賊にしてしまう薬がにわかに流行りだした。</p>

<p>もともとイカが好きではなかった私はうろたえた。<br />
居酒屋なんかで刺身を注文すると、必ずあの白い滑らかな物体が皿の脇に登場するが、箸をつけることはなかった。<br />
しかし、あれだけ刺身の代表選手としての名声をほしいままにしているのだから、私以外の大勢は烏賊が嫌いであるはずがない。<br />
その烏賊の薬が、TVコマーシャルや雑誌・新聞などで大々的に取り上げられるようになると、異常なほどに烏賊ブームは加熱した。<br />
私以外の人間は相当烏賊のことが好きだったことを知った。</p>

<p>先日友人同士で久しぶりに銀座で集まった時のこと。<br />
生ビール数杯といくつかの料理を注文し乾杯をした後、友人の木内が得意満面に烏賊薬をバッグから取り出した。<br />
おおーー、歓声が上がる。<br />
安くはない烏賊薬を木内が取り出したことに対する絶賛であった。<br />
私がひそかに思いを寄せて注文したカニクリームコロッケが、その最初の犠牲者だった。<br />
ふんわりと、それでいて外側がかりっと、中はジューシー、あの食感が楽しみで注文したというのに、残酷にも木内はそれに烏賊薬を振りかけた。<br />
たちまちそれは烏賊に変わり果てた。</p>

<p>「烏賊だーーっ」</p>

<p>歓声があがり、みな夢中でそれに箸を差し出す。</p>

<p>「うめぇー、こりこりしてて、うめー」</p>

<p>これはほんの序幕であり、店員がもってくるシーザーサラダ、もずく、きのこスパゲティーが次々と烏賊に変えられてしまう。</p>

<p>「やっぱ烏賊だよなー」<br />
「吸盤がたまらねー」<br />
「うめぇー」</p>

<p>だったら最初から烏賊を注文しろよと思いながらも、私は好きではない烏賊をしかたなく食べては生ビールで飲み下すのであった。<br />
これほどまでに潜在的な烏賊愛好者が多いとは、自分の価値観に軌道修正を余儀なくされた同窓会となった。</p>

<p>ブームによる悲劇はこれだけではない。<br />
先日の合コン（勿論料理は烏賊だらけ）ですこし親しくなった芽衣さんとドライブに行ったときの事。<br />
かなりタイプの女性だったので張り切ってコースを考えて臨んだデートだった。<br />
アウトレットへ連れて行き、いくつか買い物を楽しんだあと、彼女が「コバラへったよね？」とそこにあったクレープショップで女性らしくうきうきとイチゴバナナクレープやら生クリームが入ったフルーツクレープ、チョコレートクレープだことの、5分ほどさんざん考えあぐねた結果、一つに決めた。<br />
可愛いなあと思いながら見ていたら、<br />
「二人でたべよう♪」と申し出られたので少々赤面し、どきどきクレープが出来上がるのを待っていた。</p>

<p>その時彼女がやにわに取り出したのが烏賊薬だった。</p>

<p>「あ・・・、結局烏賊？」</p>

<p>ついつい思っていたことが口をついて出てしまった。</p>

<p>「だって、烏賊おいしいよ？」</p>

<p>すっとんきょうな表情で、不思議そうに私の顔を見つめていた。<br />
あれだけ考えてイチゴバナナクレープにした、あれは一体なんだったのだろうか。<br />
つくりたてのおいしそうなイチゴバナナクレープは残酷にも烏賊薬をふりかけられ、たちまち単なる烏賊に変わり果ててしまった。<br />
足が何本か紙袋からはみ出ていて、それを一本ひっこぬくと口に入れて「おーいしー」と幸せそうにこちらをみる。<br />
「たべる？」</p>

<p><br />
その後の行程は水族館ということで、絶望したまま車を走らせたのだったが、道中の畑に生える植物すべてが私の目には烏賊に見えてしかたなかった。<br />
いや、烏賊だった。<br />
前にTVで見た気がする。<br />
「畑で烏賊！」<br />
なんというキャッチだろうと思いながらしかし私は烏賊に興味がないため聞き流したが、それほどまでに世の中の人たちは烏賊が好きだったとは。<br />
辟易しながら水族館に入館した。</p>

<p>予想していたことだったが、水槽を優雅に泳ぐ、大小の烏賊、イカ、いか。<br />
「わー。すごぉーい。元まんぼーだってぇ～。めずらしぃー」<br />
「ええー。すごい、元さめ！こわい！」<br />
「元いそぎんちゃく、かわいいいい」</p>

<p>「きゃー。元ヒカルゲンジだって」<br />
「んなわけあるかい！！」</p>

<p>そんな小ネタをはさみつつ、お次はお楽しみ、元イルカショーへと向かうのだった。<br />
もちろん、でかい烏賊がぺったりとプールサイドに横たわっているわけだ。<br />
飼育係のお兄さんがでてきて、さあ、はじまりますと観衆に向かって声をはりあげる。<br />
すると、のっそりと一本の足が天空をさし、その姿をみて観衆が、わーとどよめきたつ。<br />
となりで芽衣さんもきゃっきゃと喜んでいる。<br />
サイズのでかい烏賊がただちょっと足をあげたそのことに対して、私はなんの感慨もないのだが、こうして周りの一般大衆はその一挙手一投足（烏賊だけにどちらが足で手かわからんのだが）に喜び驚くのであった。</p>

<p>人生とは自分という人間が一体なんであるかを知るための旅であると、私はこれまで規定してきた。<br />
そして、その姿勢は今後も変わらないだろうけれど、こうして自分の嗜好性を真っ向から否定されると、けっこう落ち込むものである。<br />
烏賊のどこがおいしいと感じるのか、私には未だに理解ができない。<br />
寿司を頼んだ時にも、どうか烏賊が入っていませんように、と願うくらいだから。</p>

<p>こうして自分と違う多くのものを認めて、そしてその時々に自分という人間の置かれている位置感覚を養って行くことが大切なのだろう。<br />
今度はどんな流行が訪れるのだろうか。<br />
そのことを考えると怖くもありまた少し楽しみでもある。</p>

<p>ゲッソ りしながら物語をこんな風に締めくくるのだが、イカがなものか。</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>大切な手紙</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://hospitale.org/archives/2006/01/post_252.html" />
<modified>2006-01-14T13:13:24Z</modified>
<issued>2006-01-14T13:10:17Z</issued>
<id>tag:hospitale.org,2006://1.436</id>
<created>2006-01-14T13:10:17Z</created>
<summary type="text/plain">夜中に起き出して大切な人に手紙を書いた。
ずっと頭の片隅に残っていたことが、ぷっ...</summary>
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<name>hospital</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://hospitale.org/">
<![CDATA[<p>夜中に起き出して大切な人に手紙を書いた。<br />
ずっと頭の片隅に残っていたことが、ぷっつりと途切れた感じに、その行為は僕を生き返らせたように思う。</p>

<p>車を走らせて、一刻も早く相手に届くように、真夜中のポストを目指した。<br />
行く途中の下り坂のそこかしこには、壁がモルタルで塗られた古ぼけた建物がたくさんあって、その玄関から魔女のように化粧を塗りたくった元娼婦の女どもが、厚着した姿で往来を瞠っている。<br />
薄ぼけた街灯の下で、夜闇に隠されたそれら建物や女たちの汚れが、変にメルヘンな印象を放っていて面白かった。</p>

<p>坂を下りきったところにある郵便局は、始めてみる真夜中の寂しさをまとっていて、人々の中継点として機能する昼間とは違って、くたびれて寝息をたてて休んでいるように見えた。<br />
ポストを前にして立ち止まり、投函すべきその便箋にもう一度目をやった。<br />
後で後悔するような内容ではないだろうか。<br />
ごくり考え自問する。<br />
寒さもあり、面倒になって、投函した。</p>

<p>闇に残っている少しばかりの光が、投函口の金属の上でほのかに息づいている。<br />
丁寧に手紙を奥へ差し伸べた時、途中で引っかかっている他人の手紙が指に触れた。<br />
大量の手紙がつまっているのか、僕の手紙は奥のほうへなかなか気持ちよく入っていかない。<br />
いらいらして手を引き抜くと、別の手紙も一緒に、ずるり引き抜かれた。<br />
入り口のところでひっかかっていた他人の手紙である。</p>

<p>僕の知らない他人が、これも見知らぬ他人にあてて書いた手紙。<br />
それをもって車の中に引き返し、ルームランプの光の元で封を切った。<br />
興味を惹かれて僕はその文を目で追った。</p>

<p><br />
<em>DEAR　勝又徹（カ・トゥーンちゃん）様</p>

<p>拝啓　腹が減っては戦ができないのかな？という５年前のあの言葉。<br />
私なりに、今更ながら頭に来ています。<br />
ぶち殺したいです。</p>

<p>おい。勝又どん。わす、子供できたですたい。<br />
わっすぇ。わっすぇ。って呼吸ばってんしながら、子供こさえたどころ、なぜだか、わすの腹のなかに、長野県ほどの大きさの赤ちゃんができました。<br />
「長野県ほどの」の部分は一部脚色が入っていますが、どうしても勝又どんに聞かせたかった。<br />
否。聞かせたかった。</p>

<p>昔からのあなたの口癖「宇宙的ものさし」で、考えてほしいんですけど、最近の小泉チルドレンについてどう思いますか。<br />
「最近の」って書いたけど、小泉チルドレン自体が最近のものだし、そういった意味での自分の中の矛盾点に、今赤面しています。<br />
えっとぉ、勝又さんだから言うんだけどぉ、琴欧州がせんべえだったらって考えるとぉ、発狂しそう。<br />
オリンピックっぽくない？<br />
（「オリンピックっぽくない？」って書きましたが、そうゆうとっさの一言的な勢い余ったかんじの意味の無い言葉って、ありますよね？ね？ね？特に意味がないのです）</p>

<p>ガチョーンガチョーンガチョーン、え、違いますよ、ガチョウの鳴きまねなら、ぐ・・・ぐぅぐぁぐあぁぐあぁ、でしょ？</p>

<p>笑えんな。はっはっはっはっは。埼玉県だったら、あなたは、はっはっはっは。</p>

<p>好きな人ができたけど、ある種自分のものになった瞬間にある種の魅力がなくなってしまうのがこわいから、ある種自分の思いは伝えない。</p>

<p>あの風俗店に通っている理由は、例の風俗嬢の人間性に惹かれたから、とか、そうゆう欺瞞は僕は絶対やだし、なんかそうゆうのってリアルに訴えてこないですよなあ<br />
おれ、ある種そうゆう馴れ合い、好きじゃないから<br />
ある種が口癖で悪りいか？</p>

<p>僕、警察の人と飲むの初めてですよ。ええ、これからも宜しくお願いします。ええ、全然イメージとちがって警察官さんのイメージかわりました。ええ、あ、大丈夫です、このまま運転して帰りますから。すぐそこですし。ついたら電話します。心配してくださってありがとうございます。え？（PM６:３０）</p>

<p><br />
人間ですから、日々、色々なことを考えているものです。<br />
変わらず鉄太郎さんは、スフィンクスって食べれるの？？？と、まじびびりする純真さを兼ね備えていますか？<br />
鉄太郎さんとの思い出は、それこそ一抹の、ぬ、です。<br />
永遠に冬が続くのではないかと、ぬ、疑ってしまいたいくらいに、ぬ、厳しい冷え込みです。</p>

<p>つんつく追伸。</p>

<p>冒頭の「DEAR」ですが、「日本人の癖に」と怒らないでよね。<br />
行間を読んで頂ければ幸いです。<br />
鏡とお腹って、最近ツボです。</em></p>

<p><br />
初めて読んだ他人の手紙の内容だった。<br />
手紙に落としていた目をさっとあげて、ウィンドウ越しに郵便局をながめた。<br />
その前にぽつんと赤いポスト箱。<br />
たくさんの気持ちの仲介を、その赤い体が果たしているんだろう。<br />
想いは、いろいろな形をとって、伝わって行く。</p>

<p>なんとなく拍子抜けした気持ちになったが、自分の書いた手紙のほうをまた顔の前にとりだして、折り目をきちんとつけてから、決心して、大切なあの人に思いを伝えようと、車から再び降りてポストの中に手紙を差し込んだ。<br />
すとん、と音がして、僕の手紙は僕の手から離れていった。<br />
どうやらこの他人の手紙が邪魔をして、僕の手紙は入っていかなかったようだ。</p>

<p>今も左手にある、全く知らない他人の手紙。<br />
なんとなく薄気味悪いが、バッグの中に入れていつでも読めるようにしておこう。<br />
送り主にも受取人にも悪いけど、これは僕があずかっておくことにする。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>ある夏の日</title>
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<modified>2005-12-08T12:26:20Z</modified>
<issued>2005-12-08T12:25:39Z</issued>
<id>tag:hospitale.org,2005://1.427</id>
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<summary type="text/plain">何の変哲もない真夏のある日。

一人で過ごしている。

玄関で呼ぶ声がするから気...</summary>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://hospitale.org/">
<![CDATA[<p>何の変哲もない真夏のある日。</p>

<p>一人で過ごしている。</p>

<p>玄関で呼ぶ声がするから気だるさをひきずって出てみると小太りの男が立っていた。<br />
迷惑に感じられる、汗みたいな男だ。</p>

<p>「なんでしょう」</p>

<p>逆光だから、男の顔が黒い。<br />
表情がよめず、外では蝉がやかましく、それは神経質な男が、戸外で一人わめき散らしているように聞こえる。</p>

<p>耳につく。</p>

<p><br />
返事がない。</p>

<p>ただじっとそこに突っ立っているので、もう一度声を掛けようとして、顔が逆光で暗いのではない、全焼した木造家屋のように、すすけて黒い。<br />
ということに、気づく。</p>

<p>顔の部分がそっくり焦げた男が、つったっている。</p>

<p>「あの」</p>

<p>上半身裸で、蛍光色みたいな、下品な色を使って、彼の体には刺青が彫られている。<br />
暑い所為で、うっすら全身に汗を湛えているようで、その色が汗と一緒に流れ落ちてしまわんばかり。<br />
蝉がなくほどに、どろどろどろどろ落ちていって、男はさっぱりの体になってしまうようにみえる。<br />
全体、ちんけな印象だ。</p>

<p>男が、ぼそり口をひらく。</p>

<p><br />
「生と死って曖昧だよなあ」</p>

<p>蝉の声が、さきほどよりじわりじわりと、男の汗と同様に勢いを増している、耳からそれは侵入して、蝉の声の液体の中に脳が沈められてゆき、液体が徐々に徐々に内部に伝わるように。</p>

<p>唐突の切り出しに、目の焦点があわなくなるような、へんなめまいに陥る。</p>

<p>「人は死ぬよなあ」</p>

<p>ワインを飲んで、窓の無いバスルームの小さな湯船につかっていて、湯はぬるく、恍惚として、いろんなものに思いを馳せるけれども、それらが浮かんでは消え浮かんでは消え、といったような虚無的な気持ちに、その自覚がないまま、陥っているような不安感の中で、じっとしているような、そんな気持ちに、男の声は響く。</p>

<p>こちらも依然としてつったっていることを余儀なくされているようで。</p>

<p>「そう思うのは、悲しすぎることだ。考えてみたら、そんなに悲しいことがこの世の中にあってたまるかって、かんじがするよ。それは誰しも思うことだとおもうのな」</p>

<p>外の真夏の色彩が、目の中に、さも今までは灰色の世界でしたが、これより色がつきます、とでも新技術をひけらかすかのごとく、にせものちっくに、だしぬけに、飛び込んできたので、さらに目の前の男の生気の乏しさが、がっかりと比較の中で浮きだされて。</p>

<p>「死ぬって、本当はないんじゃないのか。だって、自分が死ぬなんて想像もつかないし、そも、死が存在すること自体、考えられないほどに悲しすぎる話だよ。だって、無に帰すんだぜ。話にならないよ」</p>

<p>ぼーっと立っている。</p>

<p>「最愛の人のこと、思い出しても見ろよ。死ぬことなんて、考えたくもないだろう」</p>

<p>「考える必要なんてないんだぜ」</p>

<p>なぜ。</p>

<p>「初めから、死なんてものは、ないからさ」</p>

<p>「目の前のおっさんが、生きている証明が、口を動かして言葉を語り、心臓が勝手に動いて」</p>

<p>断続的な蝉の声の点と点の中に、顰蹙をかうほどの、ぶっきらぼうで傍若無人な無を置いてしまうと、そこでひとたび失われたリズムが、やがてはもちなおしてきて、徐々に調子をとりもどし、前よりも大きく回復するのだけど、またも置いてしまうから、けれど、それを迷惑そうにも思っていない様子で、永遠に続きそうな虚無的なリズムが、とても悩ましく、またも置いてしまう。</p>

<p>「呼吸が無意識に繰り返されるということだったらだよ。それらが止められてしまったことが死ということだったらだよ。考えてみたら、よくわからねえ現象だと思うんだよなあ」</p>

<p>「なんて、かく言う俺もな、実は知ってるんだ」</p>

<p></p>

<p>「死なんて、世の中にはないってことをさ。最初は信じられないことかもしれないけれど、徐々に分かるぜ」</p>

<p>男の蛍光色な刺青の、緑の部分がやけに目に付く。<br />
それが汗と一緒に流れ落ちているように見える。<br />
残念なことに、錯覚であって、本当にそれは肌に掘り込まれているものだとわかる。</p>

<p>「安心しな。あちこちに死は横たわっているし、初めからそんなものは存在しないのさ」</p>

<p>こんな男と、日中に、玄関先で立ち向かっていること自体、自分がいけないことをしているのではないかと、ふと考えにいたる。</p>

<p>残念な男だ。</p>

<p>声が悲しげに響く。</p>

<p>それは、一人の夜を得体の知れない不安に脅えながら、自分の心の中から湧き上がる誰かの小さな叫び声を、大音量でかけながら、ひっそりと作業をしているようなときに、ふいにもれる声のように。</p>

<p>「な」</p>

<p>男は白いすててこをはいていて、そのへんのおっさんの散歩の道すがらのスタイルで。<br />
そんな男が我が家の玄関先で、なれなれしい様子でたっている。</p>

<p><br />
それが、やけに、なつかしい。</p>

<p>「そのうち、きっとわかるぜ」</p>

<p>かといって、許しているわけではなく、むしろ憎たらしい。</p>

<p><br />
地面がぐにゃりとうごいた感覚。<br />
最近よくある感覚だ。</p>

<p>男はまた、黙った。</p>

<p><br />
少々飽きて、大きなあくびを、一つかいた。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>君が溢れてる</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://hospitale.org/archives/2005/07/post_230.html" />
<modified>2005-07-30T03:24:12Z</modified>
<issued>2005-07-30T03:22:50Z</issued>
<id>tag:hospitale.org,2005://1.409</id>
<created>2005-07-30T03:22:50Z</created>
<summary type="text/plain">彼女の事は好きだけど、付き合って行く事は厄介を伴う。

癲癇みたいなものなのか。...</summary>
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<name>hospital</name>


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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://hospitale.org/">
<![CDATA[<p>彼女の事は好きだけど、付き合って行く事は厄介を伴う。</p>

<p>癲癇みたいなものなのか。<br />
なんの予告も無く彼女はとろけだす。<br />
汗をかくように、白い彼女は輪郭をぼやけさせ、その時僕はいつも困惑する。</p>

<p>部屋で二人でいる時にとろけだすなら安心で、すぐに彼女を抱きかかえてバスルームに駆け込む。<br />
「ごめんね。ほんとごめん」<br />
と謝る彼女。</p>

<p>僕と付き合う以前には、一体誰がこんな彼女を介抱したのか。<br />
放っておくときっと彼女は流れ出してしまって、いなくなってしまうだろう。</p>

<p>栓をはめて、バスタブに彼女を満たしてあげる。<br />
満たされた彼女はしばらくずっとそのままで、液体の彼女に手を浸すとほんのりと温かい。<br />
その温かさが、僕に対する感謝だったり愛だったりするのだろうかと、ぼけっとしながら液体を見つめ続ける。</p>

<p>彼女と付き合い始めたのは２年前くらいで、過去の話は互いにあまりしゃべらない。<br />
どうやら彼女は一人のようで、家族や近親者の影は見えない。</p>

<p>いつも街を一緒に歩く時には必ずポリ袋のようなものを僕が持っていて、いつ彼女がとろけだしてもいいようにしてあげる。<br />
こんな恋人をもったということで、僕の習慣は少し特殊なものになった。</p>

<p>緊張感はいつものことで、だってふとした瞬間に彼女は輪郭をぼやけさせているのだから。</p>

<p>会話してる時にふと彼女が黙るから、心配になってみやると、「大丈夫だよ」と微笑み返す。<br />
その時のからかったような表情はとても白くて可愛い。<br />
いつも僕が心配していることをからかいながらも感謝しているのを知る。</p>

<p>ベンチに座って休日の昼下がりの平和な景色を眺めていると、隣で知らぬ間にとろけている場合には、僕はすぐに小さく畳んであるポリ袋を取り出して、彼女をそこに流し込む。<br />
平和な景色が一転して、僕はおろおろと作業をするのだ。<br />
いたたまれない。<br />
とろけているのなら、なにか言ってくれればいいのに。<br />
そんな願いも空しく、彼女は黙ってポリ袋に満たされる。</p>

<p>普段ならすぐに元通りにもどるのに、たまになかなか戻らなくて心配になることがある。<br />
そんな時は大き目のバッグに彼女を入れて、たぽんたぽんと音をさせながら僕は電車に乗ったりする。<br />
背中で振動する彼女は重くて、その苦労が切ない。<br />
はやく戻ってくれないかと願う僕をせせら笑っているような振動が憎い。<br />
満員電車で椅子に座り、彼女を自分の前に置くと、とても迷惑そうにほかの乗客が僕のほうをみるのだけど、なんとか理解してもらいたいといつもながらに切なくなる。<br />
長くても３日くらいで元通りに戻ってくれて「おかえり」「ただいま。ごめんね」と久しぶりの再会を二人で喜ぶ。</p>

<p>彼女が液体の日の夜には、必ずポリ袋からバスタブに彼女をうつしかえて、彼女に手を浸しながら、僕は色々なことを考えたりする。<br />
その時間は今や僕にとってなくてはならなくなっている。</p>

<p>素敵な彼女。<br />
物思いに耽る僕。</p>

<p>手に彼女をすくって「しゃべれる？」と尋ねて、答がないと僕は「ははは」と一人笑う。<br />
「変な人だな」<br />
バスタブに満たされている液体に、僕はうつろに一人ごと。</p>

<p>一人でいるとき、一体彼女はどうしているのか。<br />
僕と二人でいるときは僕がいるから安心だけど、一人でいるときこんな彼女の性質を的確に理解してあげて、それで不気味がらずに介抱してあげる人なんて、僕以外にいるはずがないのだから。<br />
けれど、一週間くらい会わない日とかもあるけれど、きまってへっちゃらな顔して僕の前に現れる。</p>

<p>僕がいなくてもひょっとしたら生きていけるの？</p>

<p>そんなふうに尋ねた事もあるけれど、にこにこしながら笑うだけで、返事らしきものは訊かせてくれない。<br />
本当に可愛い。<br />
彼女にとっては僕が必要だと思っているのは、もしかしたら僕だけなのかもしれないと考える事はすごく寂しいことである。</p>

<p><br />
別れは突然にやってくる。<br />
どうした気の緩みなのか、たまたま僕はその日ポリ袋を用意していなかった。<br />
晴れた日曜日に、僕らは二人で電車に乗って、行くあてもなく旅行した。<br />
手をつないで、きっとこの幸せは永遠のものなんだって安心しながら、二人で色々めぐり歩いた。<br />
いつも彼女は可愛いけれど、その日は特に可愛くて、なぜか何度も彼女の顔をみてしまう。<br />
幸せなのは僕だけじゃないかって、心配で彼女の表情を点検するのだ。<br />
「なに？」<br />
不思議そうな顔をして僕を見返す。</p>

<p><br />
日が暮れだして、夕日に照らし出された見知らぬ街の歩道で、僕はずぶ濡れのリュックを背負いながら、ぼろぼろ泣きながら歩いていた。<br />
彼女が突然とろけだして、僕は用意をしていなかったから、慌てて彼女をリュックに流し込んだ。<br />
だめだよ、布の隙間から、彼女がじわりじわりとあふれ出すのを、どん底に落とされた気分で、一生懸命に流れ出してしまわないように頑張ったけど、そんな努力は空しくて、僕の指の間から彼女は溢れだして、土の歩道にぽたぽたぽたぽた落ちてゆく。<br />
泣きながら、ごめんごめん、と僕は言うけど、彼女は変わらずほんのりと温かくて、僕の間違いをやさしく許してくれているようだった。</p>

<p>彼女以外になにも入っていない、びしょぬれのリュックサックを、悲しく背負いながら、僕はずっと泣いていた。<br />
諦めて、顔を泣きはらして、電車に乗って家に帰る途中、他の乗客はずぶ濡れの僕を迷惑そうに、ささと場所を空ける。<br />
人目憚らず僕は泣きっ面で、「ごめんごめん」と繰り返す。<br />
不気味そうな顔をして乗客は僕を見ている。</p>

<p>家までの道程がとても長く感じられた。<br />
車窓の景色はもう暗くて、月明かりに照らされた街並みが流れてゆく。</p>

<p>僕はいつのまにか彼女を失ってしまったことを知る。<br />
地面に彼女は吸収されてしまった。<br />
リュックサックも、もう乾き始めている。</p>

<p>いつ涙は枯れるのか、もう永遠に彼女には会えないだろうという決定的な気持ちから、僕は未だに抜け出せないでいるのだ。<br />
僕がいなければよかったのかな。<br />
本当にごめんね。<br />
本当にごめんね。</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>優曇華の花</title>
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<modified>2005-07-04T07:45:43Z</modified>
<issued>2005-07-04T07:41:23Z</issued>
<id>tag:hospitale.org,2005://1.402</id>
<created>2005-07-04T07:41:23Z</created>
<summary type="text/plain">午前中の忙しい時間帯、母と二人で銀行を訪ねた。
現在の会社の状況を、僕は担当の行...</summary>
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<name>hospital</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://hospitale.org/">
<![CDATA[<p>午前中の忙しい時間帯、母と二人で銀行を訪ねた。<br />
現在の会社の状況を、僕は担当の行員に話して聞かせる。<br />
それは定期的に、時間を作っては、設けている習慣だ。</p>

<p>いつもそうだが、母はきまってうつろな顔をして僕達のやりとりに耳を傾ける。<br />
青いフィルタの向こう側に母がいるような錯覚は、そんな時決まって僕を襲う感覚だから、僕はフィルタのこちら側でちらちらと母の様子を気にかけながら、口は独りでに必要な言葉を流暢に流し続ける。</p>

<p>その行員の笑顔はありきたりで、いつも僕はあくびを禁じえない。<br />
その顔に向かって話す言葉もありきたりに聞こえるのだが、気持ちよく僕は話し続ける。</p>

<p>しゃべりすぎで乾いた喉を潤すために、前に置かれた湯飲み茶碗を口に持ってきて一気に飲み干す。<br />
順調に打合せを終える。</p>

<p><br />
夜、僕は自宅で母と二人、無言で過ごす。<br />
僕は決まって手帳を眺め、仕事のことを考えながら、黙って日本酒を飲み続けている。<br />
いつも思うことは、無言の母は一体何を考えて息子である僕を見ているのだろうか、ということだ。<br />
普段僕は、母がそこにいることを完全に忘れているものだから、悪いなとは時々思う。</p>

<p><br />
母が思い出したように、今日のできごとについて話し出した。</p>

<p>「優曇華の花が、湯飲みの脇に咲いていたよ」</p>

<p>「ウドンゲ？」<br />
「今日、銀行いったでしょ」<br />
「うん」<br />
「優曇華の花っていうのかな、あなたたちが話をしている時に湯飲み茶碗の脇で花が咲いた」</p>

<p>優曇華の花というのは耳慣れないし、自分の考え事に没頭している時のことだったので、母の言っていることが僕にはさっぱり理解ができなかった。</p>

<p>「湯飲み？あの出されたお茶の？」<br />
「そう」<br />
「カビが生えてたってこと？」<br />
「かび・・・、優曇華の花、うん、カビの一種かもしれない」<br />
「意味がわからない」<br />
「咲いていたんだもの」</p>

<p><br />
「ウドンゲ」を辞書で調べてみる。</p>

<p>「インドの想像上の植物。３千年に１度花を開くという。/ごくまれなこと。」<br />
とあった。</p>

<p><br />
「想像上の植物だって。あるわけないよ」<br />
「だって、あったんだからしょうがないじゃないの」</p>

<p><br />
母が意味のしれないことを言い出すのは今に始まったわけではない。</p>

<p>母はどうやら、その優曇華の花に出会ったことを自分の中でどう捉えてよいのか心配していたようだったが、優曇華がごく稀な幸運という意味を持つことを知って少しほっとしているようだった。</p>

<p>僕が普段から何も語らないからなのか、母は自分の心の中にスペースを作っているのかもしれない。<br />
僕としても同じことで、家にいるときは誰にも邪魔されたくないと考えている。</p>

<p><br />
夜が深まっていく。<br />
部屋には母と僕、二人だけ。<br />
テレビは煩いので、滅多につけられることはない。</p>

<p>静寂。<br />
湯飲み茶碗の脇に咲く優曇華の花というのを想像してみた。</p>

<p><br />
席につき、打合せが始まるときまって女性行員が茶を運んでくる。</p>

<p>「ありがとうございます」</p>

<p>礼は忘れない。<br />
そして打合せがはじまると、母の前に差し出された、湯気の立つ茶碗の脇に半透明の植物が芽吹く。<br />
母以外には気づかれない優曇華の花。<br />
青光りしていて、紫がかった花弁を持つ。<br />
３千年に１度しか咲かない半透明の優曇華の花。</p>

<p><br />
「以前も、優曇華の花を見たことがあるの？」<br />
「ううん。今日、初めてみたから、驚いた」<br />
「なんで優曇華の花だとわかったの？」<br />
「なんていうか、そうだったから」</p>

<p>要を得ない返事は特に僕の頭を混乱させることはない。<br />
ただ、日本酒が少しずつ僕の頭を麻痺させる中で、優曇華と言う花が今日とつぜん我々の前に現れた意味を深く考えた。<br />
ボールペンを取り出して手帳に</p>

<p>「優曇華の花、咲いた」</p>

<p>と書き記した。<br />
母の言うことが全て間違っているとは思えないけれど、僕が得意になって言葉を並べている時に、そんな得体の知れない想像上の植物がひっそりと、ありきたりの湯飲み茶碗の脇で咲いていたとしたら、それは不思議でこの上も無く幸福のような気がした。</p>

<p>「なにか、いいことあるかな」<br />
「いいことあるといいよ。うん」</p>

<p>切り上げるようにして、僕はまた手帳に目を落とした。<br />
考えを仕事に戻した。<br />
日々の連鎖がそこに綴られていて、状況判断を頭の中でくみたてる。</p>

<p>まっしぐらな脳の回転に日本酒のアルコールが絡まる。<br />
先ほどまで大切なことだと思って何度も何度も繰り返し咀嚼していた物事が、突然僕の頭から忘れ去られてしまって当惑するのものの、その当惑もあっという間に次の考え事にとってかわられてしまって、僕の脳みその中はきっとそれらの思考の死体で埋め尽くされてしまって、掃除が必要な気がするほどだ。</p>

<p><br />
母の顔をちらり眺めた。<br />
気づいて一人息子の顔を見返した。</p>

<p>鈍くなる頭で、優曇華の花を見たという母のことをとても大切に思った。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>NYC-トムとナンシーが今いる場所-</title>
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<modified>2005-06-13T17:54:52Z</modified>
<issued>2005-06-13T07:15:17Z</issued>
<id>tag:hospitale.org,2005://1.395</id>
<created>2005-06-13T07:15:17Z</created>
<summary type="text/plain">土曜の夜。
俺はバスルームにいて、生まれたままの姿で、
鏡に向かってInterp...</summary>
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<name>hospital</name>


</author>

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://hospitale.org/">
<![CDATA[<p>土曜の夜。<br />
俺はバスルームにいて、生まれたままの姿で、<br />
鏡に向かってInterpolのヴォーカルの物まねをしている。<br />
感情を殺す。頭を小刻みに揺らす。<br />
喉の奥のほうを、震わせて、歌う。</p>

<p>ドアをノックする音がして、<br />
我に返る。</p>

<p>すこし開いたドアの向こうでナンシーが手で口を押さえて笑っている。<br />
ナンシーがうちに帰ってきていたことに俺はちっとも気がついちゃいなかった。<br />
「トム、いつまでそんなクレイジーなこと続ける気？」ナンシーが言う。<br />
「Radio City Music Hallを黒装束の連中で埋め尽くすまでさ」俺はそう答える。</p>

<p>BANANA REPUBLICの灰色のボクサーパンツを履く。<br />
American Aparelの黒色のTシャツを着る。<br />
髭を剃りおえたばかりの顔に、BURT'S BEESのローションを塗りたくってからバスルームを出る。</p>

<p>リビングのIKEA製のカウチに腰を下ろす。<br />
BOSEのスピーカーからLCD Soundsystemの騒がしい曲が流れている。<br />
テーブルの上に置かれたPower Bookは電源がはいったままで、<br />
サイバデリックな模様がゆらゆらとディスプレイの中で漂っている。<br />
届いたばかりのNEW YORKERとTime Outの新刊にそれぞれざっと目を通す。<br />
何か目ぼしい映画はやってないかと、テレビをつける。<br />
Sundanceチャンネルでジャームッシュの古い映画がやっているのをみつける。<br />
足元に中身が詰まったままのWhole Food Martのロゴ入りプラスティックバックが置いてあるのに気がつく。<br />
キッチンで夕食の支度をしているナンシーが俺に声をかける。<br />
「ねえ、そこにある食べもの、全部冷蔵庫にいれといてちょうだい」<br />
「イェッサー」テレビを消して俺は腰上げる。</p>

<p>冷蔵庫のドアを開ける。<br />
ダイエットコークの６缶パックと、コロナが何本かと、ライム風味のぺリエが２本と、<br />
モツァレラチーズと、ほとんど空っぽのピーナツバターと、<br />
アプリコットのジャムと、セロリの束と、しなびたライムが転がっている。<br />
プラスティックバックの中身をひとつひとつ丁寧に冷蔵庫の中に移しいれる。<br />
オーガニックミルク、ローカーブエッグ、ノーファットプティング、ノンカロリージェロ<br />
オールナチュラルドレッシング、ローカロリーサーモンクリームチーズ、ソイヨーグルト、トーフソーセージ、<br />
セサミベーグルが２つ、1パウンド6ドル99セントのサラダが4つ。</p>

<p>プラスティックバッグの中には、<br />
地球の水を汚さないとうたうエコロジーディタージェントと<br />
アンチ動物実験を標榜するTee treeのボディオイルだけが残る。</p>

<p>この街に暮らす連中はこの手の商品に目がない。<br />
この街に暮らす、スノッブな連中は、この手の、スノッブな商品に目がない。</p>

<p>欺瞞に満ちた企業モラルは愛すべき地球ためにあるのではなく、<br />
全ては消費者の自意識を満たすためのものにすぎない。<br />
本当の菜食主義者はトーフでできた代替ソーセージなんてものには興味がなく、<br />
本当の環境保護主義者はプラスティックバッグの二枚重ねを許すはずがない。</p>

<p>ダイエットコークを一缶とぺリエのボトルを取り出してから、冷蔵庫のドアを閉める。<br />
ダイニング用の丸テーブルにそれらを置き、グラスをふたつ用意する。<br />
冬の室内は効きすぎのヒーターのせいでひどく喉が渇く。<br />
スツールに腰かけ、ダイエットコークの蓋を開け、一缶の、その半分ほどを一息に飲む。</p>

<p>やがて、テーブルの上に、エンドウ豆のスープと、輪切りにされたオランダブレッド、<br />
できあいのミートローフ（これは俺だけのために）、<br />
ボウルいっぱいのサラダ（ほとんどがナンシーのために）が並ぶ。</p>

<p>「イタダキマス」<br />
両の手のひらを合わせて、アクセントのある日本語でナンシーがいう。<br />
ナンシーは、ティーン時代の一時期を父親の仕事の都合により日本で過ごしたことがある。<br />
「イタダキマス」<br />
俺もまた同様に、交換留学生として日本で暮らしたことがある。<br />
そのときに、俺たちははじめて出会った。</p>

<p>「知ってる？3rd Avenueに新しいSUSHIレストランができたのよ」<br />
ナンシーが小さくちぎったオランダブレッドをスパイス入りのオリーヴオイルに浸しながらいう。<br />
「どこ？」<br />
「78th Streetのとこよ」<br />
「ちゃんと日本人はいるのかい」<br />
「わかんない。東洋人はいるけど、韓国人かもしれないし、中国人かもしれないもの」<br />
「日本人であることを願うよ」</p>

<p>この街の、スタイルばかりに気をとられた軽薄なSUSHI屋には我慢がならない。<br />
ジャパニズムを履き違えた間抜けな装飾を見る度に、その店の窓に石を投げこみたくなるし、<br />
メキシコ人が粘土細工みたいにして作るSUSHIなぞを有難がって食う連中を見る度に、<br />
そのケツを思い切り蹴り上げたくなる。</p>

<p>食事を終えた俺たちはそれぞれに着替えを始める。<br />
「ねえ、ナンシー、今夜俺はどんな服を着ていくべきかな」<br />
「さあ。なんだっていいんじゃない。どうせホームパーティーだもの」<br />
「なんだっていいってことはないさ。アートスクールの連中に笑われたくないもの」</p>

<p>この街の夜はパーティーに溢れている。<br />
Village VoiceにもL Magazineにも載らない、<br />
そんな小さなパーティーたちがこの街の夜には溢れている。<br />
その気にさえなれば、毎晩パーティーに繰り出すことだってできる。<br />
人々はパーティーのために働き、パーティーのために生きる。<br />
ショーウィンドウに飾られた服の全てはパーティーに着ていくためにあり、<br />
マガジンやニュースペーパーの記事の全てはパーティーでの気の利いた話題のためにあり、<br />
より洗練された会話を望む人々は、映画館やギャラリーや朗読会に足しげく通う。</p>

<p>俺はH&Mの人工的に色落ちしたジーンズを穿き、<br />
Tシャツの上にArmarni Exchangeのストライプのシャツを着て、<br />
イーストヴィレッジの古着屋で買った革のジャケットを羽織る。<br />
Gravisのサンダルを脱ぎ捨て、買ったばかりのPUMAのスニーカーに履きかえる。<br />
「なによ、いつもと変わらないじゃない」<br />
United Bambooの真新しいワンピースの上に、Dieselの分厚いコートを着たナンシーが口をとがらせる。<br />
「笑われない程度でいいんだ。何も気張ってお洒落する必要なんかないさ」</p>

<p>家を出て、地下鉄の駅までを歩く。<br />
道すがら、このアッパーイーストに立ち並ぶ飲食店の中を覗き込む。<br />
イタリアンレストランの中に、裕福な家族が優雅な晩餐を楽しんでいるのがみえる。<br />
ハッピータイムのスポーツバーの中に、クールカットのヤッピーたちが赤い顔で得意の自己主張を繰り広げるのがみえる。<br />
低カロリーのアイスクリーム屋の中に、この寒い季節にもアイスクリームを必要とするスイーツ狂いどもが列をなすのがみえる。</p>

<p>ダウンタウンへと下る６ラインに乗り込む。<br />
ドアのすぐ横の、HSBCの広告の前に二人分のスペースをみつけて、腰を下ろす。<br />
あたりを見渡せば、世界の主な人種がこの地下鉄の中にすべて揃っているのがわかる。<br />
ブラック、ブラウン、イエロー、ホワイト。</p>

<p>ヒスパニックの若い母親が、騒ぐ子供をスペイン語で叱り付ける。<br />
なりきりラッパーが安物ヘッドフォンから盛大に音を漏らしながら、ぶつぶつと出来合いのライムをつぶやく。<br />
エイジアン系の若者の一団がお揃いのカリアゲ頭を並べて大きな声で何か楽しそうに話をしている。<br />
サリーを着た女が鷲鼻の男と手を握りあい舌足らずな愛の言葉を交わしている。<br />
ワンダラー、ワンダラーと呪文のように声をあげて中国人の中年女が乾電池を売り歩く。<br />
右足をひきずった黒人ホームレスが小銭の入った紙コップをジャラジャラと鳴らしながら金をこう。<br />
向かいの、闇だけを背景にしたガラス窓に、微笑を浮かべた白い肌のナンシーがうつっている。</p>

<p>「トム、あれみて」<br />
ナンシーが声をひそめていう。<br />
その細い指先の向こうに、サイズの大きな服を着てヤンキースの帽子を斜めに被る日本人風の若者がいる。<br />
その隣に、POKEMONと書かれたスウェットを着て英訳された日本製MANGAを読みふける黒人の若者がいる。<br />
「とんだ国際交流ね」ナンシーがくすくす笑う。<br />
「笑えないね」俺はそういう。</p>

<p>Union SquareでLラインに乗り換える。<br />
地下鉄はイーストリヴァーの下を走り抜け、マンハッタンからブルックリンへと渡る。<br />
ブルックリンに入って一つ目の駅、Bedfordで地下鉄を降りる。<br />
うす汚い階段を上り、地上に出た瞬間、マフラーをしてこなかったことを後悔する。</p>

<p>リカーショップで適当なワインを二本とデリでよく冷えたRed Stripeの6本いりケースを買う。<br />
イーストリヴァーから来る冷たい風を正面に受けながら西へと歩く。<br />
途中いくつかのバーやレストランの前を通り過ぎる。<br />
どこも広いだけが取り柄の下品な店だ。<br />
そのうちにこのエリアにもスターバックスやマクドナルドが立ち並び、<br />
観光客がカメラ片手に練り歩くのだろうか。</p>

<p>パーティーが行われているはずのロフトアパートに到着する。<br />
何度もビープを鳴らすが、誰もスピーカーフォンには出てこない。<br />
鳴り止まぬ音楽と喚くようなお喋りのせいで、誰もその音に気がついていないのだ。<br />
「なあ、ナンシー、今日はもうパーティーはやめて、そこのNorth Sixでライヴでもみていこうぜ。今夜はAnimal Collectiveがやってるはずだ」<br />
「だめよ。ジョンやメアリーたちが待ってるもの」<br />
「だって、誰も俺たちのことに気がついてないようだぜ」<br />
俺は乱暴にビープを押しまくる。<br />
すると、突然に、クイズ番組の中で不正解をつげるときのような音がして、ドアの鍵が開かれる。</p>

<p>ロフトアパート特有の重い金属の扉を開けたとたん、<br />
ヒステリックな電子音が耳につきささり、単調なリズムのベース音が腹に響く。<br />
早速ナンシーが友人を何人かみつけて、ハグをしている。<br />
ナンシーが俺の腕をひっぱる。<br />
無神経に賑やかなハードハウスの洪水の中で、<br />
紹介されたひとりひとりの耳にむかって、自分の名前とナイストゥミーチューを叫ぶ。</p>

<p>キッチンとリビングとが一体化したその部屋には、ゆうに30人を越える若者がいる。<br />
隅に押しやられたテーブルの上に様々なハードリカーのボトルが並ぶ。<br />
氷水で満たされたクーラーボックスの中にワインやビールが浮かんでいる。<br />
冷蔵庫の隣でDJがプレイする。<br />
そのまわりを踊り狂う連中と、それを遠巻きに眺めて酒を飲む連中。<br />
まるで真冬のハドソンリヴァーに浮かぶ流氷のように、人々がひしめきあい、<br />
ぶつかっては離れ、くっついてはどこかに流れていく。</p>

<p>古い友人のジョンとメアリーをみつけて世間話をする。<br />
彼らともまた、日本で会って以来の仲だ。<br />
お互いの近況を話し合う途中で、どこかであったはずの坊主頭の灰色の目をした男に声をかけられる。<br />
男の名前はもう忘れてしまったが、男がドイツから来たこと、カメラマンの助手をやっていること、<br />
はじめたばかりのこの街での生活にいささかDepressedしていたことは覚えている。<br />
握手をかわした後で男にたずねる。<br />
「その後調子はどうだい」<br />
「最高にいいかんじだよ。万事良好さ」<br />
「そう。それを聞けて俺も嬉しいよ」<br />
「まったくあんたの言うとおりだったよ」<br />
「なんのことだ」<br />
「ほら、この街のことだよ。慣れればその良さがわかるって、あんた言ってたろ。俺、もう慣れたみたいだ。毎日が最高にご機嫌だよ」<br />
「そうか。そういつは良かった。本当に良かった」<br />
「ちょっと彼女を紹介させてくれよ。あれ、あいつ、どこにいっちまったかな」<br />
そのまま男は人の群れの中に吸い込まれてやがて消える。<br />
俺は彼に、この街に慣れたその先のことを尋ねられずに済んだことに、ほっと胸をなでおろす。</p>

<p>ナンシーを見失う。<br />
アパートの中をあちこちに歩き回る。<br />
メアリーとジョンにつれられて、黄色に塗られたドアの向こうの、<br />
小部屋の中にはいるナンシーの後姿をみつける。<br />
俺もその後を追う。</p>

<p>小さなコーヒーテーブルの上に、白い粉末のラインをのせた鏡が一枚置かれている。<br />
短く切ったストローを鼻にあて、いままさに粉末を吸い込まんとするジョンがいる。<br />
そのすぐ後ろでメアリーとナンシーが互いの洋服を評しあってる。<br />
俺に気がついたメアリーが、「トムもどお？」と声をかける。<br />
俺は何も答えない。<br />
「トム、いいでしょ、パーティーのときくらい」<br />
ナンシーが上目づかいに俺をみる。<br />
「勝手にしろよ」<br />
そういって俺は部屋をでる。</p>

<p>すっかりハイになったナンシーは、髪をピンクにそめたDJのすぐ前で、<br />
ディスコパンクのビートに乗って踊り狂っている。<br />
ドレッドヘアーの背の高い黒人が、ナンシーの横に滑り込み、その腰に手をあてる。<br />
俺は苛立ちを紛らわせるために、誰か話し相手を探して、部屋の隅ををうろつく。</p>

<p>退屈そうに壁にもたれて酒を飲む男に声をかける。<br />
いくつかの牽制しあうような会話の後で、男が俺と同じ学校の学生であることを知る。<br />
「メジャーはなんだい」男が俺に尋ねる。<br />
「英文学と日本語のダブルメジャーさ。君は？」<br />
「似たようなもんだよ。哲学をメジャーに、フランス文学をマイナーにしている。英文学のクラスもいくつかとったことがある。あんた、学年は？」<br />
「シニアさ。この学期でおしまい」<br />
「じゃあ、俺とまったく一緒なんだな」<br />
男が口を歪めて静かに笑い、手にしたHeinekenのボトルに口をつける。</p>

<p>それから俺たちはOther Musicに並ぶ新譜CDのことや、<br />
AngelicaやAnthology Film Archivesでやってる外国映画のことや、<br />
嫌いな教授の悪口に花を咲かす。</p>

<p>ひとたび訪れた沈黙の後で、唐突に男が話題を変える。<br />
「なあ、あんた、卒業したらどうすんだい」<br />
「さあね」俺はあいまいに首をすくめていう。<br />
「英文学専攻だと就職も難しいだろ」<br />
「まあね。でも君だって同じことだろ」<br />
「俺か？俺はNYUのロースクールに行くことが決まってるから心配ないさ。あと二年間、法律をみっちり勉強して弁護士になるんだ。哲学にはもうサヨナラだよ」<br />
「そいつはすばらしいね、うらやましいよ」久しぶりの社交辞令を口にする。<br />
「あんたもどこかのプロフェッショナルスクールに行けばいいんだよ。きっといい就職口がまってるぜ。GPAはどう？数学は得意かい？だったらMBAにしなよ。なに、GMATなんて楽勝だよ。別にアイヴィーリーグにいく必要はないんだ。さいきんはCUNYだって評判いいらしいぜ」<br />
急に始まった男のくだらないお喋りを止めたくて、つい、俺は口を滑らす。<br />
まだ誰にも話していない事実をこんなところで告げてしまう。<br />
「実は、卒業したら日本にいくつもりだ。JETプログラムってやつの選考に合格したんだ。日本へ行って、公立中学の英語クラスのアシスタントとして働く。住居も用意されてる。日本政府から金も出るんだ」<br />
そこまで一息にいい終えてから、俺はひどい後悔にさいなまれる。<br />
ウィスキーがはいったグラスをふたつ手にしたナンシーが、俺のすぐ隣にいるのに気がついたからだ。<br />
「なんだ、そうだったのか。そりゃいいな。あんた、日本語勉強したんだもんな。そりゃいい。日本に行って、その英語教師ってやつをやって、日本語にもっと磨きをかけて、そのまま日本の企業でも入ったらいいよ。あいつら渋チンだけど、外国人には甘いってきいたことがあるぜ」<br />
呆然とした顔で俺をみるナンシーが気になって、男の声がうまく耳にはいらない。</p>

<p>Bedford Avenueまでの道を俺たちは黙って歩く。<br />
行きかう人々は一様に陽気で、酒臭い息を吐き散らして騒いでいる。<br />
ピザ屋はいまだ営業を続け、夕食どきよりも繁盛しているようにみえる。</p>

<p>手を上げて、タクシーを止め、後部座席に乗り込む。<br />
頭にターバンを巻いた運転手に行き先を告げる。<br />
運転手は何も答えぬまま、タクシーを発車させる。</p>

<p>暗くて陰気なブルックリンを抜けて、ワシントンブリッジを渡ると、<br />
右前方にマンハッタンの夜景がみえてくる。<br />
戦闘を待ちわびる軍艦のような、そんな不気味な夜景が黒い海に浮かんでいる。</p>

<p>「トム、日本へ行くって本当？」<br />
ナンシーが頭を俺の肩に乗せて、酒臭い息をはいて言う。<br />
「ああ」<br />
「そう。いつから？」<br />
「来年の8月から。2年間」<br />
「そう」</p>

<p>二人の間に重い沈黙が横たわる。<br />
運転手は携帯電話に繋がれたハンズフリー用のマイクで誰かと話をしている。<br />
行ったことのない土地の、知らない言葉が耳にからみつく。</p>

<p>「トム、日本に行ったら、」<br />
「うん」<br />
「日本に行ったら、またあの変な英語教えるの？」<br />
それが何を意味するのか、しばらく考えてから俺は答える。<br />
「そうだろうね。またあの、変な英語、教えるんだろうね」<br />
「Hello, Tom. How are you?」ナンシーがおどけた調子で言う。<br />
いつか日本でやらされた、妙に堅苦しい英会話を思い出してこう答える。<br />
「Hello, Nancy. I'm fine. Thank you. And you?」<br />
ナンシーがけたけたと笑い転げる。</p>

<p>初めてナンシーと会った日、<br />
ケンやケイコやタローやヨシコに英会話を教えた初めての日、<br />
あのときもナンシーは、同じように笑い転げていた。<br />
その屈託のない笑顔に、14歳になったばかりの俺はクラッシュしてしまったんだ。</p>

<p>お決まりのテキスト英会話の、そのつづきをやりたくて、もう一度俺はいう。<br />
「Hello, Nancy. I'm fine. And you?」<br />
ナンシーの顔に、もうスマイルはない。<br />
「I'm not fine....because」<br />
車窓からはいる街の灯りがナンシーの顔を照らす。<br />
その瞳に潤いがあるのを知る。<br />
「Because you leave me alone!」<br />
そのままナンシーは顔を伏せて、嗚咽をこぼし始める。<br />
「ごめん。また戻ってくるから」<br />
そんなふうにしか、俺は言葉をかけられないでいる。</p>

<p>「トム、なんのために日本へ行くの？」</p>

<p>顔をあげたナンシーの顔は涙に濡れて、<br />
溶けたマスカラを手の甲で拭いたせいで、<br />
目の周りがアスタープレイスに集うゴス少女たちみたいに黒くなっている。</p>

<p>「この街を離れたいんだ」<br />
「なぜ？」<br />
「すこし疲れたんだよ」<br />
「トムはこの街のことが嫌いなの？」<br />
俺はうまく答えられない。</p>

<p>わからない。<br />
俺にはわからないんだ。<br />
愛しているのか、憎んでいるのか。</p>

<p>かつて、インディアナの田舎で恋焦がれたこの街のことを、<br />
両親をいいくるめ、カレッジ時代を過ごすためにやって来たこの街のことを、<br />
ダウンタウンの大きな古本屋で、日本でサヨナラを言い合ったナンシーと、<br />
偶然に再会したこの街のことを、<br />
愛しているのか、憎んでいるのか、<br />
俺にはよくわからない。</p>

<p>みんなはどうなんだ。</p>

<p>セントマークスでくだを巻く黒いTシャツを着たモヒカン頭のパンクスたちは、<br />
ユニオンスクエアにたむろする不健康な青い顔したスケートボーダーたちは、<br />
ウィリアムズバーグで名刺を配る小ずる賢い顔をしたアーティストたちは、<br />
この街のことを愛しているのか。</p>

<p>この街は変わった。</p>

<p>ソーホーもヴィレッジもいまはネクタイを締めた連中のものに変わった。<br />
42ndのタチンボたちはダンキンドーナツのあまりものと一緒ににゴミ収集車で撤去された。<br />
チェルシーホテルは単なるケバいだけのホテルになりさがり、その神話性を失った。<br />
男と女のことしか歌えない腰抜けバンドがCBGBのステージに立ち、伝説を踏みにじった。<br />
ジョンレノンが死んだ場所で何万人もの観光客が、能天気なピースサインをして笑った。</p>

<p>そしていまも、この街は変わり続けている。</p>

<p>大きな変化は2001年の9月11日に、<br />
小さな変化は増殖し続けるスターバックスと移民家族のぶんだけ、<br />
上昇し続ける家賃とMetro Cardの値段のぶんだけ、<br />
確実に存在している。</p>

<p>憧れのビートニクはどこにいっちまったんだ。<br />
西部や南部の砂埃と一緒に消えちまったのか。<br />
この街に残された腑抜けのピースニクは、ブッシュの悪口を言うだけで何もできないクズばかり。</p>

<p>筋金入りのヒップホップはどこにいっちまったんだ。<br />
レコードの山のなかに埋もれて窒息したのか。<br />
ギャングあがりの不良どもに不相応な豪邸を与えるだけのお子様ヒップホップにはもううんざりだ。</p>

<p>本物のアヴァンギャルドはどこにいっちまったんだ。<br />
酒や薬でおっちんだのか。それとも檻のついた病院の中か。<br />
ジャパニメーションの模造品を芸術と崇める馬鹿どもほど、その顛末がふさわしいはずなのに。</p>

<p>ホールデンはまだセントラルパークで冬の鴨の行方を気にしているのだろうか。<br />
17歳のジム・キャロルはどこでピュアになりたいと呟いているのだろうか。<br />
ブライトライツ、ビッグシティの残酷な朝にパンのにおいを嗅ぐ者はいるのだろうか。</p>

<p>いまこの街に溢れ返るまがいものたちのことを思うと、<br />
あのウォーホールのクソったれな缶詰の絵だって微笑ましく思えるし、<br />
モヒカン頭のタクシードライヴァーが原爆をつくりだす日も近いように思えて、<br />
なんだか惨めな気分になっちまう。</p>

<p>インチキだ。<br />
インチキがこの街にのさばってるんだ。<br />
俺はこの街がこれ以上汚されていくのに我慢がならない。<br />
いまわかった。<br />
俺はこの街を愛しすぎてるんだ。</p>

<p>タクシーは、とうにマンハッタンに入り、3rd Avenueをアップタウンにむかって走り続ける。<br />
出来たばかりのガラス張りの豪華マンションと、ブラウンストーンでできた古いカレッジの校舎の間を通り過ぎる。</p>

<p>「考えすぎなのよ、トムは。いつだって」<br />
ナンシーが俺を見透かしたようにいう。<br />
「考えすぎて、よくわからなくなってるのよ。本当はこの街のこと好きなのに、考えすぎちゃうせいで、おかしなふうになっちゃってるのよ」<br />
「ナンシーのいう通りだよ」<br />
俺はナンシーの頬にキスをする。<br />
塩辛い涙の味を舌に感じるとともに、<br />
俺はこの街に来てよかったと、こころから思う。</p>

<p>「14歳のとき、ナリタであなたとお別れをしたとき、」<br />
「うん」<br />
「あたし、あたなとはもう二度と会うことはないんだろうと思った。悲しくてすごく泣いたけど、そうなることが運命なんだって、あのときのあたしはそれを受け入れた。大学生になって、この街で暮らし始めて、あなたと、Strandのオースターの本の前でばったり会ったとき、すごく嬉しかったし、それこそ神様だって信じらる瞬間に思えたけど、あの悲しい別れをまた繰り返すことになるんじゃなかって、そんな気がした。覚悟してたのよ、ずっと前からこうなることを」<br />
俺は黙ってうなずく。<br />
「行きなさいよ、日本。あたしもたまには遊びに行くから。身長が6フィートを越えて、あの頃よりずっと大きくなったあなたと手を繋いで、また日本の街を歩けるなんて、そんな素敵なことってない気がするわ」<br />
「ありがとう、ナンシー。ありがとう」<br />
それ以上の言葉は声にならず、たまらずナンシーの額にキスをする。<br />
「でも条件があるわ。日本へ行くまでの間、あたしのいうことは何でもきいてもらう」<br />
俺の返事を待たずにナンシーが続ける。<br />
「ね。いいこと。約束だからね」<br />
俺は安堵混じりの溜息をつく。<br />
タクシーはいま、ダウンタウンを走り抜け、ミッドタウンにはいったところ。</p>

<p>「トム、いまiPodもってる？」<br />
「もってるよ」<br />
「ここに出しなさい」<br />
ジャケットのポケットからiPodを取り出す。<br />
ナンシーが白いイヤホンの片方だけをつまみあげ、自分の右耳の穴にいれる。<br />
もう片方を俺の左耳の穴に乱暴にねじこむ。<br />
「痛いよ、ナンシー」<br />
「黙りなさい。日本に行くまで、あたしに口答えは許さないからね」<br />
「わかりましたよ、ナンシーお嬢様」<br />
「わかればよろしい」<br />
「なにが聴きたいんだい」<br />
クリックホイールを親指で撫でながら、ナンシーに尋ねる。<br />
「Interpol」ナンシーがいう。<br />
「Interpolをかけてちょうだい、ニセモノinterpolさん」<br />
その言い方が子供みたいで俺はすこし笑ってしまう。<br />
「Interpolのどの曲をかけましょうか、お嬢さん」<br />
「NYC!」<br />
人差し指を外の景色に向けて、ナンシーが微笑む。</p>

<p>PlaylistのTop25から"NYC"をさがしあて、クリックする。<br />
すぐさま、あの物憂げなギターリフが流れ出す。</p>

<p>NYC。</p>

<p>この街のことを歌った憂鬱で感傷的な曲。</p>

<p>I had seven faces thought i knew which one to wear<br />
I'm sick of spending these lonely nights training myself not to care<br />
the subway is a porno pavements they are a mess<br />
I know you've supported me for a long time<br />
Somehow i'm not impressed</p>

<p>New York Cares (got to be some more change in my life)<br />
New York Cares (got to be some more change in my life)<br />
New York Cares (got to be some more change in my life)<br />
New York Cares (got to be some more change in my life)</p>

<p>曲の途中でナンシーがいう。<br />
「トムも歌ってよ」<br />
「いやだよ」<br />
「歌いなさいよ。あんなに練習してたじゃない。歌いなさい。これは命令よ」<br />
「わかったよ」<br />
バスルームで練習した通りの歌い方で声を出す。</p>

<p>Subway she is a porno and the pavements they are a mess<br />
I know you've supported me for a long time<br />
Somehow i'm not impressed</p>

<p>It's up to me now turn on the bright lights<br />
It's up to me now turn on the bright lights</p>

<p>New York Cares (got to be some more change in my life)<br />
New York Cares (got to be some more change in my life)<br />
New York Cares (got to be some more change in my life)<br />
New York Cares (got to be some more change in my life)</p>

<p>It's up to me now turn on the bright lights<br />
(got to be some more change in my life)<br />
Oh, It's up to me now turn on the bright lights<br />
(got to be some more change in my life)</p>

<p>夢中で歌い終わり、いつのまにか閉じていた目を開くと、<br />
ナンシーが、体を震わせて、手で口を押さえて笑っている。<br />
三日月型に細めた目と、こらえた笑いで膨らんだ頬が、ひどく愛しい。</p>

<p>「ナンシー、何がそんなにおかしいんだい」<br />
「だって、トム、ぜっんぜん似てないんだもの」<br />
「君が歌えっていったんだろ」<br />
自分でも思った以上に大きな声が出て、運転手が振り返る。<br />
髭面の大きな目をした中東人の運転手と目が合う。<br />
運転手が無表情のままで、親指をたてる。<br />
「ユーシング、ベリーグッド、サー」<br />
「サンキュー」</p>

<p>タクシーは走り続ける。<br />
ナンシーは声をあげて笑い始める。<br />
「トム、今度一緒にKARAOKEに行きましょう。もっと練習が必要だわ」<br />
俺は無言でナンシーを抱き寄せ、開いたままのその口に、乱暴な、キスをする。<br />
瞼をきつく閉じているせいで、いまはもう、どこにいるのかはわからない。</p>]]>

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<title>海の近くの道路の上で</title>
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<modified>2005-05-10T17:37:23Z</modified>
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<name>hospital</name>


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<![CDATA[<p>血の気が失せちまったんだ。<br />
目の前が真っ暗になって、持っていたバスのチケットは汗でビショビショになった。<br />
どうも記憶が定かじゃないんだ。<br />
俺は確かバスに乗ってた。</p>

<p>彼女は俺に会いたいって言ってた。<br />
ホントかどうか知らないけどね。<br />
オレは真に受けたんだよ。<br />
それでバスに飛び乗った。<br />
それだけだったかどうか。<br />
もっと他に理由があった気がするんだけど。<br />
どうも記憶が定かじゃないんだ。<br />
周りで血だらけになって転がってる連中を見ると、どうもこのバスは事故にあったらしい。<br />
運悪くオレはこんなバスに乗り合わせちまった。<br />
そうそう。ＣＤウォークマンで音楽を聴いてたんだ。<br />
アメリカの古い音楽さ。<br />
ヘッドホーンはどこかにいっちまったけど、かすかに音が聞こえてくるんだ。<br />
なんだっけな。この音楽。<br />
確か大好きだったはずなんだけど。</p>

<p>嫌になっちまった。<br />
思い出す必要なんてない気がしてきたんだ。<br />
オレは夕飯のことなんて考え始めた。<br />
夕飯まで生きていられるかどうかもわからないのに。<br />
このバス、どこでこんな事故にあっちまったのかな。<br />
周りには道路と海しか見えない。<br />
どうやらとんでもない所で事故にあっちまったらしい。<br />
毎朝見てる、たぶんあの埋立地の何にもないまっすぐな道路だ。<br />
こんな所からどうやって帰ればいいんだ。<br />
オレはバッグの中に手を突っ込む。<br />
なんか食べるものでも探してたのかもしれない。<br />
何にもない。<br />
財布。ティッシュ。ＣＤウォークマン。あと本が一冊入ってた。<br />
あと、グチャグチャになった手紙が入ってた。<br />
そうだった。<br />
この手紙のせいだ。<br />
オレがこんな夜遅く、バスに乗って彼女に会いに行く羽目になったのは。<br />
そうそう。<br />
彼女はどうも悩んでたらしいんだ。<br />
悩むのが好きなんだろうか？ってこっちが悩んじまうほど、彼女は年中悩んでるんだな。<br />
今回はどんな悩みだったか。<br />
この手紙に書いてあったんだ。<br />
珍しくオレも真に受けちまった。<br />
それだけ真面目な悩みだったのかもしれない。<br />
オレは一行目だけ読んでみる事にしたんだ。</p>

<p>「私間違ってたみたい」</p>

<p>正直言って参ったね。<br />
どうしてって、毎回彼女の手紙の最初の一言がこの言葉だったってことを思い出したからさ。<br />
次はたぶん<br />
「もう何も思い出せない」<br />
なんて書いてあるはずなんだ。<br />
オレは二行目を読んでみた。</p>

<p>「もう何も思い出せません」</p>

<p>なぜか敬語になってたけど同じようなものさ。<br />
どういうわけか彼女の手紙はたまに敬語が混ざってるんだ。<br />
３行目を読んでみた。</p>

<p>「私は自然に生きようと思ってたのに」</p>

<p>そうなんだ。彼女はいつもこんなことばっかり言ってる。<br />
最初のうちはこんな話にもマトモに付き合っていたけど、最近じゃ軽く受け流すようになってた。</p>

<p>「綺麗な服を着て、長いものに巻かれて、そう、今日だって美容院に行ってきた所なのに」</p>

<p>四行目にはそう書いてあった。<br />
「長いものに巻かれて」なんて彼女はめったに口にしなかったから<br />
オレは目を留めたんだな。<br />
きっと最初に読んだ時もそうだったんだろうな。<br />
もう覚えてないんだけどさ。<br />
オレは続きを読んだ。</p>

<p>「だけどね、帰り道で急に嫌になっちゃったの。帰りの電車で」</p>

<p>どうもいつもよりは真面目に書いてあるみたいだった。</p>

<p>「満員電車でもないのに痴漢がいたの。目の前に。髪が目の辺りまでかかってて整髪料をベタベタ頭につけてて」</p>

<p>オレはここで少し休むことにした。<br />
何しろ、俺の頭からも血が流れ出していたから、もう意識はわずかなんだ。<br />
深呼吸をした。<br />
そしたら運悪く目の前を飛んでた蚊が喉の中に入ってきたんだな。<br />
こんな時、変な力が出るもんなんだ。<br />
手紙を読む力もないくせに、精一杯セキをして蚊を吐き出した。<br />
目の前にいるたぶんもう息もしてないおっさんの頭にオレの唾液が飛んだんだ。<br />
オレはもう一度手紙を眺めた。<br />
どこまで読んだか、オレは最後の方を読むことにした。<br />
たぶん、マトモに読んでたら最後までたどり着けない気がしたから。</p>

<p>「だから決めたの私は。もうあなたに本当のことしか言わない」</p>

<p>彼女はいつもこんなことばかり言ってるんだ。<br />
本当のこととか、心を込めてとか。<br />
嫌いじゃないけど、何回も聞いてると良くわからなくなってくる。</p>

<p>「私は今日あなたに会いたくない。<br />
会いたいのかもしれないけど会いたくない」</p>

<p>そう。こんなことが書いてあった。<br />
こんな時は何も言わず彼女の所へ行ったほうがいい。<br />
反射的にそう思ったのかもしれない。<br />
彼女はこういう時、放っておくと永久に連絡してこなくなるんだ。</p>

<p>「私は今、さっき痴漢からもらったパンを食べてるの」</p>

<p>彼女の話はいつだって急に飛ぶんだ。<br />
どうやらさっきの痴漢と何かあったらしい。<br />
彼女はおかしいんだ。<br />
痴漢と意気投合することだって有り得る。</p>

<p>「変なパンなのよ。味も見た目もメロンパンなのに、袋にはスイカパンって書いてあるの」</p>

<p>オレはまた意識が遠くなってきた。<br />
どうやらオレはいつもの彼女の気まぐれに付き合って、嫌々このバスに乗ったらしい。<br />
オレは嫌になって手紙をそのまま床に落とした。<br />
遠くの方で携帯電話が鳴ってたんだ。<br />
３０人以上も乗ってたバスだからね、誰の携帯かわかったもんじゃない。<br />
だけど、よく知ってる着信音なんだ。<br />
すぐに思い出したね。<br />
それは彼女の着信音だったんだ。<br />
嫌な予感がしてもう一回手紙を拾い上げて続きを読んでみたんだ。<br />
最後の方にやっぱりこんなことが書いてあった。</p>

<p>「だから、この手紙を読んだら、あのバスに乗ってね。１０時３０分にあのホテルの前から出てるバスに。私も乗るから」</p>

<p>だんだん思い出してきた。</p>

<p>「私ね、あなたに始めて会ったあのバスでもう一回あなたに会ってみたいの」</p>

<p>「私一番前に座ってるから。あなた真ん中辺に乗ってね。それであのデパートの前で降りてね。その時声かけてね」</p>

<p>そこで手紙は終わってた。<br />
オレはもう力なんて残ってなかったし、どっちが前なのかはっきりわからなかったけど<br />
バスの前の方へ必死で這いつくばっていったんだ。<br />
一番前の座席はペシャンコになってた。<br />
だけど、彼女のバッグがそこからはみ出てたからすぐにわかった。<br />
オレは手紙のさっき読まなかった部分を読んでみたんだ。</p>

<p>「それでね、この変なスイカパンを食べてたらなんだか涙が出てきたの」</p>

<p>「私あなたのことが好きなのよ」</p>

<p>そう。彼女はたまにそんなことを言うんだ。<br />
本当にたまにだけど。<br />
覚えているだけでも３回くらいしかないんだ。<br />
もう５年も一緒にいるのにたった３回なんだ。</p>

<p>オレはペチャンコになった座席に必死で肩を挟み込んでこじ開けようとした。<br />
彼女の顔を見たかったんだ。<br />
だけど、座席はピクリとも動かなかった。<br />
もうそこで力尽きちゃったんだ。<br />
だからオレは彼女の座席の間からはみ出た右手からバッグを取って、<br />
その手を握り締めたんだ。<br />
なんだか嬉しかったんだよ。<br />
もうこの先何にもないってわかってるのにさ。<br />
ここで終わっちまうってはっきりわかってるのに嬉しかったんだな。</p>

<p>それから俺たち一緒に冷たくなっていった。<br />
冷たいバスの床と同じくらいの温度になるまで、オレは彼女のこと心の中で呼んでたんだ。<br />
割れた窓の隙間から海の匂いがしたんだ。<br />
良い匂いだった。<br />
きっと人は死んだら海に帰るんだ。なんて<br />
海の近くで育ったわけじゃないのにそんなこと思ったんだよ。<br />
それでもう少し長く生きたかったって思った。<br />
彼女もそう思ったかな。<br />
きっとそう思ったと思うんだ。<br />
俺たちいつも、最後には決まって同じこと考えてるんだから。</p>

<p>そうだったらいいなって最後に強く思ったんだ。</p>]]>

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<title>大型の月</title>
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<modified>2005-04-29T11:40:55Z</modified>
<issued>2005-04-29T11:34:06Z</issued>
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<![CDATA[<p>しばらく忙しい日々がつづいた。<br />
友人や知人からの連絡がいつのまにかなくなっていて、個人的な仕事に没頭していた。<br />
気づくと回りは利害の絡む間柄の人たちばかりで、顔色は黄色い。<br />
怖くなって誰か友人に連絡をしたくとも、連絡のとりかたを忘れている。</p>

<p>気晴らしの方法がみつからない。<br />
街を歩いていると、やはり当然のことだがみな始めてみた顔の人たちばかりで、顔色が黄色い。<br />
以前は赤や緑、水色や金色などと多くの色を人々は楽しんでいたように思うが、僕の所為なのかいつしか全員が黄色に統一されてしまっている。<br />
それら黄色の人たちが笑ったり憤ったりしながら、群れたり孤立をしながらも、街をどこか目的の場所を目指して流れている。<br />
黄色い流れのような眺めになっている。</p>

<p>僕は自転車を借りて近くの土手を目指した。<br />
ふと気づくと自分の居場所がわからなくなって、見渡すと見慣れた街の景色だというのに、どこへ帰ればいいのかわからない。</p>

<p>草叢に横たわって空をぼーっと眺めていると、雲が流れていった。<br />
さっきまでじっと動かないでいたような、それで僕に見られたので突然動き出したような、そんな不自然さを雲はたたえているのだった。<br />
川を眺めると、川の水も同じだった。</p>

<p>青臭い草叢の中、目を瞑って黄色い顔の人たちのことを思った。<br />
がさごそと人の気配を感じて目をあけると、僕のいるところから数メートルの場所で木材を広げてなにかを作ろうとしている人がいた。<br />
背丈が２メートルを超えそうな少女で、あどけない面持ちでせっせと作業をはじめている。<br />
僕には気づいていないようだ。</p>

<p>しばらく彼女の作業を眺めている。<br />
どうやら椅子を作ろうとしているようだ。<br />
家で勉強をする時のためのものだろうか。<br />
彼女の体にしては小さいようだから、誰かのためにつくっているのかもしれない。<br />
その大きな後姿は時間を経るごとに真剣さがましていくように見え、僕はそれを邪魔しないように静かに見守っていた。<br />
背もたれをどのようにしつらえようか、長く思案し決めあぐねている様子だったので僕は声をかけてみた。<br />
振り向いたその顔は赤色だった。<br />
久しぶりに黄色以外の人に会ったので、僕の気持ちはなぜかほっと安堵したようだった。<br />
少女の動揺を無視して僕は近づき背もたれの部分を抱えてなにかアイディアをひねりだそうとするようなそぶりをしてみせた。<br />
少女はポーチからライターを取り出して、いらなくなった木材に火を点した。<br />
ぱちぱちと良く燃える木材で、煙は無風の空へのぼっていく。<br />
煙にむせながら、僕はまだなにか思いつくような顔をしていると、少女は不安げな面持ちで背もたれを返すように促した。<br />
諦めたような顔をしてみせて、彼女のいうように背もたれを返す。</p>

<p>「やめてよ」</p>

<p>頓着をしない僕を責めるようにして背もたれを受け取ると、それまで迷っていたのが嘘のように簡単に背もたれを取り付けてしまって、椅子の形が完成した。<br />
座り心地を試すのか、少女はできあがった椅子に腰をかけて、動かないで何もしゃべらなくなってしまった。<br />
存在を否定されたような気がして少し僕はむっとしたが、さきほど寝ていた地点にまた腰を下ろすと、草のにおいで肺をぱんぱんに膨らませながら目を閉じた。<br />
まぶたの裏には動きの無い雲や水の景色が突然現れて、その景色は僕を呼んでいるような気がした。<br />
そちら側には顔色の黄色くない人がたくさんいるような気がして、うれしくて、目を開けるのが嫌なように思えた。</p>

<p>耳を澄まして川の流れを聞く。<br />
ぎしぎしと椅子が軋むような音がする。<br />
まだすぐそこにあの少女はいるようだ。</p>

<p>無感動に風が僕の頬を流れて行く。<br />
立ち上がって気が晴れたことを確認して、空が落ちてくるのが怖いようなそぶりで俯いて歩き出す。<br />
じっとして動かない少女の姿が目の端に捉えられたけれど、水の音のリズムにあわせて歩いているから、そちらをきちんとみることはできない。<br />
街に戻ってもいぜんとして自分の居場所がわからないから黄色い顔色をして歩き続けることしかできない。<br />
耳の奥にのこっている川のリズムが鬱陶しい。</p>

<p>煙草を取り出して火をつけると、近くを通り過ぎようとしていた背丈の７０センチほどしかない黄色い顔の中年がたちどまり、ぎろりと睨みつけて指ごと煙草をもぎ取って、地面にたたきつけ、革靴で潰した。<br />
へし折れた指の間の煙草の火は今は完全に消沈していて、煙草ではなくなっている。<br />
なぜか憤りのようなものは感じないのが不思議で、さきほどの中年がなにもなかったようにして立ち去ろうとしているのを呆然と眺めた。</p>

<p>太陽が傾きかけ、ただ暗いだけの夜が始まろうとしている。<br />
街灯が不器用にともりだし、車のライトは点でにそこかしこを照らし出す。<br />
黄色い顔が隠されてしまい、世界の虚無だけが目立ち始める。</p>

<p>夜空を青くさせる大型の月が僕を照らしても、結局行く場所も分からずただ歩いているような気がする。<br />
何かとても僕をわくわくさせるような道具を携えることができるのならば、そんな大型の月をみても、僕はちっとも怖くないような気がする。<br />
そして街の中を何も考えずに歩き続ける。</p>]]>

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