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2005年04月22日
トラボルタ監督がいた日曜日(前編)
あたたか~い日が続く。
Tシャツ姿で過ごすようになって気がついた。
どうやら俺はまた太ったようだ。
ダイエットをしていたはずなのに、いつのまにか忘れていた。
朝食に甘いフレンチトーストばかり食べていたのがいけなかったか。
固めるテンプルがおもしろくって、揚げ物ばかり作って食べていたのもまずかったかもしれない。
太った。ああ、太ったさ。
どんどん醜くなってきている。
ああ、これではますますモテなくなっちまう、と頭を抱えていた今日この頃、
友人に借りたDVDでフランソワ・オゾンの「まぼろし」をみた。
それは、太っていてもこんなに愛されるんですよ、ということを俺に教えてくれる素敵な映画だった。
完全に見方を間違えているかもしれない。映画好きに怒られるかもしれない。
でも、とにかく勇気がでた。素晴らしい映画でした。
テレビでパルプフィクションをみた。またみた。何度もみているが、みるたびに新しい発見がある。
それでもって、みるたびにいつも感心するのは、ジョン・トラボルタのセクシーさ加減のことだ。
トラボルタは太っている。俺と同じがっちりとした太り方。それでいて俺と違うのは、やつがあまりにセクシーであるということ。
何気ない仕草、洗練された語り口調、もう!もう!セクシーに満ち溢れている。
鬼だね、あいつは。セクシーの鬼。
しかもしかも、踊る。最高にかっこよく踊る。
もうね、鬼通り越して閻魔様だね。セクシーの閻魔様。
うへー。まいったねこりゃ。
ジョン・ベルーシやブラック・フランシスなんかもね、デブのくせにカッコいいですよ。
でもやっぱりトラボルタと比べたら、ヤツラは醜い太り方をしている。
セクシー度数が段違いな。
さて、ところで、みなさんは、パルプフィクションの以前のトラボルタのことをご存知でしょうか。
サタデーナイトフィーバーやグリースで一世を風靡した後で落ち目となり、パルプフィクションで再起をかけるまでのトラボルタを。
俺は知っている。とてもよく。
なぜならトラボルタはかつて俺が暮らした街にいて、ある時期の日曜日はいつも俺と同じ場所にいたから。
そして、そのとき俺にとってのトラボルタは、世界的有名俳優トラボルタではなく、トラボルタ監督であった。
いや、はやとちりしてもらっては困る。監督といっても映画の監督じゃない。
当時トラボルタは、俺が所属する少年野球チームの監督をしていたんだ。
以下、回想。
父親の転勤を機に、田舎の小学校から、ちょっぴり街のマンモス小学校に転校したのは四年生のときだった。
兄が小学校時代、全国大会に出場するほどの強豪少年野球チームに所属していたためか、俺もまた両親のすすめで少年野球をはじめることになった。当時、喘息もちで痩せっぽちだった俺がすこしでもたくましくなるように、という魂胆もあったのかもしれない。
そこで出会ったのがトラボルタ監督だった。
練習初日はよく晴れた日曜日だった。
「よくきたね」そう言ってトラボルタ監督は俺に握手と求め、
それから、月謝袋をもって付き添いにやって来た俺の母親に気障なウィンクをした。
頬を赤く染めた母親が「ずいぶん、ハンサムな監督さんね」と俺に耳打ちしたのを今もありありと思い出される。
ほとんどの子供たちが3年生から入部してすでにそこそこのグローブさばきを身に着けている中で、ほぼ素人に近かった俺ではあったが、元来の器用さと幼少より野球狂の兄のキャッチボールの相手をしていたせか、守備がうまいと褒められ、いきなりショートのレギュラーポジションを獲得した。
背番号は3。ショートなのに。というのは、背番号を配るとき、トラボルタ監督は俺たちに好きなのを持っていきなさいと言ったからだ。
当時、ルーキーで正ショートを任された中日ドラゴンズの立浪にあこがれていた俺は迷いなく3番を選んだ。
それをみたトラボルタ監督は「お、チョーさんだな」と言った。
トラボルタ監督は巨人ファンだった。
バッティングのほうはあまりぱっとしなかった。
もともと基本が出来てないせいか、俺のバッティングフォームは独特のものがあって、それをみるたびに
「ハリモトみたいな打ち方だなー。かっこいいぞ」とトラボルタ監督は言った。
一度だけトラボルタ監督に正しいバッティングフォームを教わったことがあったが、そうすると俺の打球がてんで力をなくしてしまうことに気がついたトラボルタ監督は、「きみはきみの好きな打ち方で打ちなさい」といって、それ以上口を挟むことはなかった。
俺の打順は7番だった。
トラボルタ監督は俺たちのことを「きみ」とか「きみたち」と呼んだ。
決して、「おまえ」とか「おまえら」とは言わなかった。
呼び捨てにするなんてことも絶対無かった。
いつも穏やかで、笑顔をたやさなかった。
子供である俺たちにさえ、いつも敬意を持って接してくれた。
トラボルタ監督は俺がはじめて会った素敵な大人だった。
(明日につづく…)
yujing
投稿者 hospital : 2005年04月22日 16:11
