« 感想文 | メイン | トラボルタ監督がいた日曜日(前編) »
2005年04月21日
ベック先輩との思い出
深夜の有名なお笑い番組にベック先輩が出てきて歌をうたっていらした。
ベック先輩はあいかわらず痩せていた。(でもちょっと老けたかな)
俺の中でベック先輩はいつだってベック先輩だ。
先輩なんだ。そう呼びたいんだ。それは植松くんにとってのジョッシュ先輩と一緒だろう。
俺はベック先輩をすごく尊敬している。すごく親しみを抱いている。それもそのはず。俺はかつて、ベック先輩と同じときを過ごし同じ空気を吸っていたのだから。
以下、回想。
田舎道をハンドルがカマキリ型になった自転車で走るセミ短にボンタン姿の俺。
古い一軒家の前に自転車を停める。門をぬけて中に入ると庭にコンバインが鎮座ましましている。ローソンの袋をぶらさげて、家屋とは離れになったプレハブ小屋のドアを開ける。「ちわあっす」
「おーっす」そこにベック先輩がいる。
寝転がったままマガジンを読んでいたベック先輩がむくりと起き上がる。
ベック先輩はタックが三つはいった膨らみ具合がハンパない上に、裾がキュっとしまったほとんどニッカボッカ状態のボンタンを履いていて、上にはでっかくMr.JUNKOと書かれたスウェットを着ている。ボンタンの真後ろはもちろん×型のベルト通しであり、Vの字の切込みがはいっているんである。
壁にはベック先輩のシンボルであるボタンが4つしかない短ランがかかっている。その内側は紫色の玉虫生地であり、ボタンはいぶし銀加工であり、さらにいうと裏ボタンはひとつひとつに龍の絵が描いてありそれぞれがチェーンで繋がっている。
「なんか飲み物買ってきたか?」
そうベック先輩がいうので、俺はローソンの袋からはちみつレモンを取り出して渡す。それからコンソメ味のポテトチップスやチョコバットなんかをごそごそと出す。
ベック先輩が不服そうに俺を睨んでいるのに気がつく。
「どうしたんすか、ベック先輩」
「どうしたじゃねえよ、おめえ、俺は午後ティーのミルクしか飲まねえのしってんだろ」
「あ、すんません、間違えました。すぐ買いに行ってきます」
あわてて俺は外に出ようとする。
「おい、まてよ」
「え?」
「いいよ、はちみつレモンで。ったく、つかえねーな、おめえは」
こんなふうに言われても、俺は別に傷つかない。なぜなら、怒るというのは親愛の情をあらわしているのであり、むしろ俺にとってはなんだか嬉しいことですらあるのだ。
はちみつレモンを一息にごくごく飲んだベック先輩は「ふう。たまに飲むとうまいな」と言う。いよいよ俺は嬉しくなる。
それからベック先輩はおもむろに愛煙している赤ラークを一本取り出し口にくわえる。
ジッポの蓋をカチャリと開けて火をつける。
同時に宙を漂うオイルの匂いは、いまでも俺が好きな匂いのひとつだ。
俺もポケットからセブンスターを取り出して吸う。
こないだまでハイライトを吸っていたけど、ベック先輩がハイライトは匂いがむかつくというので、セッタに変えた。
しばしふたり無言で煙草を吸う。飲み残しのチェリオの瓶が灰皿がわり。
思い出したようにベック先輩が口を開く。
「なあ、ユージン。おめえ、ソニックユースって知ってるか?」
「いや、知らねえっす。なんすかそれ」
「バンドだよ。洋楽だよ。ったく、おめえは何にも知らねーな」
そういってベック先輩が手元のリモコンをいじると、本棚の上に置かれた黒色のCDダブルラジカセ(重低音バズーカ付)から聴いたことのない音楽が流れる。
なんだかよくわからないが、とにかく圧倒された俺は、
「いいっすね。かっけえっすね。まじかっけえっすよこれ」と言う。
ふふふ、と、ベック先輩が嬉しそうに笑う。
「オルタナティヴっつうんだよ、最高だろ」
「はあ、オルタナティヴっすか、いいっすね、なんか、胸がどきどきするっす。ベック先輩、こんな音楽よく知ってますね。マジ、ベック先輩は洋楽詳しいっすね」
ハハハっと乾いた笑いをたてて、ベック先輩がいう。
「こないだダイエーのCD屋で適当にパクった」
「まじっすか。ハハハ」なんとなく俺も乾いた笑い声をたてる。
それから俺たちは黙ってソニックユースを聴く。ベック先輩ははじめのうちは鼻歌まじりにご機嫌な顔で聴いていたが、しだいに退屈そうな眠たそうな顔をみせはじめるので、あわてて俺は頭の中で話題をさがし、口を開く。
「そういや、ベック先輩、もうすぐ受験っすね。勉強しなくていいんすか」
「いいよ、べつに。かったりい」本当にかったるそうなベック先輩は本当にかっこいい。
「ベック先輩、どこのガッコ受けるんすか?」
「北こー」ベック先輩がめんどくさそうに答える。
「え、北高っすか。すごいっすね。頭いいっすね」
「ちげーよ、ばか。工業のほうだよ」
「あ、北工か」
「まあ、受からねえけどよ」
ベック先輩はそんな投げやりなことを言いながらツーブロックの髪をかきあげる。
短く刈り込まれた部分が青々とまぶしい。
「受からなかったら、どうすんすか」おそるおそる俺はきく。
「ん?まー、音楽でもやって食ってくべ」
そういってからベック先輩はCDを止め、部屋の絨毯の上に無造作に置かれていたギターを抱えあげる。通販で買ったという、きいたことのないメーカーのそのアコギのボディには、「天上天下唯我独尊」とマジックで殴り書きしてある。
それから俺はベック先輩のギターをきくはめになる。いつものことだ。
禁じられた遊びからはじまって、ベンチャーズのパイプラインやらをやって、藤井フミヤのトゥルーラブの弾き語りをしたりする。
一通り終えた後、ベック先輩は、どうだ、といわんばかりの顔で俺をみる。
「かっけえっす。ベック先輩まじ尊敬するっす」俺はいつもそう答える。
そのうちベック先輩の彼女の光江さんがやって来る。光江さんは校内一短いスカートをはいて前髪だけオキシドールで脱色している、とてもオシャレな人だ。
三人で談笑。もっとも、ふたりが俺をいじめて楽しむというのがその主な内容なんだけど。
「ユージン、おめえ、センズリばっかしてんだろ、なあ、おい」
「いやあ、そんなことないっすよ」
「いえよ、てめえ、キャメルクラッチかけるぞ、こら」
「うわあ、やめてくださいよ、ベック先輩」
ベック先輩が俺の背に馬乗りになる。キャハハハっと光江さんが笑う。
「おい、おまえ、ギルガメ大好きだろ、なあ、おい」
「うぐ・・・うぐぐぐ・・・」
キャメルクラッチがもろきまり、俺はベック先輩の質問に答えるどころか、息が出来なくてもがき苦しむ。
ふたりの口数が減り、ベック先輩と光江さんが俺を疎ましいような目で見始めるのをきっかけに、俺はうちに帰る。
俺がいなくなったあの部屋で何が始まるかはまあ想像がつく。
ベック先輩の部屋のパイプベッドのことや、ベック先輩のあばら骨が浮かび上がるほど華奢な裸体のことや、光江さんのぽっちゃりした白い太ももや柔らかそうな胸元のことなんかを考えながら再び自転車にまたがって帰路に着く俺なのであった。
その年、ベック先輩は高校受験に不合格どころか、寝坊して受けることすらしなかった。そして、前言どおり、音楽で食っていくと言い残し、ギター一本だけをもってこの街を去った。
それから二年後、俺が奇跡的に合格した進学校でとっぽい連中に囲まれながら、ピタピタの古着Tシャツを着てみたり、ジーンズの色落ち具合に凝ったりしているころ、たまたま本屋で立ち読みしたロッキンオンでベック先輩のその後を知った。
アメリカに渡りすっかり白人化したベック先輩は念願かなって歌手デビューをはたしていた。もちろん、俺はその足で「メロウゴールド」を買いに走ったわけであり、いまでもそれは俺の愛聴するところのものとなっているわけである。
みなさんはベック先輩の6枚目のアルバムはもう買ったかな。
俺はまだです。なんだかまだ決心がつかなくって。だってほら、これまでアルバムが出るたびに、ベック先輩が遠い人になっていくような気がしてて。なんか俺、そういうの、たまんないんだよなあ。わかるかい?この気持ち。
でもきっと買うよ。うん、きっと。みんなも買おうね。じゃあね。またね。
yujing
投稿者 hospital : 2005年04月21日 13:16
