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2005年04月23日

蒸し暑い夜

中国へ来てから何度目の土曜日だろうか。
今までで一番憂鬱でノンビリした土曜日だった気がする。

今、ユージンのトラボルタ監督の思い出話を読んで感動した。
オレも思い出話を書きたいところだけど、田舎少年まっしぐらな人生を送ってきたオレには
話したいような思い出話がそうそう見つからない。

深センでは今、デモが盛んで、色々な野蛮なニュースを聞く。
高校生の時から、自分のことを「本来アメリカで生まれるはずだった人間」と思っているため、
別に日本を嫌われても悲しくはない。
「どこの国だ」と聞かれて、「韓国人です」と答えることにも抵抗はない。
しかし、こんなにも根が深い恨みを中国人みんなが持っているということに少し驚いた。
会社の気の知れた中国人でさえ、やはり少しはそういう部分があるようなことをポロリとこぼしたりする。

近頃、日本の建築技術を知らなければいけないと思い、
日本から日経アーキテクチャーを取り寄せている。
「建てちまえ!」という勢いで建て続ける中国で、時代音痴になることが怖くなったのだ。
その中に、30代前半で世界で活躍中の建築家たちのことが書かれていた。
どうもこういう話は、長い学生生活を送って、「オレは一体何なんでしょうか」と思い続けながら映画を見続けていた人間にはあまり面白い話ではない。
経歴を見てみると皆、大学卒業後、有名企業や、有名建築家の下で働き、独立。
となっている。
そのくせ、影響を受けた建築家の欄に、「特になし」とすかして書いてやがったりするもんだから
オレだったら胸を張って「安藤忠雄」と答えてやる。と聞かれもいないのに考えたりした。

そんな中、一人、「大学卒業後、独立。」というシンプルな経歴を持つ人がいた。
写真を見てみると、坊主頭でニコニコ笑っていて、建物もすっきりしていて綺麗だ。
しかも、卒業後と独立の間には6年の空白期間がある。
彼は卒業後、6年間、北海道の実家にこもり、「建築とは何か」と考え続けたらしい。
どうも、こういう「根本系」の人が坊主頭にたどり着く道のりのことを思うと悲しくなる。
だけど、少し嬉しかった。

ともかく、色々感じながらもノンビリ会社へ行き、ノンビリ地下鉄に乗って帰ってきた。
休日なので特に出勤する必要もなかったけど、
親しい人が出張で遠くへ行っているため、寂しくて出勤することにした。
デモの影響でバスは決行することが多く、近頃地下鉄に乗るようになった。
地下鉄にはなぜかヨーロッパやアメリカの人が多く乗っている。
地下鉄は落ち着くのだろうか。
街中であまり見かけないのに、地下鉄で見かけるが少し不思議だ。

ベックの新作が好きだ。
まるでB面トラック集のような軽い印象を受けたけど、すごく好きだ。
オレもベックが好きだ。
昔、ルーザーのプロモーションビデオを見て、度肝を抜かれて以来、ベック先輩が大好きだった。
あれは浪人時代。
オレは「ルーザー」と胸に大きく書かれたTシャツを雑誌か街中かで見かけ、欲しくて欲しくてたまらなかった。
どうも見つからないため、自分で作ろうとしたところ、母親に「お願いだからやめて」と止められた。
浪人している息子が「負け犬」と胸に書かれたTシャツを着るのはやっぱり悲しかったようだ。

そろそろお風呂に入り、その後、筋トレをしなくてはいけない。
中国で生きぬくためには筋肉が必要と考え、近頃、筋トレをしている。
信じた道をあるくだけだ。
たまに信じない道も歩いたりするだけだ。
良い所にたどり着いて欲しいと願うだけだ。

「ハウルの動く城」を見た。
なぜかDVDになって1、2ヶ月前から発売されている。
キムタクの声がすごく良かった。
ベックの新作を聞いたときと同じ気持ちになった。
なんだか気持ちよかった。

uematsu

投稿者 hospital : 2005年04月23日 23:07