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2005年05月03日

胸キュン音楽

カナダ出身のバンドStarsの「Ageless Beauty」って曲は、
なんだか胸がキュンとする。なんだか懐かしい感じ。
PVもやっぱり胸がキュンとする。
一緒に観ていた人もやっぱり胸がキュンとするというし、
別の友人も曲を聴いて胸がキュンとしたというから、
これは普遍的な胸キュンにちがいないと思う。
胸がキュンとしたい人に是非聴いて頂きたい。
あとBloc Partyの「So Here We Are」。
PVがスカしすぎ。でもカッコイー。これまた胸キュンです。

で、そんな胸キュン音楽をBGMに街を歩いたら、
この俺の濁った目に映る景色もまた胸キュン色に変わるかも、
と思っていた矢先にCDウォークマン用のイヤホンが壊れた。
三回目だ。同じモノを毎回買って毎回同じ壊れ方をする。
なぜか。SONYだからか。噂のアレか。SONYタイマーか。
あんな小さいものにまでSONYタイマーとやらをつけているのか。
ものすごい技術力だ。さすがSONY。すごい。
その技術力に敬意と信頼を表して、
また同じモノを買わなくては、そう思った。

というわけで、近所の電器屋へ出かけた。
欲しいのは耳の裏側に眼鏡みたくひっかけるタイプのやつ。
俺は普通のイヤホンだとどういうわけか右側のがポロポロはずれてしまうのだ。
右耳の穴がちょっとあれなんだ。
そのためにいつも同じタイプのを買っているわけ。
で、問題は、同じタイプの色ちがいのもの全てを既に使用済みであるから、
次はどの色のイヤホンを選んでいいかわからないということだ。
しかしね、ありました。ニューカラーが。白。
いいですね。純白。胸キュンにはうってつけじゃないか。
でもよくみるとちょっと他のとは違う。値段も高め。
パッケージの文章を読むと軽量タイプだとか書いてある。
素晴らしい。軽量化ですよ。軽量化。
ミニ四駆世代にとってこんな素敵な響きを持つ言葉はないね。
ボディの軽量化。シャーシの軽量化。やったなあ。
俺のアバンテは軽さだけなら誰にも負けなかったぜ。

で、それを持ってレジに並んでいたら、俺、はたと気がついた。
白色のイヤホンってことは、これ、
思いっきりi-PODを意識した製品なわけじゃないですか。
どう考えてもそうじゃないですか。
「さあ・・・」とか言われてもそうじゃないですか。
俺、i-POD持ってないじゃないですか。
オレンジ色の派手なCDウォークマンしか持ってないじゃないですか。
これがまたリモコンがついてないもんだから操作が不便で
大抵の場合ジャケットのポケットに突っ込んだり、
直接手に持って歩いていたりするわけじゃないですか。
(NYのヒップでホップな連中はみんなこうなんだぜ)
「知らんよ、おまえのことなんか」とか言われても実際そうじゃないですか。
そうなんですよ。そうなんすよ。
すると、この白色のイヤホンを耳にはめて、
オレンジ色のCDウォークマンを操作するということになるわけじゃないですか。
地下鉄とか。カフェとか。そういう公衆の面前で。
それってダサい?
あいつ、i-POD持ってないくせに白色イヤホンでi-PODDER気取りだよ。
とか思われない?
絶対思われる。
だからー、仕方なくー、安いだけがとりえの変な銀色のヘッドフォン買いました。
変。後悔してます。i-PODがこころから欲しい。

さて、前回の回想の続きでR。
(嵐山光三郎でR。まったくばかばかCのでR)

どこまで書いたかな。
そう、俺はサローヤンの本を読んでいた。
二人が揉めごとを始めた。
そこからだ。

まず俺が読んでいた本について紹介したい。
サローヤンの「パパ・ユーアクレイジー」。
読んだ本の内容をかたっぱしから忘れていく俺だから、
やっぱりきちんと覚えてはいない。でも当時読んで気に入ったのは確か。
それから伊丹十三による翻訳がそうとうふるっていたってことも印象的であった。
それで先日、ああああ、もう一度読みてえええなあああと思っていたところ、
日系古本屋で日本語訳のものが1ドルで売られているのを発見してしまった。
まったくNYは何でもありやがる。しかも都合よく。さすが俺の街だ。
もちろん買う。復刊版ということで、装丁が昔と違っているがまあ問題はない。

さて、前述したようにこの本の面白いところはその翻訳にある。
もちろん、小説の内容も素敵だ。
で、えーと、訳者はあとがきでこう書いています。
翻訳するにあたり
「原文の人称代名詞を可能な限り省略しない」ということをルールにした、と。
ということはつまり、アイマイミーマインとかユーユアユーユアーズとか
そういう類のをものをいちいち翻訳しちゃってるわけです。
意味わかる?日本語だと必要じゃない部分まで訳してるのよこの人は。
それでいったいどういうことが起きるかというと、
本文中、たとえば、
「僕の父は僕の母に、彼女が僕と僕の父を彼女の車で送ることを断った」
という文章であるとか、
「あなたは僕が学校嫌ってないと僕に思わせることはできないよ」
なんて会話文が出てきてしまうわけです。
これって、なんとなく意味深じゃないですか。
それでもって奇妙なテンポがある。単純に面白い。
(まあ訳者の意図ってのは、別のところにあるわけなんですが)
でもよー、ときどき苛立つわけっすよ。
すらすら読めないもどかしさがあるわけっすよ。
だから当時若かった俺は楽屋で苛立ち気味に本を読み、
また騒がしい二人にも苛立っていた。
と、こう考えてください。

(ところで、清水義範の「永遠のジャック&ベティ」って短編も直訳調で面白い。
中学英語の教科書をパロディにしてるからね。)

さあ、回想の続きです。

「おまえら、うるっせえんだよ!ぶっ殺すぞ!」俺は叫んだ。
それから、鬼の形相で飲みかけのカフェオレがはいったままの
ウィニー・ザ・プーのマグカップを力いっぱい握り締めた。
マグカップはバリンと音を立てて割れ、さらに俺の拳の中で粉々になる。
カフェオレは飛び散り、俺のシャツを茶色く染める。
「おいおい、おまえらのせいで俺のアニエスのシャツがだいなしだよ」

(疲れと眠気と虚無を感じたため、次回につづく…)

yuing

投稿者 hospital : 2005年05月03日 08:23