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2005年09月11日

ミヤムがいた日々in NYC

ミヤムが来ていたわけである。マイニューヨークに。

空港で会うなり、アメリカ国家権力に梨をとられたと不機嫌そうなミヤム。
再会の感動はどこへやら。梨が、梨が、梨が、なし。などと言ってミヤムはうるさい。
空港からマンハッタンへ向かうバスに乗り込む。
車中、乗ってきた飛行機のエコノミークラスについて悪態をつくミヤム。狭い、狭い、狭すぎる、とうるさい。
狭いのはおまえの器量だ、と内心思いつつも、
俺は黙って窓の外に流れるニュージャージーの薄茶色い景色だけをみてた。

そもそも初日から飛ばしすぎだった。
初めて会う人たちとの食事。実のところ、俺だってあまり知らない連中だ。
加えて、知らぬ人のお宅でパーティー。俺だって初対面ばかり。
ミヤムにもってかれた。得意の不条理ジョークで完全に人気者だ。
俺のNY仕込みのウィットのきいたパーティージョークじゃまるで歯がたたない。
こんなはずじゃなかった。俺はNYきってのパーティーボーイ。みんなのアイドル、それが俺。
ミヤム、俺の役目をとらないでくれよ。俺の街で俺より人気者にならないでくれよ。
そこでの俺は、予期せず現れたやたら愉快な男の単なる付添い人でしかなかった。
俺は遠くにみえるマンハッタンの夜景を眺めながら、いつか消えた二つの高い塔といつか消えるかもしれぬ俺とミヤムの友情について考えていた。

二日目は食事と買い物であっという間に過ぎた。
本当は密かにいろいろと計画を練っていたのだが、ミヤムが午後2時を過ぎても起きなかったせいで、それら計画の半分を削除するはめになった。
グルメなミヤムのために、知る限りの美味い店に連れて行った。
大きなディスカウント衣料品店にも行った。
ミヤムがピンクやら豹柄やらのものすごくけったいなサングラスばかりを買おうとするので困った。そんなサングラスは君の住む街の人々にはいささか刺激的するんじゃないかい、そう言いかけたが、ど派手なサングラスをかけ、鏡に向かうミヤムのにやけ顔をみたとき、いまミヤムの脳内に起きていること、つまり、彼自身を完全にニューヨーカーだと思い込んでいるということを察し、俺は口を噤んだ。
ミヤムはよくこんなふうに何者かになり切ることがある。だいたいの場合、それは大幅に間違ったイメージによって構成され、偏った方向に突っ走るきらいがある。
長い付きあいだ、彼のことは何だってわかる。そして、こんなときはそっとしておくのが一番だってことも。

夜は俺の家でとっておきのウィスキーを飲んだ。山崎12年。
俺たちの饒舌なおしゃべりの果てに、そのボトルが空になるのはあっという間のことであり、俺からの話題がウィスキー同様底をついても、ミヤムは話し続けた。もちろん、得意の皮肉がピリリときいた、誰かの誹謗と中傷ばかりだ。
空になった山崎のボトルを眺めながら、熟成なんて言葉がミヤムにとって永遠に無縁であればいいなと思った。

三日目も昼から動き出した。
飯を食い、セントラルパークを歩いた。
ミヤムは子供のようにはしゃぎまくり、あちこち指差して俺に尋ねた。
これもセントラルパーク?あれもセントラルパーク?あれも?あれも?もしかして、あれも?
その指先にあるのは、ベンチだったり、池だったり、舗装されたアスファルトの地面だったり、どっかの汚いオッサンだったりした。
そうだよ、全部セントラルパークだよ。そして、もちろん、君もセントラルパークさ。
俺がそう答えると、ミヤムはすこし照れくさそうにして笑った。
どうやら、彼はセントラルパークの意味をひどく複雑に勘違いしているようだった。
その後は買い物に明け暮れ、ヒップな連中が集まるクールな店で夕飯を食べた後、俺はミヤムをタイムズスクエアに連れてった。

電気の力で輝きまくるど派手な看板類。ごった返す観光客。
ミヤムは完全に浮かれていた。祭りだ!祭りだ!そんなことを叫びながら長い手足を四方に振り、ほとんど踊りださんばかりの仕草で人の群れの中を歩いていた。
どの観光客よりも目立っていたし、どの観光客よりも華麗に観光をしていた。
そんなミヤムを俺はカメラにおさめた。
ファインダーの中で、ダブルピースをきめるミヤム。その笑顔ときたら、背後にそびえるタイムズスクエアの広告塔よりもずっと輝いていた。

四日目。これが問題の日であった。
あいもかわらず俺たちは遅い時間に目を覚まし、昼から買い物に繰り出した。
ミヤムは買い物をしまくった。、ニューヨーク中のお洒落を買い占めるのではないかという勢いで、金を散々していった。
さながら、ひとりバブリージャパニーズの再来である。
あまりに大量に購入したため、それらを持ち帰るスーツケースも買った。
そして、俺たちは最後の晩餐へと向かう。
ミヤムの希望で、ニューヨークスタイルの寿司を食べた。酒は大量のビールと英文ラベルのついた焼酎を二本。飲みなれぬ、味の悪い焼酎であった。
途中、友人が参加し、俺たちは大変愉快な時を過ごした。
その結果、俺たちは酒にのまれた。

気がつくと朝で、俺たちは俺の家にいた。
時計をみると、ミヤムのフライト時間が迫っていた。
ミヤムを起こし、急いで支度をさせる。
ここで気がついた不幸。
スーツケースがみあたらない。
前日ミヤムが買った全てのものが入っている、そのスーツケース。
いったいどこへ?
二人で考え込む。話し合う。そして驚くべきことを知る。
二人とも、店を出てからの、いや、いかにして店を出たのか、いかにして家まで帰ってきたのか、それら全ての記憶がない、ということに。
とにかく、今はスーツケースのことより、空港へ行くのが先だ。スーツケースなら俺が見つけ出して、後日、日本へ送ればいい。
俺たちは急いだ。急いだけど、空港行きのバスは全然急いでくれなかった。
離陸時間まであと40分。たくさんの人が並ぶ列を無視して、俺はチェックインカウンター飛び込む。事情を言う。返ってくるあきれ顔。もう搭乗時間は過ぎてます。無理。ダメ。変更するしかないね。
こうして、ミヤムは飛行機に乗り損ねた。

こんなふうにして5日目が始まった。
二日酔いで気分は最悪。俺は生まれて始めて、二日酔いで食欲がないというのを経験した。ミヤムもまた、ひどく気分が悪そうだった。
それから、なぜか俺の体は擦り傷だらけだった。肘や膝を強く打ったあともある。体のあちこちが痛い。昨夜、俺の身に何が起きたのか、まるで思い出せない。
これまでミヤムとは考えただけでもぞっとするような量の酒をともに飲んできたが、こんなことは始めてである。酒と弱者にゃ滅法強い。それが俺たちだったはず。完全に酒にのまれた。乾杯ならぬ完敗である。

しばし家で休み、俺が授業に出たあとで、俺たちは昨夜なくしたスーツケース探しの旅に出ることにした。
まずは昨晩飲んでいた店に電話をいれる。正直、支払いを済ました覚えが二人にはなく、おそるおそるのことであった。
スーツケースは店にはなかった。それから、スーツケースを持って店をあとにするミヤムの姿をみたという店員の目撃証言もきいた。店員の優しい対応から、俺たちはきちんと代金を払っていたことを確信した。
次に昨夜一緒に飲んだ友人に電話する。
友人いわく、店を出た俺たちはしばし深夜の散歩を楽しみ、それからピザ屋へと入り、タクシーに乗ってなぜか俺のうちとはてんで違う方向の友人宅までついて行き、そこから再びタクシーで家路についたという。
散歩?ピザ屋?まったく記憶が無い。タクシーについては少しだけ覚えがあったが、なぜ友人宅まで同乗して行ったのか自分たちのことながら理解不能であった。
そして、友人もまたスーツケースの置き場所に関してまるで心当たりが無いという。それから、どこのピザ屋に行ったかも記憶があやしいようだった。
友人もまた、少し酒にのまれていたようだ。
その後、心配したその友人が俺たちに合流。
俺たちは問題のピザ屋を探す旅にでた。
友人のおぼろげな記憶を頼りにあちこち歩きまくる。俺とミヤムにとってはまるで覚えの無い道だ。ピザ屋の看板を探して歩きながら、友人から昨晩の俺たちが繰り広げた異常な行為をいろいろ聞かされる。
曰く、俺は路上駐車の車の上を歩いていた。ミヤムはいろんなものを蹴飛ばしていた。俺はどこか高い場所から飛び降り、転んで体を強く打った。ミヤムは友人の食べかけのピザをとりあげ、全部食べた。俺は走行中のタクシーのドアを開けた。ミヤムも同じことをした。俺は馬鹿なことばかり言っていた。ミヤムもやっぱり…。
ついに問題のピザ屋を発見した。店員は俺たちのことを覚えていた。
スーツケースは置き忘れなかったかときくと、店員はこう答えた。いや、ちょっとわかんねえなあ、もう一人来るから彼にきいてくれよ。
やがて、団子鼻の別の店員が現れる。同じ質問をすると、ヤツはキレ気味にこう答える。おめえら、ピザ代払ってねえよ。
なんてこったい。そんなに俺たちは酔っ払っていたのか。記憶が無いので謝るしかない。
そして、肝心のスーツケースはというと…。あった。ありました。
あったがこう言われた。おまえらが忘れてった後でクロンボの浮浪者がそいつを盗んで逃走したもんで俺っちが追いかけて警察を呼んでもう散々な目にあったんだぞ、このやろう、と。
そしてスーツケースと引き換えに俺たちは35ドルのチップを要求された。
どこまでが本当のことがわからない。三人もいて料金不払いなんてありえない気がするし、俺がお金を出しているところを友人はおぼろげながら覚えていると言う。
しかし、その記憶は曖昧であり、俺とミヤムに関していえば、ピザを食べたという事実すら、まるで古いアルバムの中に若い両親と赤ん坊の自分をみつけたときのような、現実味のないことなのであった。
ところで、なぜ最初に話した店員は何も知らないような顔してとぼけていたのか。
あいつら、絶対何か裏がある。
しかし、とにかく、スーツケースはみつかった。
金と引き換えに、スーツケースが手渡される。
冷めたピッツァみてえに惨めだったミヤムの顔が、焼きたてのあつあつピッツァに変わった瞬間だ。
その後、三人で本当に最後の晩餐を楽しんだ。お洒落な薄暗いカフェーでお洒落な飯類を食べた。そのとき俺は完全に消耗しきっており、あまり食がすすまなかった。ただぼんやりと、飯を貪り食うミヤムをみつめながら、ミヤムのいない明日を、どんなふうに過ごせばいいのだろうかと考えていた。

翌朝、大きなバスターミナルで俺たちはサヨナラをした。ミヤムは空港行きのバスへ乗り込み、俺は完全無欠のニューヨーカーとして都会の喧騒に首尾よく溶け込んだ。
家に帰り、珈琲を淹れるための湯を沸かす。そのとき、テーブルの上にミヤムの忘れ物をみつけた。それは、ミヤムがNYに持ち込んだ、日本の扇子。
あっぱれあっぱれと、ミヤムがヴィレッジを御満悦そうに歩いたとき振りかざした、その扇子。
地下鉄の中でミヤムが落語の真似をはじめて俺を困惑させた、その扇子。
スーツケースを無くした失態に、自分の額をぴしゃりぴしゃりと叩いた、その扇子。
珈琲をすすりながら、俺はその扇子を手に取り、しばらくの間みつめて、少し悲しくなった。
ミヤムよ、もっといいもの忘れていけよ。DIESELのジャケットとかよお。
それから俺は、ミヤムには紹介しなかった金髪ダイナマイトバディ美女集団を電話で呼びつけ、ミヤムには内緒にしていた隠し部屋、もとい、隠し屋敷へと通ずるドアを開けた。
お久しぶりです、ご苦労様でした、と執事が頭を下げ、俺に挨拶をする。
女たちが来るまでひとり泡風呂につかり疲れを癒す。女中を呼び、ドンペリとグラスを持ってこさせる。そして、玄関口に女たちの声が聞こえたとき、俺はシャンパングラスを高々と掲げ、再び戻った俺のクールでワイルドな日常と、そして、やがて始まるミヤムのワーカホリックな日常を祝して、チアーズ!と叫んだ。

yujing

投稿者 hospital : 14:21

2005年09月09日

大雨に降られて

私の知らない間に、二人のホスピタラーが異国で楽しく過ごしていた。
正直言ってすごく寂しい。
三人の中で一番ニューヨークが似合うはずなのに。
今日はどういうわけか一人称が私になってしまう。

私は毎日バスに乗って通勤してるわけだけど、このバスがいつ乗ってもすごく混んでいる。
そして運よくイスに座れたとしても、中国の男達は座っている人の上に座る。
あまりにふてぶてしくて、本当に人に見えない時がある。
目は昆虫だ。
あんまりひどいことを書くと中国人に誤解される。

だけど、人の上に座ったり股間を擦り付けて虫の目をされると、
万年穏やかな私も頭の中は「殺す」の二文字でいっぱいになる。
女性の場合はもちろん上に座ろうが股間を擦り付けようがかまわない。
大いにやってくれと思う。
だけど、中年の労働階級のオバサンだとやはり私は「殺す」と思ってしまう。
ただ彼らの良い部分は、
良い部分は、
良い部分を書こうとしたけれど見当たらない。

さて。
近頃またCD熱と洋服熱が沸騰している。
どこへ行ったって好きなものを好きなのだ。
今日はCKの黒いズボンを買った。
建築家として黒いズボンをそろそろ履かなくてはいけないと思っていたのだ。
そもそも最近オレの服は全部CKだ。
中国人はCKを「カルバンクライン」とは呼ばない。
「シーケー」と呼ぶ。
とにかくおしゃれな服はCK以外にないので、選ぶ余地がなくCKを着ている。
だけど、良いブランドはやっぱり良いなぁと最近ほのぼのと思う。

ジェフバックリーの「グレイス」を買った。
こんなに素晴らしいアルバムだと思わなかった。
今までいくらアマゾンに勧められても買わなかったのだけど、
これも、中国ではジェフバックリーとマイケルジャクソンしか選ぶ余地がなかったから買った。
そしてすごく良かった。
泣きそうになった。
これって本当に人が作れるものなんだろうかと心から思った。
麻薬のせいなんだろうか。
人の想像力を超えているというか、
人が自分の想像をここまで形にして外に出すことができるものかと思った。

今日はキュアーの一番新しいアルバムを買った。
これもガンズがキュアーしか選ぶ余地がなかったから買った。
これもなかなか良かった。
あのへんちくりんな髪形をした太った男(ボーカル)の声はすごい。
ああ、音楽は才能だと最近つくづく思う。
人には色んな才能がある。

近頃散文を書いていない。
日本語がずいぶん下手になってきた気がする。
この日記にしても、なんだか書いていてぎこちない部分がある。
それでもいい。
良くないけどしょうがないのだ。

帰り道。
突然大雨が振り出した。
タクシーを捕まえて行き先を告げるとまったく反対方向に走り出した。
もうこういうことにも慣れた。
オレはベテランロックンローラーのように
「あんだどこへ行くつもりだ」と尋ねると
男は一瞬黙り、そのあとベチャクチャと早口で何か言った。
オレはベテランソムリエのように
「そうですか」と微笑んだ。
わかっているふりをすることにも慣れた。
とにかく家には着いた。

中国は何とかなる国なのかもしれないと近頃思う。
なんともならない事件もチラホラ起こる。
会社の近くで誘拐された二人の若い女の子は
顔と胸に「売女1号2号」と刺青で彫られて道路に投げ出された。
会社の近くの銀行で金を下ろした女は刺されて死んだ。
犯人はその女の夫に2万円渡されてその女を殺したのだ。
2万円で人を殺してしまうほど貧乏な人もいるし、
月給何百万ももらっている人もたくさんいる。

今日は私は一体何を書きたかったんだろう。
AC/DCのアルバムを買ったことも書きたかった。
アルバム名は「ハイウェイトゥーザヘル」
すごく良かった。
中国にはピンバックなんて売ってない。
ニューオーダーだって売ってない。
だけどボブディランとボブマーリーは売ってるのだ。
ニルヴァーナとパールジャムは売ってるのだ。
かゆい所に手が届くようなCDは売ってないし、CDじゃなくてもそんなものはない。
かゆい所などないようだ。
かゆいどころか腐って感覚がなくなっているのかもしれない。
そんなふうにも思わせる国だ。

うん。歯を磨いて今日はぐっすり寝よう。

uematsu

投稿者 hospital : 22:03

2005年09月07日

大きいりんごの中で

非常に頭にきてるでやんすよ。

帰りの飛行機に乗り遅れたでやんす。
マンハッタンにもう一日長くいることができて光栄でございます。


忘れないうちにマンハッタンであったことを書き留めておこう。
もちろん自分のために。
素敵な思い出たちがかき消されてしまわないうちに、ここに書いておこうと思うんだ。


9月2日に僕はニューアーク空港に着いた。
現地での案内をさせるためにあらかじめ依頼しておいた現地の日本人がプラカードを首からさげて待っていた。
何もかもはじめてだからと念には念を入れて頼んだ案内役のために僕は日本で購入した梨を持っていったのに、検疫でひっかかってしまって彼に渡すことができなかった。
笑顔で迎えてくれた彼に「すまない。梨を持ってきたんだが・・・」と言うと、「土産は梨のつぶてでやんすね」とくだらないジョークを飛ばしたので、入国早々不愉快な気持ちになる羽目になった。
その口をふさいでおくようにという意味合いも込めて当座の経費である100ドルを彼に渡すと「いい仕事させてもらいまっせ」と張り切った。

彼の名はyujingというらしく、少し斜視で、どもりがひどく、自分の顔にコンプレックスがあるということだった。


初日に案内されたのはコリアンレストラン。
コリアンタウンの中にあるそのレストランにはyujingの仲間たちがいた。
リョウコ、アヤ、シンイチロウ、マーヤン。
みな気のいい人たちで、不慣れな旅行者にとても親切だった。
談笑しながら”OB”という韓国ビールを数え切れないほどあけた。

その中のリョウコという娘が僕のことをひどく気に入ったらしくニューヨークを案内させてくれと言い出した。
どうしていいのかわからなかったのでyujingのほうを見ると、お腹がいたくてしようがないみたいな顔をしていたから、「腹が痛むのか?」とたずねると、「いや、笑っているんだよ」不機嫌そうに答えた。
よくわからない日本人だ。

その後リョウコにつれられてブルックリンに出かけた。
仲間が何人かでパーティーを開いているようで、それに招待されたのだ。
アパートメントの屋上で若者たちがアルコールに興じていた。
そこからはマンハッタンの夜景が一望でき、アメリカに着いたのだなという実感が効き始めたアルコールの作用と一緒に沸いてきた。

”mitsuya,mitsuya"

いつの間にか寝てしまっていた。
ホテルに泊まるはずだったのに、yujingのアパートのソファで寝入っていた。

彼の奥さんは不倫して蒸発してしまったそうだ。
片目がひどく充血している肌の黒い少年が彼の息子だそうで、こちらから声をかけてもぶっきらぼうに返事すらない。
「気を悪くしないでくれ。耳が聞こえないんだ」
とyujingはすまなそうに僕に謝った。

「これからチャイナタウンに行ってショウロンポウを食べよう」

彼の言うままにサブウェイでカナルストリートへでかけた。
NYCの二日目がチャイナタウンの雑踏とともに始まった。
入ったチャイニーズレストランはPM2:00だというのにひどく混んでいる。
NYCの空気は悪く、その所為でいがらっぽくなっていた僕の喉に”チンタオ”を気持ちよく流し込んだ。
yujingのお勧めだというショウロンポウはひどく美味い。
皮を破ってその穴からスープをすする。
その後でほおばるあつあつのそれは僕に安心感と満腹感を同時に与えてくれた。

「息子に買っていっていいか?」
「もちろんさ」

するとyujingはまた腹が痛くてしようがないような顔になったので、嬉しいんだなということが推測できた。

その後北へ向かって方々を散歩した。
百貨店のようなところで、日本で待っている仲間たちのために手ごろなTシャツでもないかと物色したりしてすごした。
holiday inn に入ってお茶をした。
とにかくいろんな人種がいるのがとても不思議なような気がした。
その日の夜はインド料理。
この際全てのビールを飲みつくしてやれということで、”タージマハル”を2本注文して、カレーと一緒に流し込んだ。
その後カフェに入ってワインを注文した。
ゲイが何名か隣の席で談笑していた。
yujingのトイレがとても長くて、戻ってきてからむずむずとすわり心地が悪いようなしぐさをするので、心配になって声を掛けたが、答えは無い。

3日目はベトナム料理で腹ごしらえしたあと僕らはセントラルパークを歩いた。
上野公園みたいだった。

なんだかこの文体を続けるのが疲れてきたので、普通に書く。
その日はぶっちゃけ洋物ポルノを捜し歩いた一日だった。
仕事で付き合いのある人から「アンバー・スミスの”RAW"」を買ってきてくれといわれたからなのだが、あるわあるわ、すごいっすわ、NYCの洋ピン事情。
夜にタイムズスクエア(これがまたすごい街)で一軒一軒エロDVD屋をしらみつぶしに散策したんだけど、まあ、なんていうんでしょうか、なんでアメリカ人てSEXに恥じらいがないのだろうか。
「それ、スポーツですか?」
と聞きたくなるような派手なおっぴろげ方なのである。
「わお」
と言っているような顔をして全裸でポーズをとっている彼女たちをみているとなんだかげんなりしてしまった。

ブルックリンインダストリーというおしゃれ洋服屋さんで、たくさんTシャツ買ったから日本のみんなは楽しみに待っててね。
夜はタイ料理を食べながらシンハというルービー胃袋に流し込んだよ。

4日目はSOHOで買い物しまくったよ。
うん。2000ドルくらい使ったかな。
ディーゼルのジャケットとか、もちろんみんなへのTシャツも忘れないよ。
戻ったら僕、別人のようにお洒落になってるから驚かないでね。
限定70着という激やばのウィンドブレーカーをアディダスで買ったよ。
マッサージ受けたよ。
超きもちよかった。
ん超、きもぴよかった、んだぴょーん。
夜には"sushi"を食べたいと思ったので、NYCの寿司を食べました。
変わったネタばかり注文してすべて焼酎で流し込んだんだけど、ものすごく悪酔いしました。
飛行機に乗遅れた理由は、これどえーす。

すごく死にたいような気持ちどえーす。
木曜日の仕事の予定ぜんぶきゃんせるになっちった。
あーむかつく。
あー、超むかちく。むかちく大魔王なのであるぞよよよ。

はあ。
ほんと楽しかった。
今は日本に帰ってお茶漬けを食べたい気分である。

投稿者 hospital : 03:11