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2005年12月29日

師走である

少々疲れている。
まあ、私ほどになると師走ともなればものすごく忙しいわけである。
先ほど自分でも血迷っているなあと思った。
「師走って1000回言ってごらんよ♪途中から『幸せ』に聞こえるようになるよ♪」
というセンテンスが頭から離れなくなってしまい、それがリピートしつづけたのだ。
血迷ってるなあ、と思った。

強迫観念というやつがあるが、それに近いものなのか。
最近ズームイン朝を毎朝見ているのだけれど、あの音楽がふと気づくと頭の中で流れている。
最近はそれほどでもないが、僕にはよくそうゆうことがあるかもしれない。
なんだか、心地よいのかもしれないが、気づくとすごく気持ちが悪い。

今、疲れている。
2005年の暮れに来て、大変疲れている。
今年はたいそう飛躍の年であった。

日本にいるみんなは知ってると思うけど、とにかくものすごい事件が目白押しであった。
関係ないけど、押尾学と目白押しって、親戚関係にあるんじゃないかって、疑わしい。
まず、度肝を抜かれたのは、あの静岡県伊豆の国市(僕在住)の進学校女子高生が、自分の母親に毒を盛り続けていたという例の事件である。
あれには驚かされた。
何を隠そう、僕の後輩と言うのであるから。
しかも、とっても近所だというのだ。
ひょっとしたら、すれ違ったことがあるかもしれない。

かなりものすごいぞ!と興奮していたのだが、あの事件以来、更に度肝を抜かされる事件が連発してしまったので、すぐにあのセンセーショナルな興奮はうせてしまった。
すぐ後をおって勃発したのが町田女子高生殺害事件である。
あれもすごかった。
恋人でもなんでもない同級生の女の子の家にあがりこみ、逃げる彼女を捕まえて、刃物で50数箇所めったざし。
現場はものすごいことになっていたはずである。
近隣に鈍い音が響き渡っていたらしい。
最近の高校生には度肝を抜かされる。

これだけではない(なんだか年末の一年を振り返る番組のようになってきたが、そのつもりで読んでほしいとせつに願う)。
その後、小1女児誘拐殺人事件。
一本目は広島、二本目が今市市。

立て続けに女子小学生が誘拐され、殺されてしまったのである。
しかもうち一件は外人さんの手による犯行であった。

日本国はどうなってしまったのか?!

びっくりマークとはてなマーク。みんなはどっちを先につける!?


疲れているようだ。
年末、かならず同じことを言っているような気がする。
僕が疲れているから、いったいなんだと言うのだろうか。
きっとなんでもないことなのだ。
だったら言うな!!!!
それでも言いたくなるときってある。

こうゆう疲れているときにはきっとろくでもないことを書いてしまうのだろう。
これから出かけなくてはならない。
富士市にでかけるつもりだ。
その後、六本木に行く予定だ。
明日とあさってで今年も終わってしまう。
来年は戌年だそうだ。
今年は酉年だけに飛躍したので、来年はせいぜい尻尾を振ろうかと思う。
否、尻尾を巻くというのも手かもしれない。
いずれにしても、犬とはろくでもないたとえが多いような気がしてならない。
こんなことを書くと、本当にそんな一年になってしまいそうなので、気をつけよう。

僕はすごい。

miyamoto

投稿者 hospital : 19:19

2005年12月24日

ウコンについて

今日は休日だというのに、出勤をしました。
私には休日ということばはございません。
それは、分かっていることなのですが、戦士もたまには疲れるわけです。
メランコリックになってしまうわけです。
メランコリックにウコンについて考えてみました。

本当にくだらなくて申し訳ない。
なんか、今日、とても清々しい気持ちなんです。
なぜでしょうか。
酒ごときに飲まれてはなりません。
スタイリッシュな日々を過ごすためには、酒に溺れてはいけないし、「いそがしい」などとは口が裂けても言ってはいけないものであることを、頭に彫刻刀で刻み込まなくてはいけないのだから。

僕にとってなにがスタイリッシュか?ということですが、まず、休日の夜はパスタを食べに行くことです。
そして、おなか一杯たべないことです。
しかし、一直線男宮本、なかなかスタイリッシュというのがよくのみこめないのであります。
日記を書くときも、真剣にキーをぶったたかずにはいられない。
今日はこんな日でした的なことを書くなんて、気合いがたりないじゃないか、とすぐに精神論に走ってしまういけない性質です。
ちゃらちゃらした物ををみてると、呼び出して皮肉ってやりたくなる性分なわけです。
テキスト系だ?ブログだ?ミクシだ?あ?
なわけです。
よくないですね。てへ。

さて、こんな男に生まれてしまったのだから、それはそれで受け止めなくてはならないのだけど、もう完全にスタイリッシュな生活とは無縁に生まれついてこれまで生きてきたわけだから、そういったおしゃれーなちゃらちゃらーなかんじを自分で実行するときは完全に自分の中でパロディとして実行しています。
「たまにはこんなんもいっか」
みたいに、イベント的に、それはまるでしゃぶしゃぶをするときに「せっかくだからこれも買おう、あれも買おう」というような、なんというか、よそ行きになってしまう。
こうゆうのを不器用というのだろうか。
自分がそうでない人間だからと言って、一生懸命ちゃらちゃらーなかんじを装っている人を馬鹿にしてはいけない。
これまで僕に皮肉られてきた人たちごめんなさい。
これからは、あなたのことも認めます。

話がだいぶそれてしまいました。
ウコンについてです。
今日会社でたまたまウコンの話題になりました。
前々からウコンって聞いたり読んだりすると、どきどきしていたので、そのことを言うと、「ああ、わたしもその経験ある」と四十がらみのMさんが賛同してくれました。
曰く、とある田舎道で「ウコンの里」という看板をみかけたとき、「ウンコの里」と読み間違えて、ずっとそのことについて考えていた。
鳥の糞とかそうゆう美容についてのテーマパークか。それとも、馬糞とか、農業関連に従事する人たち御用達のスポットなのだろうか。それとも、ズバリウンコについて、科学的に検証しているプロジェクトチームの保養所があるのだろうか。
想像はつきません。
その話題で30分くらい馬鹿笑いして、過ごしていました。

忘年会シーズン、ウコンには二日酔いになりにくい成分が含まれているので、折に触れて私はコンビニでウンコを購入して飲むようにしています。
ウンコを飲んだ夜とそうでない夜は翌日のウンコが全然違います。
ごめん。すごく汚いですね。

こうやって、軽口を叩くがごとく、何でもないことを日記として載せるのって、みんなはどう思いますか?
僕にはかなり抵抗があります。
このことについて、みなさんご自分の頭の中だけで考えてみてください。
結論がでたとしても、ご自分の心の中だけにしまっておいてください。
僕は僕の生き方をつづけます。

miyamoto

投稿者 hospital : 00:57

2005年12月22日

淀川の氾濫

もうすぐクリスマスである。
正直言うと少し寂しいのである。
年末のこのうらびれた雰囲気は千葉も中国も同じだと思う。

ところで、ミヤムの一直線の前髪の話だが、
「実は好評なんだよ」と嘘をつかれた友人というのはオレのことだ。
今まで本当だと思っていた。
ミヤムに、「何でその髪型なの?」と聞いたのは何年前だろう。
3年位前だっただろうか。2年前かもしれない。
妙にその時のことを覚えている。
二人で渋谷駅前の歩道橋を渡って目黒の方へ歩いていたような気がする。

ミヤムは「いや、結構好評なんだよ」とすました顔をして言っていた。
かれこれ15年近くの付き合いになってきてようやくわかってきたけど、
ミヤムがすました顔をしている時は、もしかしたら騙されている時だったのかもしれない。

あの時、歩道橋の上で、「こういう髪型にすると、格好付けなくて良い」というようなことを
言っていたような気がする。
冗談みたいな見た目をしてる以上、冗談みたいに元気よく行くしかないじゃないかということだと受け取った。

そして、こないだ香港で会った時、ミヤムは
「オレ、これから自分のことモデルだと思うことにした」と言っていた。
「かっこつけなきゃダメだ」と。
たしかに、香港へ行くとそんな気がする。
みんな正々堂々オシャレしてる気がして、なんだかいいなぁとオレも思った。

とにかく、今日はミヤムの日記を読んでそんなことを思い出して嬉しくなった。
帰りのバスでニルヴァーナを聞いていた。
もう100回目くらい言った気がするけど
やっぱりニルヴァーナが一番だ。

シンプルっていうのはすばらしいと思う。
そして、伝統的でもあるというのはなんだか落ち着く。
いつまでも残るものを目指すべきだと思う。
今はそういう時代じゃないと思うときもあるけど、
ニルヴァーナを聞いてると思う。
良いものは良いのだ。

理由は要らない。脱いじまえ。

そう思って何年か前、道路で服を脱ぎ、写真をとってホームページで更新していた。
物事には理由があるけど、時にすべて忘れて飛んでみよう。
結果がすべてを語ってくれる。

ジャストの撮影が終わった後、いつもとてもスガスガしい気持ちだった。
いつか中国でもジャストをしたくなる時が来るのかもしれない。
寒くなると脱ぎたくなる。

時代は皮膚呼吸だ。

少し興奮してきたのでこの辺でやめようと思う。

年末はにぎやかでやっぱり楽しい。

uematsu

投稿者 hospital : 21:40

2005年12月20日

性分

植松君のいう一途な友人というのは、僕のことである。
少し照れくさいが、言われて気づくものである。

その美容室のことだが、毎度髪の毛を切った後、さっぱりしすぎた自分の顔を見てまず思うことは「このばばあ殺したい」である。
おい、その眉毛、ありえなくない?
「眉毛そるね」
と善意の気持ちから彼女は切り出す。
僕はいつも切実に断りたく思うのだけど、「この人善意だわ」と思うと、阻めない何かがある。
善意を阻んではいけない。
だからこそ、善人はたちが悪いともいえるのだが。

結果ソリッド感溢れる眉毛なのである。
小学生が削りすぎた鉛筆みたいな眉毛なのである。
しかも、使い込んで削りこんだ、超短い鉛筆みたいな眉毛だ。

そして、あり得ない髪型がオンザ眉毛に出現する。
「私、こんなに不細工でしたっけ?」
と聞きたくなるような顔だ。
「はい」
鏡がそう、答える。

自信満々の美容師の先生が、僕の背後にいるし、自信満々で会計へと進もうとするので、僕は彼女の言い値を払うのだ。
レジスターを起動させない場合がやけに多い。
「脱税じゃん」
心の底から叫びたい。
「怪しいじゃん。このばばあ」
そう思うわけだ。

「息子がストレートで慶応にはいって・・・」

彼女に息子の影がない。
明らかに母子のみ。
ちょきちょきちょき・・・
はさみの音とともに語られる彼女の人生。
それが、私を惹きつけてはなさないのか。

あり得ない顔のまま生活をすごす。
3ヶ月くらいすると、やっとみられた顔になるのだが、ちょっと前髪が目にはいってくるようなかんじになるので(そもそもバランス感覚に乏しい髪型になってしまうのだ、やけに襟足がながくなったりするのだ)その時にはばっさり自分で自分の前髪を、よっぱらった勢いで切るのである。
一直線がオンザ眉毛に出現する。

今も、その髪型である。
「ばつげーむ?」
親しい友人に、そう問われたこともある。
「けっこう好評なんだよ」
もっとも親しい友人にそう嘘をついたこともある。
彼はその嘘を見抜いただろうか。

思えば、10年間、その繰り返しのような気がする。

一言で言えば腐れ縁。
昔から、僕は、なかなか動かない人間のような気がする。
変化が嫌いなのだろうか?
中華料理、麺龍に通い始めたら、そこばかりだった。
まーぼーとは今もつきあいがある。
まったく謎な男である。
「韓国政府からお呼びがかかっているのだが、ずっと逃げ続けている、けれどもいつか韓国にいかなくてはならない、年収は8000万くらいだけど、やだ」
まったく、よく分からない男なのである。

miyamoto

投稿者 hospital : 22:55

2005年12月18日

日曜日の夜

近頃、髪の毛を自分で切るようになった。

中国に来てから何回か床屋へ行ったけど、
どんなに注意しても、その度にしっかり刈り上げられるから
しょうがなく自分で切るようになった。

今日、髪を切りながら高校の時よく行っていた美容院のことをふと思い出した。
ちょっと変わったおばさんが一人で経営している美容院で、
それは白い家だった。
通っていた高校の辺りはほとんど田んぼと小さな商店くらいしかなかったので
その白い家は少しその場所に合わないような気がした。
そのおばさんはその家に自分の母親と二人で住んでいるようだった。
そして、昼間はその家の一角で美容院として開業していた。

どういうわけか、その美容院へ通うようになって、
どういうわけか、ものすごくその美容院が気に入ってしまった。
たぶん、あのオバサンが、髪を切る技術に熱中していたからじゃないかと思う。
そして、少し変わったポリシーのようなものを持っていたからだと思う。
それがだんだん、おかしな雰囲気を帯びたものに変わってきたのだけど
それに気づいたのは、もう大学に通い始めて、その美容院へ行かなくなってからだった。

当時、よく一緒にその美容院へ行っていた友人の一人が今もその美容院に通い続けている。
この間、彼と会った時に、
「そろそろ違うところ行けばいいのに。あのオバサンおかしいでしょ」
と言ったのだけど、彼はどうも変えるつもりはないらしい。
「まあたまにしか行かないし」
と言っていた。
けれど、何年か前も同じ質問をした時、彼は
「一度通い始めた所を変えるのが嫌だ」と、そんな内容のことを言っていた気がする。
彼もそのオバサンに負けずとても変わった人だけど、
そういう一途な部分を持っている。
今日、お風呂で自分の髪を切ってシャワーで流している時に、
「だからいいんだよなぁ」
としみじみ思った。

どうもそういう思い出が心の中に残っていて、
最近、一度通い始めた所には足しげく通うようになった。
毎朝、会社に着く前に、小さなパン屋に寄ってそこでパンを買っている。
お昼には会社の近くのCD屋へ毎日行ってその後は本屋へ行く。
このCD屋は、すごく小さな店だけど、どういうわけか本物のCDが安く売っている。
本当に本物なのかとずっと疑っていたけど、どう見ても聴いても本物にしか思えなかった。
だけど、日本の3分の1くらいの値段で売っているので
どうしてだろうとずっと考えていた。
最近、それがサンプル品であることがわかった。
日本やヨーロッパのサンプル品を安く買い取ってくるらしい。

そして、この本屋もすごく小さな店だけど、建築の本専門の店で、
どういうわけか日本の建築雑誌やヨーロッパの建築雑誌まで売っている。
中国の本は売っていない。
そして、この本も日本より安い。
ちょくちょく買うようになったら、それに合わせて最近値段が上がってきたような気がする。
だけど、ここの店員もすごくいい人達なので毎日通ってたまには買うようにしている。

それとは別に、たまに会社に直接ダンボールをかついて本を売りに来る男がいる。
どう考えてもアル中のような目をした男が
「ハロー」と言って突然現れてダンボールの中から建築の本を取り出す。
これも、ヨーロッパや日本の本だ。
基本的に建築の本は高い。
けど、この本はだいたい日本の5分の一くらいの値段だ。
しかし、疑いの目で眺めてみたらこれは偽物だということがわかった。
偽物と言ってもしっかり真剣にコピーしてあるので安ければいいという気がする。
「すごいね。まったく一緒だよ」
とその男に言うと、彼は
「そうだろう。まったく一緒だろう」
と誇らしげに言った。
考えてみると、本の偽物って一体何なんだろうという気がしてきた。

どっちにしても安いものにはそれなりの理由があると最近やっとわかってきた。
ほんとに物事にはしっかり理由があると最近思う。

年末なのにどうも年末という気がしない。
オレは一人の正月が結構好きだ。
今年はそうなりそうだ。

uematsu

投稿者 hospital : 23:43

2005年12月11日

さちこ、社会派になろう

社会派になろう。
選挙へも行こう。

近頃、俺はそんなことを考えている。

なぜこんなことになったかを辿っていくと、
もしかしたら、娯楽がないからじゃないかと思う。
隠居した老人がやたらと社会情勢に詳しくなっていくのと同じことだ。

だって中国DVD借りれる所ないしさ。
買っても借りるのと同じくらい安いけどさ、日本語字幕ないしさ。
「何言ってんの、勉強しなさい」とか言われても、休む時はドデーンと字幕読みながらチャーリーズエンジェルみたいな映画見たいしさ。

とブーたれた日曜日なのでした。

この2週間。私の周りは少し辛い状況になっているのですが、詳しくは書けません。
そんなこともあって、この2週間、週末になると私は家に閉じこもるしか術がないのであります。
私は、本を読みました。
今日読んだ本は、「大人たちの失敗」櫻井よしこ著
です。
大人たちの失敗というのはなんだか素晴らしいタイトルのような気がしました。
内容は社会情勢のことで、そもそもこの著者はあの有名なアナウンサーです。
表紙では手をお腹の辺りで組んださちこ(←櫻井よしこ)が微笑んでいます。
髪の毛は、ありえないほどにセットアップされ、ナイアガラの滝が逆さに流れたような髪形をしています。

さち子は厳しく日本情勢を批判します。
もっと真面目で教科書通りのような事を言うのかと思ったら、
さち子はしっかり芯の通った強い主張をするのです。
「すごいなさち子」
僕は小学校の時の目立たなかった同級生と30歳になって再会したかのように
そうつぶやきたくなりましたが、さち子はもう50歳くらいのようです。

北朝鮮との関係のこと、中国との関係のこと、ゆとり教育のこと、最近のサイコ系の犯罪のこと、働くということ。
さち子が取り上げるテーマはすごく真面目なものでした。
それでも興味を持って真剣に読みました。

私は最近、責任ということについて考えるようになりました。
自分の言った言葉、行動、それには責任を持たなくてはいけない。
それによって、信頼を得も失いもするからです。

「3分の2が嘘」であったこれまでの私の人生を悔いてはいません。
情けない生き方をしてきたと思う部分もありますが、正直に生きてきたとは思います。

ところで、先日、全裸で歩いている男を見ました。
朝、バスに乗って会社へ向かう途中です。
その男は、なんの恥ずかし気もなく全裸で歩いていました。
さすがに中国でも全裸で歩いている男はそうそういません。
と言ってもこの一年で3人見かけましたが。
しかもその一人は草むらに寝転がって自慰行為をしていました。

久しぶりにソニックユースを聴きたくなりました。

今日は少し憂鬱な一日でありました。

uematsu

投稿者 hospital : 20:57

2005年12月06日

50セントに関する噂

植松君が引用した
安藤・スーパーエキセントリックカーペンター(SEC)・忠雄の言葉に感動した。
生き方としてのロックンローラーを標榜する俺たちにとって、
実に勇気の沸く言葉じぇねえか。
あいつ、かなりのロックンローラーだぜ。
ユウヤってるよ。ウチダユウヤってる。
ユウヤさんばりにシェケナベイベってる。

そんな話は置いといて。

最近ロックンローラーの俺がヒップホップに夢中になっている。
ひょんなことから今時のヒップホップについて特集された雑誌を読んで以来、
俺はその虜になっちまった。
すごいぜ、ヒップホップ。奥が深いぜ。
だいたいですよ。出てくる用語が難解すぎて何のことだかさっぱりわからねえ。
背伸びしてドゥルーズだのフーコーだのデリダだの柄谷だの浅田のもやしメガネだのを読んでいたころを思い出しちまいました。
それでもって登場するクループ名(正しくは、ユニット名っつうんすか、ちがいますか、なんですか、なんか文句あるんですか)が俺にとって未知なる物ばかり。
これは小学生時代、中学受験のために無理矢理ぶちこまれた進学塾で、無理矢理ぶちわたされた歴史のテキストを初めてみたときのような衝撃でした。
(その後、俺は次男坊特有の甘え&癇癪を両親にぶちかまし、受験取りやめ、円満退塾。再び小学生としての黄金時代を手中におさめ、うんこだのしっこだの覚えたての性用語などを叫びながら遊び狂うのでした。めでたしめでたし)
それからですよ、クルーという名の取り巻き連中による抗争劇。
完全にそれって週間実話。朝日芸能。深作欣ニ。阿部譲二。危険な情事。(韻ふんだぜ)
やばーい。こわーい。

で、そんなヒップホップシーンで今最もホットなやつがいるわけよ。

50セント。

やばいよあれは。やばすぎるよ。あのイモゴリラ顔、もしくは、ゴリライモ顔。
そんであの筋肉。ゲキヤバ筋肉。ありえないありえないありえない。
いっとっけどね、うちのミヤモトちゃんなんかね、毎日せっせとアルファリポ酸の錠剤を飲んでですね、それでもってプールに行ってアホほどバタフライをかましてるのにですね、その筋肉ときたら、フィフティーさんの三分の一もないっすよ。肌の黒さなんてフィフティーさんの1%も満たしてないですよ。(顔は君のほうがずっと男前だよ>ミヤム)

あきらかに、この世に実在してるとは思えません。

俺は50セントの存在を信じません。
ニーチェが神の存在を否定するように、俺も50セントの存在を否定します。
(おっと、ちょっぴりインテリジェンスがほとばしっちまったぜ)

だいたいですよ。いいですかみなさん。
フィフティーさんてむかし拳銃で9発撃たれたらしいですよ。
いいですか。9発ですよ。9発。それってちょっとしたベトナム傷痍兵ですよ。
それで今の彼みてくださいよ。ぴんぴん生きてる。どこにも障害もなく。
おかしいじゃないですか。人間じゃないですよ。超人ですよあんなの。
ただし、ニーチェのいうところのものとは違う意味でですよ。(またやっちまったぜ)
ゆでたまご先生でいうところの超人ですよ。

で、俺ちょっと大変なことを小耳に挟んでしまいました。
ものっすごく大変なことですよ。50セントにまつわる超がつくほど大変なことですよ。
今日はそれをみんなに内緒で君だけに教えちゃいます。

いいですか。今から書くことは俺とあなただけの秘密にしてくださいよ。
絶対ですよ。絶対に秘密にしてくださいよ。
決して誰かに話したり、トリビアに投稿したり、
回覧板でまわしたり、学級新聞に載せたり、
2ちゃんねるにしたり顔で書き込んだり、
ミクシーの日記で得意げに披露したりしないでくださいよ。
お願いしますよ。危険ですから。命が危険ですから。
俺とあんたの命が危険ですから。

ではでは、これからお話させていただきます。
もちろん内緒話ですから、小声で話させていただきます。
まあ、小声つっても、文章だから意味ないんですけどね。
でもそういうのって、ほら、気持ちの問題だから。ね。
うん。じゃあ小声で話しますね。

…。

いやこんな日本語はおかしいわ。
文章なのに。話すって。ねえ。
いくら顔と足の長さがアメリカンだからってそりゃねえっすわ。
わりい。やりなおす。

では、ひっそり書くことにします。
ひっそりね。かく。

…。

なんか、ひっそりかく、ってちょっと卑猥ですな。
かく。ってねえ。ひっそりとかく。ってねえ。
これ、ずばり、せんずりのことかと思ってしまいますな。
正味なはなし。ね。いやもう、ぶっちゃけ。ざっくばらんにいって。
でもまあ、せんずりなんてねえ、今時の若い子はそんな言葉使わんのでしょうな。
もっとこうヤングなかんじでね、今風のヒップホップにのせていうんでしょうな。

…。

今わたし真剣に韻をふんだ下ネタを書こうとしとりましたわ。
馬鹿ですな。しかも、日常生活でめったに下ネタをやらないもんだから、
ちょっと胸がドキドキしとりますわ。ウブなんですわ。

ものっすごいだらだら書いとりますわ。
急にめんどくさくなったので、
これ、次回に持ち越しますわ。
ではまた。yujingでした。

yujing

投稿者 hospital : 07:30

2005年12月04日

湯気の出た午後

近頃、私はすごい。

植松です。

近頃の私と来たら、さかのぼること半年前、環境に目覚めた。
環境に関して、1年前の私は恥ずかしながら「地球など滅びて上等」程度の知識しか持ち合わせておりませんでした。
しかし、私はある一冊の本をきっかけに環境に目覚めたのでありました。
その本はイギリスのある建築家による都市に関する本でした。
この本と来たら訳者が悪いのか訳のさっぱりわからない代物でした。
しかし、この本を読んで私は
「なんてわかりにくい本なんだろう」という感想と共に、
「地球は大事に使われた末に滅びなくてはいけない」と感じたのであります。

そしてさかのぼること2,3ヶ月前。
場所は香港、時は札幌、時代は西日暮里でありました。
あの日、私は日本の生んだ最後のメガネ侍こと宮本ミツヤと香港観光という名の香港における観光をしておりました。
そこにあったのは、エンターテイメントとビジネスと生活が優先順位のあいまいなままごちゃ混ぜになった都市のエネルギーそのものでありました。

そこで私は当時、気になり始めていた「政治」について考えざるを得なかったのです。

さて、私はこの1年、中国において、野蛮な中国人を山ほど見て来ました。
奴らは誤解を恐れずに言えば、猿であります。
もちろん、良い意味であります。
万が一、これを読んでいる奇特な中国人の方がおられましても怒らないで頂きたい。
パンを投げる、レンガを投げる、年端もいかない幼女を、まるで甲子園球場の良くわかりませんが、
とにかく投げる投げる、
というのは嘘であります。

投げはしませんが、彼らはよく怒り、よく笑いよく食べ、そしてまた怒りまくる人達でありました。

それを見ていて思いました。

これは私が見てこなかった1960年代の日本なのではないかと。
ものすごいスピードでできていくものすごい大きさのビル。
半年前まで何もなかった場所に、新たな中心地が作られ、それまで中心地だった場所に目に見える影響を与えていく。
私は始めて街ができていく様を見たのであります。

アチキは、ハンケチを親知らずでかみ締めながら
「リアル。超リアル!」
と叫ばずにいられませんでした。

そして、この街を作り上げる主である政府、そして経済に私の関心が移っていったのは自然の流れといえましょう。

さて。

この辺で熱を冷ましたい。
今日は洗濯をしなくてはいけないのだけどどうも気が進まない。
ヤケになって忠雄安藤の本を読み始めたのがいけなかった。
「人生どっちに転がってもおかしくない。ならば闘って自分の目指すこと、信じることを貫き通せばいいのだ」
と世界の忠雄は言う。
戦後最後の単細胞植松ツベルクリン反応はこの言葉に見事に反応し、
熱覚めやらぬまま、グリーンに書き始めてしまったので
こんな勢い任せなことを書いてしまったのであります。

でも、やっぱり忠雄ちゃんはいい。
それに本当に中国は日本の昔の姿を感じさせてくれるような気がする。
メンズノンノを抱えて農道を全力疾走していた僕を一から鍛えなおしてくれたような気がする。

とにかく一歩一歩元気に行こう。

そして、洗濯をし、夕飯をどうにかしなくてはいけない。

uematsu

投稿者 hospital : 14:29