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2005年12月04日

湯気の出た午後

近頃、私はすごい。

植松です。

近頃の私と来たら、さかのぼること半年前、環境に目覚めた。
環境に関して、1年前の私は恥ずかしながら「地球など滅びて上等」程度の知識しか持ち合わせておりませんでした。
しかし、私はある一冊の本をきっかけに環境に目覚めたのでありました。
その本はイギリスのある建築家による都市に関する本でした。
この本と来たら訳者が悪いのか訳のさっぱりわからない代物でした。
しかし、この本を読んで私は
「なんてわかりにくい本なんだろう」という感想と共に、
「地球は大事に使われた末に滅びなくてはいけない」と感じたのであります。

そしてさかのぼること2,3ヶ月前。
場所は香港、時は札幌、時代は西日暮里でありました。
あの日、私は日本の生んだ最後のメガネ侍こと宮本ミツヤと香港観光という名の香港における観光をしておりました。
そこにあったのは、エンターテイメントとビジネスと生活が優先順位のあいまいなままごちゃ混ぜになった都市のエネルギーそのものでありました。

そこで私は当時、気になり始めていた「政治」について考えざるを得なかったのです。

さて、私はこの1年、中国において、野蛮な中国人を山ほど見て来ました。
奴らは誤解を恐れずに言えば、猿であります。
もちろん、良い意味であります。
万が一、これを読んでいる奇特な中国人の方がおられましても怒らないで頂きたい。
パンを投げる、レンガを投げる、年端もいかない幼女を、まるで甲子園球場の良くわかりませんが、
とにかく投げる投げる、
というのは嘘であります。

投げはしませんが、彼らはよく怒り、よく笑いよく食べ、そしてまた怒りまくる人達でありました。

それを見ていて思いました。

これは私が見てこなかった1960年代の日本なのではないかと。
ものすごいスピードでできていくものすごい大きさのビル。
半年前まで何もなかった場所に、新たな中心地が作られ、それまで中心地だった場所に目に見える影響を与えていく。
私は始めて街ができていく様を見たのであります。

アチキは、ハンケチを親知らずでかみ締めながら
「リアル。超リアル!」
と叫ばずにいられませんでした。

そして、この街を作り上げる主である政府、そして経済に私の関心が移っていったのは自然の流れといえましょう。

さて。

この辺で熱を冷ましたい。
今日は洗濯をしなくてはいけないのだけどどうも気が進まない。
ヤケになって忠雄安藤の本を読み始めたのがいけなかった。
「人生どっちに転がってもおかしくない。ならば闘って自分の目指すこと、信じることを貫き通せばいいのだ」
と世界の忠雄は言う。
戦後最後の単細胞植松ツベルクリン反応はこの言葉に見事に反応し、
熱覚めやらぬまま、グリーンに書き始めてしまったので
こんな勢い任せなことを書いてしまったのであります。

でも、やっぱり忠雄ちゃんはいい。
それに本当に中国は日本の昔の姿を感じさせてくれるような気がする。
メンズノンノを抱えて農道を全力疾走していた僕を一から鍛えなおしてくれたような気がする。

とにかく一歩一歩元気に行こう。

そして、洗濯をし、夕飯をどうにかしなくてはいけない。

uematsu

投稿者 hospital : 2005年12月04日 14:29