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2006年01月01日

そして新年

年明けは小さな安旅館の一室だった。

大晦日で宴会があり、オレも行った。
中国では人に勧められたお酒は絶対に飲まなければいけないとまではいかないけど
そうした方が良いという雰囲気がある。
オレはまったく酒が飲めないのに、上機嫌でたくさん飲んでしまった。
白酒という透明の酒をたくさん飲んだ。
そもそも大勢の中に一人の日本人なので
たくさんの人が「よう、日本人」と乾杯を求めてくるのだ。
求められたら答えてあげようと、頑張ってしまった。

2時間後、俺は三人の若者に抱きかかえられて深センの夜の街を歩いていた。
街頭の光がかすんでいる。
というか、指がうごかなくなって、ETのような手の形になったまま固まっていた。
これはまずいというか、なんだか気持ち悪くなり、もう片方のETの手で強引に指を開かせた。

途中水を飲んで良くなったかと思ったらまた急激に頭が真っ白になり、
手足がしびれ、とうとう歩けなくなった。
次の瞬間、俺は病院のベッドに寝ていて、点滴をしていた。
体がぶるぶる震えて、上司の太っちょの気のいい男が点滴の針が外れないように抑えていた。
そのせいかその部分がものすごく痛くて、
「この野郎、痛いじゃないか」とおぼろげに思っていた。

医者が何度も何度も血圧を測っていた。
俺は酒をほとんど飲まないので、こういう状況は本当に初めてで
もしかしたら当たり前のことなのかもしれないけど、俺にとって大変異常なことであった。
「深センで働く27歳の若者、大晦日、中国人上司に白酒をたくさん飲まされ死亡」
という新聞の見出しがはっきりと見えた。
これはきっと靖国神社問題よりも大きな問題になるに違いないとまでは思わなかったけど、
とにかく本気で怖くなった。
医者が俺に色々聞いてくる。
答えたくないので黙っていると、別の若者が「彼は外国人だ」と医者に伝えた。
医者は「韓国人か」と尋ね、「日本人だ」と友人が答え、「そうか」と医者は納得した。
「じゃあ通訳をしてくれ」と医者は続けたが、
みんな日本語を話せないので、くすくすと笑った。
「俺が通訳しよう」と急にちょっと元気が出たような気がしたけど、
考えてみれば俺が最初から素直に答えればよかったのだと気づいた。

とにかく、しきりに血圧を測るのでほんとに怖くて、
「ダイジョブ?やばいの?」
と空ろな目で何度も聞いた。
すると、医者を含め、周りにいた5,6人の同僚が
「没問題!」
と言うので、余計に心配になった。

ああ、急性アルコール中毒で死亡というのは格好悪すぎると真剣に考えてるうちに寝てしまった。
2時間ほど点滴をして、目が覚めるともう12時だった。
かなり良くなって、「ああ死ななくてすんだ」と本当に嬉しかった。
そして、体を支えられながらさあ家に帰ろうと思った瞬間、急激にまた気持ち悪くなり、
結局、近くの旅館へ連れて行かれ、一晩そこで寝ることになった。
気持ち悪いだけで、体はしびれていなかったので、みんな安心して帰った。

12時を過ぎて、新年のメールがいくつか着て、ああ年を越えたのだとわかった。
机の上にはラーメンがあった。
気をきかせて買っておいてくれたらしい。
オレは本当に感激した。
食べ物の恨みはすごいというけど、食べ物の感謝もすごい。
中国って良い国。中国人ってすばらしい。
これをみんなに伝えたい。

そして、その昔、上野でミヤムと飲んでいた時、
バッチシ酔っ払ってフラフラなミヤムを送りもせず、上野駅で
「大丈夫?大丈夫だよね。気をつけて帰ってね」
と笑顔で見送った自分をなんとひどい人間なのかと思った。
これからはしっかり介抱しようと思う。

と、長々と書いてしまったけど、基本的に中国人は怒りやすいけれど情がすごく深くて
仲間達の関係をすごく大切にする。
お金も持ってないのに、仲間のためならどんどん使う。
「ありがとう」などと言おうものなら怒る。
「身内に礼を言うやつがあるか」というほとんど仁義の世界なのである。
そんなこんなでそれが愛国心にもつながり、靖国問題にもつながるのではないのではないかと思う。

この一年で一番思ったことは

親しき仲に礼儀はいらない。

ということだ。
いや、それはあったほうがいいでしょう、とどこかの社長も言っていたけど
本当になくていいんじゃないのかなと思った。
礼儀によって守られる物より、手に入れられない物の方が多いのではないかと思った。

いま、すごくロードオブザリングが見たい。
全部、いっぺんに見たい。
あと、一週間ほどオレは一人なのだ。
昔のようにビデオをいっぱい借りてカルピスを飲みながら映画を見たい。
誰にも邪魔されない。
電話がかかって来ようものなら、照れもせず
「ごめん、今、外なんだ」
と言う。
映画の中の主人公が外にいるなら、それを見ている俺だって外にいるのだ。

でも、嘘は良くないなと思う。

さあ。2005年は本当に良い年だった。
超クールで大切な年になった。
これから先、俺は走り続けることにした。
もう走れないような気がしていたのに、
「まだ始まってもいなかった」
とキッズリターンは思った。

みんなも良い年を。
親しき仲に礼儀はいらない。
金なら貸してくれ。

uematsu

投稿者 hospital : 2006年01月01日 17:37