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2006年06月14日

飛べる日

2002年のワールドカップを見ていたのは千葉だった。
友人と汗をかきながらガリガリ君を食べ、色々な国を応援し、試合が終わると近所のソバ屋へカレーを食べに行った。
当時、自分では気づいていなかったのだけど、オレはソバ屋でソバを頼んだことがなかったらしい。
へそが曲がっていたのかもしれない。

先日、ミヤムが遊びに来たこともあって、香港でワールドカップを見ていた。
香港でワールドカップ。
きっと4年前の自分に
「4年後お前香港でワールドカップ見てるぜ」
と伝えたら、
「うそ!なんで?どうして?」
と驚いたと思う。
ついに一線を越えて、マフィアか何かに関わってしまったのだろうと静かに確信していたと思う。
それもまあいいかと静かに納得していたと思う。
当時、何でも納得しすぎだったと今思う。

今回、ミヤムと久しぶりに(と言ってもしょっちゅう会ってるけど)会って、やっぱり人は根本的には変わらないんだなあと思った。
自分で変わったと思ってワクワクする部分というのは人から見たら大したものではないのだと思う。
でも、自分で気づいていないようなこと、本質がほんの少し蝕まれてしまったような人と会うと、突然他人のように思えてしまう。
今までそういう人に何人か会ったことがある。

ミヤムはそういう面で、1gも変わっていなかった。
一カ月おきに(酒がらみで)変わっていたメガネも今回は珍しく変わっていなかった。
正直言って「ああウザイなあ」と何度も思った。
でも、ミヤムと2泊3日、香港や深センで話していてとても暖かい気持ちになった。
暖かいというか暑いというか蒸し暑いというかウザイと言うかとにかくそのすべてだったと思う。

少し話がずれるけれど、
男友達というのは25歳を超えたら、1日以上一緒に居てはいけないと思う。
半年に一回、3時間くらいがちょうどいいと思う。
久しぶりに会い、最初の5秒で太ってないか、ファッションセンスが更に悪質になっていないか確認する。
そして、最初の5分で、魂が変わってないかどうか確認する。
それが済んだら、残りの3時間で表面的な流れを追えばいいのだ。
そして、3時間話して「良い友達って素晴らしい」と確信できたら本当に素晴らしいと思う。

人には歩むべき尊い道がある。

ミヤムがくれた松下幸之助先生の本に書いてあった言葉です。
今ならこの言葉を素直に受け入れることができる。
人は自分の道しか歩けない。
他人の道も歩けるけど、その時点でもう自分ではない。
その人に理解できるのは、自分が今何も理解していないということだけなのだ。

とにかく、オレはジーコジャパンのふがいなさに腹が立った。
髪型も全員冴えない大学生みたいだし、サッカー自体も何かを自分で決定しようという気持ちがゼロだった。
サッカーに関してはサッカー通にとやかく言われると更に腹が立つのでこの辺にしたい。
オレは「サッカーと株に関して一言あります」という人間が死ぬほど嫌いだ。
結婚式の引き出物がバーニーズだったりする人間には火をつけたいタイプだ。

日記はなるべくロマンチックでありたいけれど、今日はすこし乾いた日記を書いてしまった。
久しぶりに「傷だらけの天使」を見た。

『飛ぼうと思えば飛ぶんだぜ』

表紙にそう書いてあった。
そう。この映画はそういう映画だった。
4年前のことをいっぺんに思い出した。
飛び始める前と、飛び始めた後では、この言葉の持つ力は随分変わってくる。
無敵艦隊スペインの無敵の意味も昔のように深く考えなくなったこととも少し関係しているはずだ。

ところでどうしてラウルが途中出場なのか。
オレは、はっきり言って新人の名前も顔も知らない。
4年前のスター選手が今もスター選手でないと納得できない。
ラウルは今もスター選手なのだろうか。
ロナウドが何も動いていない気がするのは気のせいだろうか。

uematsu

投稿者 hospital : 23:37

2006年06月04日

何かおかしいけど、おかしくない

中国には偽物があふれている。
お金にしても、受け取るたびに太陽にかざしたり、隅のほうを指でゴシゴシこすって
偽物かどうか確かめなくてはならない。
洋服にしても、ひどいことに薬にまで偽物がある。
何十万もする顔のシミを取る手術をして、使った薬剤が全然関係のない安い薬剤だったということがわかり、それを顔の中に注射してるものだから、後に顔がメチャクチャになってしまったりする女性もいる。
街を歩いていて、頻繁に顔や色んな部分が変形している人を見かけるのはそういうことも関係しているのではないかと思う。

偽物というのは本当にすごい。
店の内装にしても、そもそもデザイン的なものなんて世界中、真似であふれてるわけだけど、中国の場合、なんとなく真似ではなく、偽物という気がする。
これは不思議なことだ。
人にも偽物があって、地球が四角くなっても信用してはいけない人間が山ほどいる。
これは中国に限らないのかもしれないけれど、中国人は本当に中国人だと近頃ため息が出るほど思う。

偽物に囲まれていて、思うことは、
人を騙してはいけないということだ。
これは小さい頃から言われていたことだけど、
「は?なんで?」
と長いこと思っていた。
正直、最近になるまで
「別に騙したっていいじゃん」
と思っていた。

でも、人を騙すというのは恐ろしいことだと近頃わかってきた。
騙すということで、その話の中のどこかのネジが外れてしまう。
小さくてわからないようなことでも、どこかおかしいという気持ちは必ず人に残る。
人の直感というのは恐ろしいほど正確なのだ。
人の直観は「何かおかしい」と一度感覚するとそれを覚えているようだ。
そして、それはどんどんと心に積もっていく。
何か良くわからないんだけど、気持ち悪い人。
良い人なんだけど、なんだか気持ち悪い人。というのがあなたの傍にはいないだろうか。
そういうのは考えてもわからない。
理屈は間違えるけれど、直感は間違えないのである。

とうわけで、一年半、積もりに積もった「何かおかしい」が
近頃毛穴から溢れ始めている。
頼むぜ、中国。という、もう諦めに近い気持ちを感じている。

しかし、それでも、オレは中国にしかいられない気がする。
人というのは不思議である。
自分がいるべきところかどうかというのも直感が決めてくれる。
「何か違う」という気持ちがある場所にはいられない。
いられるけれど、自分は失ってしまう。

時代である。
とにかく近頃時代を感じてしょうがない。
時代が時代を作るのである。
しっかり目を開けて、揺るがず歩かなくてはいけない。
物事には理由がある。
だから素晴らしいのだと思う。
偽物にもその人に偽者を作らせた理由があるのである。
中国にいて素晴らしいと思うことは、
その理由を辿っていくと
結局、最後に「生活」に辿りつく事である。
そんな感覚が街に溢れていることである。

新聞を読んでいたら、
『あなたはなぜ仕事をするのですか?』
という質問を色んな中国人にした。という記事があった。
そして、
100人聞いた中で、「お金」と答えた人が一人もいなかったと書いてあった。
ほとんど全員が「家族」と答えたという。
この話は中国にいないと良くわからないのかもしれない。
ただ、「お金」と答えることが少しもおかしくない場所で
みんなが意地でもそう答えないということがなんだか中国の素晴らしい所のような気がした。

さあ。
今日はかなり真面目に書いてしまった。
気が済んだので寝ようと思う。
オヤスミ。
愛する人達。

uematsu

投稿者 hospital : 23:55