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2006年07月29日

茹で蛙

今日も雨が降っている。
近頃、毎日雨が降っている。

先日、日本に一週間ほど帰ってまた中国へ戻ってきた。
どういうわけか、今回も多くの友人に会わずに帰ってきた。
というよりも、たった一人、
近頃頭の中で『伊豆一、ブリーフとワークシャツが似合う男』と呼んでいる男とだけ会って話した。
この宮本という男は近頃、結婚もしたが、それらしさをまったく感じさせず、
気に入っているのかどうか、自社のユニフォームをいつでもどんな時でも着ている。
「最近、洋服全然興味なくて」
彼は、目を輝かせて、そして鋭い目をしてそう言う。
一般的に30前後の男がこういうことを言う場合、
昔よりも明らかに肩の力も抜けて垢抜けていなければいけないのだが、
彼の場合、
「ほんとにそんな感じだね」
としか言葉の返しようがないのである。

しかし、おそらく寝る時ですら着ているであろうそのワークシャツを着て香港にも現れ、
はたまた、伊豆のちょっとした料亭にも現れ、
「いやあ、楽しいよ」
が近頃の口癖になりつつあるこの男と私との関係は少しずつ昔とは変化してきた。

兄も子供が生まれた。
赤ん坊なんて猿とハーゲンダッツを足したような物だ、と常日頃から思っていた私であったが、
今では1週間に一度のペースで兄が送ってくるその子の写真を
しっかり特別フォルダに収め、毎日見ている。
赤ん坊というのはなんて可愛いんだろう。
そして、なんで、「他の家の子供より20倍は可愛い」と思ってしまうのだろうか。
親でもないのに親バカになりつつある。

そして、先日、中国に戻ってくる前の日、横浜に住む兄のところへ行き、その子に会ってきた。
写真ではずっと見ていたが、実際見るのは初めてだった。
どう接してよいか分からず、猫なで声で理由もなく名前を呼ぶことも私のロック精神が許さず
ただただ、にらみつけるのが最大の私の愛情表現であった。
結局、その子は泣き出した。
そして、私がその子を抱き上げた時には
兄の妻の言葉を借りると、「こんな苦しそうな顔したのを始めて見た」という顔で泣き始め、
結局10秒くらいしか抱くことはできなかった。

しかし、ドクドクと伝わってくる心臓の音と、得体の知れない温もりに、
赤ん坊に対する「猿とハーゲンダッツ観」を変更せざるを得ないことを知らされた。
わざわざ定義する必要はないけれど、
あえて定義し直すなら、
赤ん坊は、「毛の生えたハーゲンダッツ」と言って良いだろう。
本当は素直にもっと可愛いことを言ってあげたいが、
私のロック精神は、悲しいことに伊豆の山奥で作られたものであり、
あと10年は赤面ロック道を突き進むしかないのである。

時代は変わる。
私は、今回、日本に久しぶりに帰り、確信した。
日本は病んでいる。
ゆっくりとゆっくりと破滅へ向かっているならまだしも、
急速に破滅へ向かっている。
その上、表面上の時間はゆっくりと流れている。
たぶん、将来、日本に残るのは頭の悪い人と怠け者だけだと思う。
そうならないためにも、自分の道をしっかりと見つめ、真っ直ぐに歩かなくてはいけないと思う。

uematsu

投稿者 hospital : 2006年07月29日 15:53