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2007年08月20日

こんばんはの素

友人に小島という男性がいる。

人生が長くなってくるとそれなりに人は分別を身につける。
それでは昆虫はどうだろうか。
たとえば蝉。
一心不乱に7年間土の中で飛び立つその日を待ち続ける。
1週間という短い命の炎を蝉は精一杯燃やすためだけに、土の中で永い眠りをすごすのだ。

さて、話を小島に戻そう。
彼は失踪した。
現在ラオスにいるという。
私のラオスについての知識は浅い。
世界文化遺産という名前が似つかわしいようなラオス。
そこに小島は行っているという。
なにも僕はここで小島のことを批判しようというわけではない。
ただ、ひとつだけいえることは、自分の位置感覚を見極めようと思えば、まず回りにいる友人を見渡してみればいいことなのである。
否、そんなことを書きたいのではない。
私が今夜ここに書き記したかったことはそんなことではないはずだ。
小島が失踪したということについて語るタイミングなのだ。

先日美容室で18歳という世代のことについて語りあった。
18歳。
あのころは自分をとにかく表現したかった時代。
自分が生まれてきた意味。
そして、色。
それは髪型に。
服装に。思想に、けれど、その思想を構成する知識があまりにも浅薄だったから、だから精一杯とんがって、ぶつかって。

小島は29歳。
鉛筆で言えば精一杯削ってその先端が限りなく0にならんかというところまで気持ちよくとんがったまるで芸術作品のように満足のいく削りのあとに、とんがりが折れてしまわないように「男、二十八」とメモを書いたときに先端まるみを帯びてしまったような。
鉛筆。

それにしても、生きている時間が増えれば増えるほど、それだけに良きにつけ悪きにつけ人は厚みを帯びていく。成長するごとに、年長者の深みを知るにいたって驚かされる。

熱帯夜に僕は小島について思うのだ。

あまり深く考えないようにしたほうがよさそうだ。

miyamoto

投稿者 hospital : 21:47