2008年06月25日

みやもとだ

グリーンの存在を忘れるところだった。
最近のみやもとは大変絶好調である。
先日高校時代の友人だった通称”じいちゃん”の結婚式に出席した。
彼とは高校時代、非常に薄い関係だったのだが、共通の友人が薄い関係を卒業後続けていたので、「結婚式には絶対に呼んでよね」という社交辞令が現実のものとなってしまった。

この歳になると(40代半ば)思うことがある。
「結婚式とは同窓会である」
最初の2~3回までは新鮮味を十分に味わえるのだが、4回目から確実に新鮮味が薄れ、5回目からはなんだかやけに楽しい飲み会となり、もう今回などは完全に同窓会だった。
高校時代をともに歩んだめんめんに感じていた当時の感覚を今さらながら思い出して、人それぞれが人それぞれに感じたいろいろな喜怒哀楽がそのまま形となった、今のめんめんを見ていると、人間のことが本当にいとおしく感じてくるから不思議だ。

それはそうと、忙しすぎるのはいまいちよくないことだから、みんな気をつけよう。
僕は最近充実しています。
その中でもきちんと感動をしています。
みんながんばれば本当にいいと思う。

最近の私の評判は「はらぐろい」です。
どうにかならないものかと思います。

みやもと

投稿者 hospital : 23:27

2007年10月03日

疲労コンパネ

疲労とは不思議なものである。

私、今現在29歳。
仕事にも油が乗ってきて、これから10年間はK-1の魔裟斗選手と同じくらい力強く仕事ができるとはずですが、ただひとつだけこんな私にも悩みがある。
よく疲れるのだ。
よく疲れる魔裟斗もないだろう、とは自分でも思うのだが、事実そうなのだから、しかたがない。
夜9時を過ぎると、目が充血しはじめる。
頭がぼーっとしてきて、倦怠感というやつがあらわれる。
夜になるととても「さあて、今からハーフマラソンを完走して、シャワーを浴びてから、読書に食事だ!」という気分になれないのである。
いつごろからだろう。歳をとったなあとしみじみ思ってしまう。
25から30までというやつは、ある意味異常な時期だと思われる。
私、いつも、仕事にまじめに、仕事に一生懸命にやっているのですが、この5年間ろくに暇な時間をとれないのである。
朝起きてとても「よーし、今日は昼くらいまでぐだぐだして、それから近所の漫画喫茶で20巻くらいの長編を2~3セットしてから、吉牛たべて、深夜に家でDVDをみるぞ」と決意していたのに、ついつい夜まで寝てしまってワインを飲んで深夜インターネットにはまってしまう。という生活にずいぶんご無沙汰である。

私の本質はその辺にあるのではないか。
このところ、一生懸命すぎる。
もっとゆとりをもとう。

せっかく遠方から友人が帰ってきたというのに、僕ときたら優雅にゆとりをもって、迎えてあげることができないのだから。
すこし反省をしたのだった。
ただ、まだまだゆとりなんてことばは使ってはいけないのかもしれない。

どちらにせ、このところの僕は疲労コンパネなのである。

miyamoto

投稿者 hospital : 23:22

2007年09月16日

私の女性の好みについて

私の女性の好みについては皆さんとっても興味を持っているだろうから、今日は腕をふるって書いていきたいと思います。
まずはじめに大前提として、女性は本当にいいものだと思う。女性ってE!!

私の好きな女性は2種類だ。
臆面もなくこれから女性について、そして女性に対していかほどに熱意を持って向き合っているか書き進めていこうと思っているので、気分が悪くなった人がいたら、ブラウザーを閉じたらいいだろう。それほどに自分でも恥ずかしいことを書きます。

まず、1種類目の好きな女性にていて
「つんつん系」
今書き始めていて思うことはこれをシリーズ化したらどうかということだ。
それにもうひとつ思うことは「ついて」と書こうとして「ていて」と書いてしまうほど私のタイピングする指は浮き足立っているということ。指なのに。
私は2種類の女性が好きだと書いたが、細分化していけば2種類はおろか倍倍に数を増やすことができる。
楽しみは多いほうがいいものだし、女性というのはちょっとやそっとで書きつくせるほど単純なものではないからだ。
話を元に戻そう。
「つんつん系」について書いていかなくてはならない。
最近「つんでれ」という言葉があるようだ。
私も現役を離れて久しいので、つんでれと最初きいたときはツンドラ気候の仲間くらいに思っていたが、その真相を聞いたとき私は思った。
「やっと時代は私に追いついてきたか」と。
つんでれの登場に日本は直面しているということだった。
つんつん系には昔から私は弱いのだ。

今日は日曜日で、少し時間が空いたのでこういったことを書いてみたいと切に願ったのだったが、これから美容院にいかなくてはならないので、この辺にしておこうと思う。
美容院にも女性はいる。
彼女に髪の毛を洗ってもらうのが好きだ。
これからも女性について一生懸命研究していこうと思う。
みなさん、これからもよろしく。

miyamoto

投稿者 hospital : 15:42

2007年08月20日

こんばんはの素

友人に小島という男性がいる。

人生が長くなってくるとそれなりに人は分別を身につける。
それでは昆虫はどうだろうか。
たとえば蝉。
一心不乱に7年間土の中で飛び立つその日を待ち続ける。
1週間という短い命の炎を蝉は精一杯燃やすためだけに、土の中で永い眠りをすごすのだ。

さて、話を小島に戻そう。
彼は失踪した。
現在ラオスにいるという。
私のラオスについての知識は浅い。
世界文化遺産という名前が似つかわしいようなラオス。
そこに小島は行っているという。
なにも僕はここで小島のことを批判しようというわけではない。
ただ、ひとつだけいえることは、自分の位置感覚を見極めようと思えば、まず回りにいる友人を見渡してみればいいことなのである。
否、そんなことを書きたいのではない。
私が今夜ここに書き記したかったことはそんなことではないはずだ。
小島が失踪したということについて語るタイミングなのだ。

先日美容室で18歳という世代のことについて語りあった。
18歳。
あのころは自分をとにかく表現したかった時代。
自分が生まれてきた意味。
そして、色。
それは髪型に。
服装に。思想に、けれど、その思想を構成する知識があまりにも浅薄だったから、だから精一杯とんがって、ぶつかって。

小島は29歳。
鉛筆で言えば精一杯削ってその先端が限りなく0にならんかというところまで気持ちよくとんがったまるで芸術作品のように満足のいく削りのあとに、とんがりが折れてしまわないように「男、二十八」とメモを書いたときに先端まるみを帯びてしまったような。
鉛筆。

それにしても、生きている時間が増えれば増えるほど、それだけに良きにつけ悪きにつけ人は厚みを帯びていく。成長するごとに、年長者の深みを知るにいたって驚かされる。

熱帯夜に僕は小島について思うのだ。

あまり深く考えないようにしたほうがよさそうだ。

miyamoto

投稿者 hospital : 21:47

2006年04月22日

一意専心

大阪へ行ってきました。
山田花子と二人で大阪へ行って来た。
しばらく大阪に帰ってない、ということだったので、連れて帰ったのだ。

USJに行って見た。
ジュラシックパーク、バックトゥーザフューチャー、バックドラフトなどを見物した。
ジュラシックパークはとてもくだらない。ビルとかが見えるのがかなり残念。最後はスプラッシュマウンテンのように終わる。とてもくだらなくて面白かった。
バックトゥーザフューチャー。ああいった手合いのものには始めて乗ったのでとても楽しかったのだが、一緒にのった山田花子が「これ系は結構多いよ。ディズニーにもあるし」ということだったので、特に新しいものでもないらしい。
バックドラフト。前置きが長すぎた。とにかく燃え盛る炎でみんなを驚かせるというそうゆう趣向のものであった。確かにビックリしたが前置きが長すぎた。回転率上げろと思う。

ところで最近私が結婚したという噂がまことしやかに市中に流れているようだ。
断っておくが、まったくのデマである。
宮本が結婚をするはずがない。
それでも市場は敏感に反応して為替は115円台にトライしている。
トヨタ軍団にも陰りが見え始めたようだ。
永遠のチェリーボーイ。みんなのミヤム。それが特定の女性のものになるわけないじゃないかと言いたい。
そう。私は自尊心の塊なのだ。

植松君の文章を読んでいて思ったが、何故私はディーゼルが好きなのか。
答えは単純である。
高校生の時に今は無きパイドパイパー(ア・ニュー・ショップ)で通販で買った靴がたまたまディーゼルであり、それ以来「高校のころからディーゼルを愛していた」というのを一つのステータス、いや、ほぼスタンスにしているからである。
それ以来なんの根拠も無く「一番好きな服はディーゼルだ」と豪語している。
しかもたちの悪いことに、「そんな自分は最先端だ」と考えている。
なにが最先端なのであろうか。
昔から勘違いが多いが、勘違いでも思い切っているので、よいということにしておこう。

今週は殆ど落ち着くことが無かった。
あちらこちらに奔走していた。
ビジネスホテルというものは、あまり私の好みではない。

ビジネスホテルと無駄に長すぎる文章は好きではないので、この辺にしておこう。
とにかく今日バスの中でつくづく思ったが、なにも変わっていない。
物事は徐々に素晴らしい方向へ向かって歩いている。
健康に気をつけてみんなで生きて行きましょう。

miyamoto

投稿者 hospital : 19:44

2006年04月05日

イタリアでいいじゃないか

イタリアに行って来た。
もちろん欧州のイタリアである。
たまに気が向いたときに寄るクラブで何故だか毎回指名する女に、気まぐれに「イタリアへ行かないか?」と尋ねたところ、本当に行くことになってしまった。
最初は冗談みたいな展開に自分でも驚いたものの、意図しない場所へ意図せず旅行するというのは、けっこうはまれば面白いものじゃないだろうかと、直前には本当に楽しみになってしまい、女からの「いよいよ明後日だね♪」というメールに盛り上がったりしたものだ。

「おいおい、そんなスーツケース旅先で買えばいいんだよ」

高校を卒業してすぐに家計の助けにと携帯ショップでアルバイトしている彼女は、これまで旅行などもちろんいったことはなく旅行慣れしないその姿はとても愛らしかった。
素直ににこにこと笑いながら
「だって心配だったんだもん」
とはにかむ。
いい女だ。

搭乗時間が迫るに連れて徐々に言葉すくなになっていく様子を見ていると、飛行機が怖いのだなと知れて冷やかしてやった。
ふと、まじめな顔をしたかとおもうと
「ほんと嘘みたい。ありがとう」
と改めて礼を言われたので、なんだか本当によいことをしたような気がした。

イタリアまではヒースロー空港を経由してミラノの空港へと都合14時間の旅だった。
機内食などには飽いていて、手をつけようとしないのを不思議そうに、どうして食べないのか?というような瞳でこちらをうかがっている。
目の端に写る彼女が滑稽で、ふいに噴出してしまった。
さらに怪訝そうにこちらをみているのだから、大声を出して笑いそうになってこらえ、「わかったわかった、そんな目でこっちをみるなよ」と髪を撫でてやった。

ミラノはイタリア屈指の商業都市であり、地中海性気候を反映してか比較的おおらかな人間の多いイタリアの中にあってここだけは特殊だ。
その仕事に対する真摯な姿は日本であれば賞賛されるべきものだが、イタリアの中では揶揄の的となっているようだ。
俗に言う南北問題はイタリアにおいて深刻であり、比較的ミラノなどは富裕層が多い。そのため街を行く人々の姿は随分と優雅なものであるのだが、すりやひったくりの類はそれでも多いという点では同じイタリアだと、旅行前に仕入れた知識は早々に役に立つ。
というのも、彼女がうきうきと無防備に歩いているところに近づいてきた肌の浅黒い男
from japan?tokyo?osaka?
などと近づいてきて、彼女の右手になんだか鮮やかにデザインされている腕輪をつけようとしている。
純情な彼女のことだから
No from shizuoka famous for Mt Fuji
などと応じている間に腕輪は装着されていく。

これは典型的な詐欺の類だと知っていた。
というのも、無断でつけたその腕輪の対価を要求しようとするものであるからだ。
大抵法外な金額を要求してきて、当惑した日本人はその額を払ってしまう。

No! No!(やめろ!)
No. for free(いやいや、ちがうんだよ。無料さ)
No! thank you(うそつけ!お見通しさ!)

おろおろするだけで一部始終の傍観者だった彼女は男を追い払ったあとようやく状況を認識したようで、「ごめんなさい」としょんぼりうなだれた。
なにも言わずに抱き寄せてやった。
世間ずれしていないくせに水商売なんかに足を踏み入れてしまった彼女のことを、僕は放っておけなかったのかもしれない。
いくと必ず、これといった理由もなく彼女を指名するその理由を、イタリアで知ったのだった。

ここまで書いてきてなんだが、やっぱり面倒になったので普通に書く。
イタリア。
すっごかったよ♪
パスタ食べてナツーロアズーロというイタリアビールを飲んでパスタ食べてワイン飲んでパスタたべて、という生活を過ごしました。
毎日歩きまくりました。
ピサの斜塔とか登れるなんて知らなくって、こらこら、倒れちゃうよぉぉぉ、とか想いながら「でも倒れるわけないか♪」と浮かれまくっておりました。
すりはいねえがああああ、と目をぎらぎらさせて街中を歩きました。

コーヒー超苦い!
エスプレッソといってね。ちっちゃいカップにちょぉ~っとしかこーピーいれてくれないんだけどぉ。
すっごぉい苦いんだけどぉ。


激ばまり!


もちろん食後のたしなみなわけだけど、コーヒー紅茶のほかにイタリアの習慣としては「グラッパ」というアルコール度数40度のお酒を飲むというものがある。
顔が熱くなっちゃいましたよぉ~。
でも幸せでちた。

はい。もちろんロミオとジュリエットの舞台となったヴェローナ。いってきましたよぉ。
はい。ジュリエットの像がありましてねえ。その胸を触ると幸せになれるということでしたので、がっちり触ってまいりました。

なんといっても圧巻なのはヴェネツィア(ベニス)でございます。
ベニスの街並み。
移動手段はボートか徒歩だけという、水の中に没してしまった街なのです。
一度見てみてください。
あれ、かんぺきディズニーシーのパクリです。
ウォルトディズニーにばれたら完全に訴えられるね。だって、ほら、ディズニー完璧ライオンキングの訴訟問題でへそ曲げてるし訴訟できる相手さがしてっから。
ヴェネツィア危うし!!!
この事実はHOSPITAL読者のみんなの胸の中だけにしまっておくようにっ。みんなでヴェネツィアを守ろう!

はぁ~。
日本にいるみんなのことを本当に愚か者ばかりだなあって思ったよ。うん。これバッチグーでまじ。

みんな。
まじめなはなし。
ダヴィンチ偉大だよ。

おまえら~。
ダヴィンチをみよ(ちなみにミヨは母の名前なのです)
ダヴィンチの受胎告知の実物を見てきたわけなのですが。
かなり感動をしました。
あれはすごい。


っというわけで、イタリア行ってまいりました。
今回は海外というのにuematsu君もyujing君もいませんでした、それなりに楽しめました。
日本に戻った瞬間に大変なことになっており、一気に現実に戻されたわけですが、みなさんのおかげさまで最高の新婚旅行となりました。
今後ともよろぴく。

miyamoto

投稿者 hospital : 23:45

2006年01月30日

なんだか懐かしい

外で波の音が聞こえる。
海というのはどこへでもつながっている。
だから懐かしく感じるのだろうか。

ところで、前髪がきちんと一直線にまゆ毛の上に載っている。
これはいけない。
仕事でまじめな話をしている時に、ふと自分の髪型を思い出すと、「いかん」と思う。
こんなそのへんの小学生にコケにされそうな髪型ではいかん。
そして、忙しくてなかなか美容室にいけないことが僕の顔をますます変質者にしていく。
小学校低学年のお子さんをお持ちの親は、きっと僕にご子息を近づけないことだろう。
キモいと言う言葉に僕はとても敏感である。

そんなことは、よい。
なんだか懐かしいのだ。
なにが懐かしいのだろう。
波の音か?それとも、この深夜の時間帯にいろいろと仕事以外のことに思いを馳せていることだろうか?

飛行機が好きだ。
上空に達して、目もくらむ明るさの窓の外を眺め、眼下に雲が広がり、まるで天国のような景色が好きだ。
あの明るい雲の上に誰か乗っていても不思議じゃない。
誰が乗ってたら不思議だろうか。
死んだおばあちゃんが乗っていたら、うお、と思うかもしれない。
彼女のつくるコーヒーには規則性がなかった。
昔から僕は変態といわれている。

変態って、なに?
それなら、よく僕は変態をみかける。
だいぶまえになるけれど、海岸線でマリンスポーツに興じていた時に、砂浜で全裸になっている40手前くらいの女性に遭遇した。
これはこわい。

その海岸は、やけになにかが起こる海岸で、モハマド君に会った事もある。

海ってなんで懐かしいのだろう。
海岸にはいろいろとわけの分からないものが落ちている。
どこから流れてきたものだろう。
意味のわからないものが時たま落ちている。

波の音はなぜか僕を切なくさせる。

miyamoto

投稿者 hospital : 02:33

2005年12月29日

師走である

少々疲れている。
まあ、私ほどになると師走ともなればものすごく忙しいわけである。
先ほど自分でも血迷っているなあと思った。
「師走って1000回言ってごらんよ♪途中から『幸せ』に聞こえるようになるよ♪」
というセンテンスが頭から離れなくなってしまい、それがリピートしつづけたのだ。
血迷ってるなあ、と思った。

強迫観念というやつがあるが、それに近いものなのか。
最近ズームイン朝を毎朝見ているのだけれど、あの音楽がふと気づくと頭の中で流れている。
最近はそれほどでもないが、僕にはよくそうゆうことがあるかもしれない。
なんだか、心地よいのかもしれないが、気づくとすごく気持ちが悪い。

今、疲れている。
2005年の暮れに来て、大変疲れている。
今年はたいそう飛躍の年であった。

日本にいるみんなは知ってると思うけど、とにかくものすごい事件が目白押しであった。
関係ないけど、押尾学と目白押しって、親戚関係にあるんじゃないかって、疑わしい。
まず、度肝を抜かれたのは、あの静岡県伊豆の国市(僕在住)の進学校女子高生が、自分の母親に毒を盛り続けていたという例の事件である。
あれには驚かされた。
何を隠そう、僕の後輩と言うのであるから。
しかも、とっても近所だというのだ。
ひょっとしたら、すれ違ったことがあるかもしれない。

かなりものすごいぞ!と興奮していたのだが、あの事件以来、更に度肝を抜かされる事件が連発してしまったので、すぐにあのセンセーショナルな興奮はうせてしまった。
すぐ後をおって勃発したのが町田女子高生殺害事件である。
あれもすごかった。
恋人でもなんでもない同級生の女の子の家にあがりこみ、逃げる彼女を捕まえて、刃物で50数箇所めったざし。
現場はものすごいことになっていたはずである。
近隣に鈍い音が響き渡っていたらしい。
最近の高校生には度肝を抜かされる。

これだけではない(なんだか年末の一年を振り返る番組のようになってきたが、そのつもりで読んでほしいとせつに願う)。
その後、小1女児誘拐殺人事件。
一本目は広島、二本目が今市市。

立て続けに女子小学生が誘拐され、殺されてしまったのである。
しかもうち一件は外人さんの手による犯行であった。

日本国はどうなってしまったのか?!

びっくりマークとはてなマーク。みんなはどっちを先につける!?


疲れているようだ。
年末、かならず同じことを言っているような気がする。
僕が疲れているから、いったいなんだと言うのだろうか。
きっとなんでもないことなのだ。
だったら言うな!!!!
それでも言いたくなるときってある。

こうゆう疲れているときにはきっとろくでもないことを書いてしまうのだろう。
これから出かけなくてはならない。
富士市にでかけるつもりだ。
その後、六本木に行く予定だ。
明日とあさってで今年も終わってしまう。
来年は戌年だそうだ。
今年は酉年だけに飛躍したので、来年はせいぜい尻尾を振ろうかと思う。
否、尻尾を巻くというのも手かもしれない。
いずれにしても、犬とはろくでもないたとえが多いような気がしてならない。
こんなことを書くと、本当にそんな一年になってしまいそうなので、気をつけよう。

僕はすごい。

miyamoto

投稿者 hospital : 19:19

2005年12月24日

ウコンについて

今日は休日だというのに、出勤をしました。
私には休日ということばはございません。
それは、分かっていることなのですが、戦士もたまには疲れるわけです。
メランコリックになってしまうわけです。
メランコリックにウコンについて考えてみました。

本当にくだらなくて申し訳ない。
なんか、今日、とても清々しい気持ちなんです。
なぜでしょうか。
酒ごときに飲まれてはなりません。
スタイリッシュな日々を過ごすためには、酒に溺れてはいけないし、「いそがしい」などとは口が裂けても言ってはいけないものであることを、頭に彫刻刀で刻み込まなくてはいけないのだから。

僕にとってなにがスタイリッシュか?ということですが、まず、休日の夜はパスタを食べに行くことです。
そして、おなか一杯たべないことです。
しかし、一直線男宮本、なかなかスタイリッシュというのがよくのみこめないのであります。
日記を書くときも、真剣にキーをぶったたかずにはいられない。
今日はこんな日でした的なことを書くなんて、気合いがたりないじゃないか、とすぐに精神論に走ってしまういけない性質です。
ちゃらちゃらした物ををみてると、呼び出して皮肉ってやりたくなる性分なわけです。
テキスト系だ?ブログだ?ミクシだ?あ?
なわけです。
よくないですね。てへ。

さて、こんな男に生まれてしまったのだから、それはそれで受け止めなくてはならないのだけど、もう完全にスタイリッシュな生活とは無縁に生まれついてこれまで生きてきたわけだから、そういったおしゃれーなちゃらちゃらーなかんじを自分で実行するときは完全に自分の中でパロディとして実行しています。
「たまにはこんなんもいっか」
みたいに、イベント的に、それはまるでしゃぶしゃぶをするときに「せっかくだからこれも買おう、あれも買おう」というような、なんというか、よそ行きになってしまう。
こうゆうのを不器用というのだろうか。
自分がそうでない人間だからと言って、一生懸命ちゃらちゃらーなかんじを装っている人を馬鹿にしてはいけない。
これまで僕に皮肉られてきた人たちごめんなさい。
これからは、あなたのことも認めます。

話がだいぶそれてしまいました。
ウコンについてです。
今日会社でたまたまウコンの話題になりました。
前々からウコンって聞いたり読んだりすると、どきどきしていたので、そのことを言うと、「ああ、わたしもその経験ある」と四十がらみのMさんが賛同してくれました。
曰く、とある田舎道で「ウコンの里」という看板をみかけたとき、「ウンコの里」と読み間違えて、ずっとそのことについて考えていた。
鳥の糞とかそうゆう美容についてのテーマパークか。それとも、馬糞とか、農業関連に従事する人たち御用達のスポットなのだろうか。それとも、ズバリウンコについて、科学的に検証しているプロジェクトチームの保養所があるのだろうか。
想像はつきません。
その話題で30分くらい馬鹿笑いして、過ごしていました。

忘年会シーズン、ウコンには二日酔いになりにくい成分が含まれているので、折に触れて私はコンビニでウンコを購入して飲むようにしています。
ウンコを飲んだ夜とそうでない夜は翌日のウンコが全然違います。
ごめん。すごく汚いですね。

こうやって、軽口を叩くがごとく、何でもないことを日記として載せるのって、みんなはどう思いますか?
僕にはかなり抵抗があります。
このことについて、みなさんご自分の頭の中だけで考えてみてください。
結論がでたとしても、ご自分の心の中だけにしまっておいてください。
僕は僕の生き方をつづけます。

miyamoto

投稿者 hospital : 00:57

2005年12月20日

性分

植松君のいう一途な友人というのは、僕のことである。
少し照れくさいが、言われて気づくものである。

その美容室のことだが、毎度髪の毛を切った後、さっぱりしすぎた自分の顔を見てまず思うことは「このばばあ殺したい」である。
おい、その眉毛、ありえなくない?
「眉毛そるね」
と善意の気持ちから彼女は切り出す。
僕はいつも切実に断りたく思うのだけど、「この人善意だわ」と思うと、阻めない何かがある。
善意を阻んではいけない。
だからこそ、善人はたちが悪いともいえるのだが。

結果ソリッド感溢れる眉毛なのである。
小学生が削りすぎた鉛筆みたいな眉毛なのである。
しかも、使い込んで削りこんだ、超短い鉛筆みたいな眉毛だ。

そして、あり得ない髪型がオンザ眉毛に出現する。
「私、こんなに不細工でしたっけ?」
と聞きたくなるような顔だ。
「はい」
鏡がそう、答える。

自信満々の美容師の先生が、僕の背後にいるし、自信満々で会計へと進もうとするので、僕は彼女の言い値を払うのだ。
レジスターを起動させない場合がやけに多い。
「脱税じゃん」
心の底から叫びたい。
「怪しいじゃん。このばばあ」
そう思うわけだ。

「息子がストレートで慶応にはいって・・・」

彼女に息子の影がない。
明らかに母子のみ。
ちょきちょきちょき・・・
はさみの音とともに語られる彼女の人生。
それが、私を惹きつけてはなさないのか。

あり得ない顔のまま生活をすごす。
3ヶ月くらいすると、やっとみられた顔になるのだが、ちょっと前髪が目にはいってくるようなかんじになるので(そもそもバランス感覚に乏しい髪型になってしまうのだ、やけに襟足がながくなったりするのだ)その時にはばっさり自分で自分の前髪を、よっぱらった勢いで切るのである。
一直線がオンザ眉毛に出現する。

今も、その髪型である。
「ばつげーむ?」
親しい友人に、そう問われたこともある。
「けっこう好評なんだよ」
もっとも親しい友人にそう嘘をついたこともある。
彼はその嘘を見抜いただろうか。

思えば、10年間、その繰り返しのような気がする。

一言で言えば腐れ縁。
昔から、僕は、なかなか動かない人間のような気がする。
変化が嫌いなのだろうか?
中華料理、麺龍に通い始めたら、そこばかりだった。
まーぼーとは今もつきあいがある。
まったく謎な男である。
「韓国政府からお呼びがかかっているのだが、ずっと逃げ続けている、けれどもいつか韓国にいかなくてはならない、年収は8000万くらいだけど、やだ」
まったく、よく分からない男なのである。

miyamoto

投稿者 hospital : 22:55

2005年10月14日

百万ドルの喧噪の中で

こんにちは。
ハードな一日が終わりました。
仕事は楽しいけれど、毎日懸命に頑張っていると、ふと疲れる時ってありますよね。
手帳を眺めながら、いろいろ考えていると、少しだけ愚痴っぽくなってしまうときがあります。

ところでおまえ達は本当の友情を知っていますか?
僕は知っている。
本当の友情ってのを今からおまえ達に教えましょう。

否。
気が変わりました。
どうせおまえ達は理解をしないからです。
悲しいことです。

先週の日曜日に香港に行って来ました。
もう、なんかすごい近くに感じる香港です。

あなた。

そこのあなたです。
間抜けづらでPCを眺めているそこのあなた。
これまでの、その空虚な人生で、空虚にPCの前で費やした時間を全部たすと、一体どれほどの仕事ができることでしょう。
香港にしたところで、何十回となくいけるはずです。
私(僕ではなく)の場合はきっと150~160回くらい香港にいけそうです。

話がそれました。
あなた。
ふと知らぬ間に、無駄に5時間くらい過ごしてしまったことがあるのではないでしょうか。
ならば、悔恨して今度からは香港にいきたまえ。
海を越え、香港へいきたまえ。
5時間しか寝ていないそこのあなた。
いっそのことその5時間を香港に使ったらどうか。

あなたよ。

今あなたが努力していることは決して報われません。
報われると思ったら大間違いです。
私に言わせれば「報われるってなに?」ってことなのです。

自分、そして日々接する人たちが明るく楽しくなるためには、今、なにをすべきかを真剣に考え、実行に移し、反省もし、未来にわたって努力し続けること。
その道の途中で、まったく違った真理に突き当たるかもしれません。
いつも素直に、まっすぐに、おごらずたかぶらず、真摯に。
信じた道を突き進もう。

うんこってあるだろうよ。

香港について何も書いていないじゃないか。
自分で行って自分の目で確かめなさい。
私の日記に頼るのは止めなさい。

仕事が楽しい。
それがすべてだ。

miyamoto

投稿者 hospital : 22:45

2005年10月07日

気分転換にグリーンをしよう

みやむでーーす。
声に出して読みたい日本語みやむでーす。

ワタクチ最近少し自己嫌悪に陥っている。
自己嫌悪に陥っている人の日記を読みたいと思ったので、みんなのためにアタクチかなり無理して日記を書くのである。

みなさん知ってのとおり、ぽっくんは酒が大好きである。
先日ライオンキングなるミュージカルを観劇に浜松町へでかけた。
みたことがある人は知っている。
ライオンキングはすばらしい。
その後に浅草へ向かい、目に付いた居酒屋に入った。
そこで、浅草名物(?)電気ブランを飲んだ。
35度のお酒で、妙に甘くてぐいぐいいけた。
そして、ビールを3本あけて、焼酎のグレープフルーツ割りという、ものすごく濃い水割りを飲んだ。

これが序章であり、この後目を覆いたくなるような量を「どぜう料理」を出すお店で飲んだ。

帰りの新幹線でぽっくんは完全に気を失い、ひどい酩酊の形跡といえば、ジーパンに飛び散っている「おげろ」が乾いて固形物になったもの。

母に駅まで迎えにきてもらったのだが、
駅のベンチでバッグを枕に寝ていたそうだ。
声をかけてもなかなかおきず、ようやっとおきた僕は、駅前ロータリーの植え込みの植物(ゆり等)を一生懸命草むしりしたのだそうだ。
信じられない。

酒癖が悪いのはあまり歓迎できない。
カラムのは最近やめている。
絡み酒というものの真に醜い様子は痛いほどよく理解しているからだ。

なんだろうか、あの酒というやつの魔力は。
NYCでもやってしまった。
おかげで飛行機に乗り遅れたし。

ビール一杯の充足感を放棄してまで僕はなぜあの大量のアルコールを体に流し込もうとするのか。
なにか先祖の悪いのろいが今になって僕に害を及ぼしているのだろうか。
遠いおじいさんおばあさんは、ひょっとしたら人をあやめているのかもしれない。
あやめた理由はアルコールなのかもしれない。

ひょうきんな飲酒を心がけたいものですね。
香港の夜景を楽しみながら、僕はゆっくりと飲酒を楽しみたいと思っています。
日曜日、香港に出発します。
帰ってきたら、また報告するぞ。

miyamoto

投稿者 hospital : 19:44

2005年09月07日

大きいりんごの中で

非常に頭にきてるでやんすよ。

帰りの飛行機に乗り遅れたでやんす。
マンハッタンにもう一日長くいることができて光栄でございます。


忘れないうちにマンハッタンであったことを書き留めておこう。
もちろん自分のために。
素敵な思い出たちがかき消されてしまわないうちに、ここに書いておこうと思うんだ。


9月2日に僕はニューアーク空港に着いた。
現地での案内をさせるためにあらかじめ依頼しておいた現地の日本人がプラカードを首からさげて待っていた。
何もかもはじめてだからと念には念を入れて頼んだ案内役のために僕は日本で購入した梨を持っていったのに、検疫でひっかかってしまって彼に渡すことができなかった。
笑顔で迎えてくれた彼に「すまない。梨を持ってきたんだが・・・」と言うと、「土産は梨のつぶてでやんすね」とくだらないジョークを飛ばしたので、入国早々不愉快な気持ちになる羽目になった。
その口をふさいでおくようにという意味合いも込めて当座の経費である100ドルを彼に渡すと「いい仕事させてもらいまっせ」と張り切った。

彼の名はyujingというらしく、少し斜視で、どもりがひどく、自分の顔にコンプレックスがあるということだった。


初日に案内されたのはコリアンレストラン。
コリアンタウンの中にあるそのレストランにはyujingの仲間たちがいた。
リョウコ、アヤ、シンイチロウ、マーヤン。
みな気のいい人たちで、不慣れな旅行者にとても親切だった。
談笑しながら”OB”という韓国ビールを数え切れないほどあけた。

その中のリョウコという娘が僕のことをひどく気に入ったらしくニューヨークを案内させてくれと言い出した。
どうしていいのかわからなかったのでyujingのほうを見ると、お腹がいたくてしようがないみたいな顔をしていたから、「腹が痛むのか?」とたずねると、「いや、笑っているんだよ」不機嫌そうに答えた。
よくわからない日本人だ。

その後リョウコにつれられてブルックリンに出かけた。
仲間が何人かでパーティーを開いているようで、それに招待されたのだ。
アパートメントの屋上で若者たちがアルコールに興じていた。
そこからはマンハッタンの夜景が一望でき、アメリカに着いたのだなという実感が効き始めたアルコールの作用と一緒に沸いてきた。

”mitsuya,mitsuya"

いつの間にか寝てしまっていた。
ホテルに泊まるはずだったのに、yujingのアパートのソファで寝入っていた。

彼の奥さんは不倫して蒸発してしまったそうだ。
片目がひどく充血している肌の黒い少年が彼の息子だそうで、こちらから声をかけてもぶっきらぼうに返事すらない。
「気を悪くしないでくれ。耳が聞こえないんだ」
とyujingはすまなそうに僕に謝った。

「これからチャイナタウンに行ってショウロンポウを食べよう」

彼の言うままにサブウェイでカナルストリートへでかけた。
NYCの二日目がチャイナタウンの雑踏とともに始まった。
入ったチャイニーズレストランはPM2:00だというのにひどく混んでいる。
NYCの空気は悪く、その所為でいがらっぽくなっていた僕の喉に”チンタオ”を気持ちよく流し込んだ。
yujingのお勧めだというショウロンポウはひどく美味い。
皮を破ってその穴からスープをすする。
その後でほおばるあつあつのそれは僕に安心感と満腹感を同時に与えてくれた。

「息子に買っていっていいか?」
「もちろんさ」

するとyujingはまた腹が痛くてしようがないような顔になったので、嬉しいんだなということが推測できた。

その後北へ向かって方々を散歩した。
百貨店のようなところで、日本で待っている仲間たちのために手ごろなTシャツでもないかと物色したりしてすごした。
holiday inn に入ってお茶をした。
とにかくいろんな人種がいるのがとても不思議なような気がした。
その日の夜はインド料理。
この際全てのビールを飲みつくしてやれということで、”タージマハル”を2本注文して、カレーと一緒に流し込んだ。
その後カフェに入ってワインを注文した。
ゲイが何名か隣の席で談笑していた。
yujingのトイレがとても長くて、戻ってきてからむずむずとすわり心地が悪いようなしぐさをするので、心配になって声を掛けたが、答えは無い。

3日目はベトナム料理で腹ごしらえしたあと僕らはセントラルパークを歩いた。
上野公園みたいだった。

なんだかこの文体を続けるのが疲れてきたので、普通に書く。
その日はぶっちゃけ洋物ポルノを捜し歩いた一日だった。
仕事で付き合いのある人から「アンバー・スミスの”RAW"」を買ってきてくれといわれたからなのだが、あるわあるわ、すごいっすわ、NYCの洋ピン事情。
夜にタイムズスクエア(これがまたすごい街)で一軒一軒エロDVD屋をしらみつぶしに散策したんだけど、まあ、なんていうんでしょうか、なんでアメリカ人てSEXに恥じらいがないのだろうか。
「それ、スポーツですか?」
と聞きたくなるような派手なおっぴろげ方なのである。
「わお」
と言っているような顔をして全裸でポーズをとっている彼女たちをみているとなんだかげんなりしてしまった。

ブルックリンインダストリーというおしゃれ洋服屋さんで、たくさんTシャツ買ったから日本のみんなは楽しみに待っててね。
夜はタイ料理を食べながらシンハというルービー胃袋に流し込んだよ。

4日目はSOHOで買い物しまくったよ。
うん。2000ドルくらい使ったかな。
ディーゼルのジャケットとか、もちろんみんなへのTシャツも忘れないよ。
戻ったら僕、別人のようにお洒落になってるから驚かないでね。
限定70着という激やばのウィンドブレーカーをアディダスで買ったよ。
マッサージ受けたよ。
超きもちよかった。
ん超、きもぴよかった、んだぴょーん。
夜には"sushi"を食べたいと思ったので、NYCの寿司を食べました。
変わったネタばかり注文してすべて焼酎で流し込んだんだけど、ものすごく悪酔いしました。
飛行機に乗遅れた理由は、これどえーす。

すごく死にたいような気持ちどえーす。
木曜日の仕事の予定ぜんぶきゃんせるになっちった。
あーむかつく。
あー、超むかちく。むかちく大魔王なのであるぞよよよ。

はあ。
ほんと楽しかった。
今は日本に帰ってお茶漬けを食べたい気分である。

投稿者 hospital : 03:11

2005年08月21日

神様がくれた誕生日プレゼント

相変わらず蒸し暑い夏である。
台風11号が沖縄にきているのだそうだ。
台風が来るたびに思うことは、なにやら報道のされかたが海外のロックバンドが日本に上陸するかのようであるなあということだ。

僕はとても精神的に不安定でムラがある人間であるなあと思う。
というのは、今日はとてもセンティメンタルであるからだ。

明日僕は27歳になる。
27歳といえば50足せば62歳だから驚きじゃないか。
そうはいってもやはり感慨深いものがある。

先ほど死んでしまうんぢゃないかってくらい泳いだ。
最近はバタフライのほかにはまっているのが潜水したまま平泳ぎで25m泳ぎぬく、ということである。
なんだろうか、あの達成感は。
やったぞ!
こんな感じである。
それにしても頭にくるのが床すれすれをすべるように泳いでいるためたまに踏みつけられることがあるということがある。
なんだかあの踏まれたときの微妙な気持ちはいったいなんだ。
27歳の僕よ、今26歳の僕と明日は同じことを考えているの?
踏まれたとき、ちょっと微妙な気持ちになるのは、27歳の僕も一緒なの?
どうなの?
今日は2回踏みつけられたけど、27歳の僕は何回踏みつけられて何回微妙な気持ちになるの?
微妙ってごまかしているけど、本当は気持ちがいいの?
どうなの?

そうゆうわけで、体脂肪率が下がりました。
体重が2kg減りました。
鏡にうつる自分をみるにつけうっとりします。
α-リポ酸、効果絶大です。

僕、どうしたの?
なんでこんなに不安な気持ちなの?

誕生日の前日ってのは多かれ少なかれ、ちょっと不思議な気持ちに襲われます。
明るく楽しく元気よく生きてゆこうじゃないか。

miyamoto

投稿者 hospital : 19:54

2005年08月01日

忙しいってなんだっけ

「幸せってなんだっけ」
そんなことを歌にのせたコマーシャルが昔ありました。

8月が始まります。
音をたてて始まります。

擬音語というものがあるけれど、8月が始まるときの音は、きっと、『ひょおおおああああうるあああああああああどすこおおおおおおおおおおおおおおいどすこいどすこいどすこーーーい』なのではないか。

さて、「忙しくて毎日5時間しか寝てなくて・・・微妙です」という有名なことわざがある。
このことわざは社会人になりたての、なんか充実してますってのを表現することわざだが、僕も少しこの病気にとらわれ始めている。

8月。
普通なら青い空に青い海。
刺激的な恋。
灼熱の大地。
こんなかんじの言葉が思い浮かぶ。

yujing先生はNYに、uematsu君はシンセンにそれぞれいる。
NYは逃げる。
きっとこの夏が最後のチャンスなのではないかと思うのだ。
だから真剣にNYに行きたいと思っている。

ニューヨークに行きたい。
誰しも人生に一回は思うことではないだろうか。

8月は一日たりとて安心していられる時がないのだけれど、そんな月にこそNYCを訪れたいのだ。

まず、携帯電話を国際電話対応型に設定する必要がある。

NYで遊んでいる時、日本とは当然時差があるから、のべつまくなしにお客様から僕あてに電話がなるのだろう。

ヘロォなどとでてはいけない。
「お世話になっております」
と僕はアメリカの大地できちんといえるのだろうか。
それにしても、疑問なのが、通話料の問題である。
お客さんに高額の通話料を払わせていいのだろうかと言う問題である。

それらを僕は全て考えから捨てないと、きっとNY行きは実現しないのではないだろうかと考えているのである。

真の国際人とはそうゆうことなのだろうと思うし、思わないこともある。
ああ、人生が楽しい。

miyamoto

投稿者 hospital : 01:22

2005年07月10日

前向きに生きよう、白骨に行こう。

海抜1400メートル。
中央道、長野県は松本I.Cから車で1時間ほど。
いくつもの隧道や洞門を抜け、山奥の奥の奥に、その温泉場はある。

土曜日を利用して、僕は母を連れて、白骨温泉を訪れた。
日本5大秘湯として名高い、その温泉に行く道すがらに自生している白樺は、その「白骨」という不気味な情緒を一層醸し出す。
窓をあければ下界と異なるその外気が、旅情を涼やかに演出する。

あいにくの雨がその白骨の町並みをしっとりと彩っている。
町並みと言っても温泉宿が10棟程度、軒を並べるだけで、大手資本の入り込めない山奥まで来てしまったのだという情感を一層強める。
「えびすや」という老舗の旅館の玄関をくぐると無愛想なおやじが一人「いらっしゃいませ」と私たちを出迎える。
建物の木材に染みついた硫黄の臭いは、長年の温泉宿としての歴史を物語るものだろう。

旅の目的は、休息である。
3年間の歳月を私たち母子は裁判に費やした。
いつやむともしれぬその神経戦に、ただただ私たちは翻弄され傷つき疲れた。
裁判というのは一般にはなかなかなじみの無い物であるが、私たち母子の歴史は、裁判の歴史そのものといえる。
友人の何人かには、その苦労を聞いて貰ったこともあるが、やっとそれらの裁判が終焉を迎えたのだ。

疲れ切った。

まずは大浴場で旅塵を落とす。
白骨たる所以、白い温泉を楽しむのだ。
なめらかな白い湯が私の鍛え抜かれた肉体を優しく包み込む。
私の白い胸板と、白骨の白いお湯。

今、最も必要を感じるのは日焼けサロンに通うことである。
白骨温泉に来る際に、白と黒のコントラストに湯治客の目は奪われるのではないだろうかという空想であるが、この話題に関してはまた別の機会に触れたいと思う。

浴場には私以外に父子が一組いるだけだ。
父親はスキンヘッドで小説家の華村萬月に激似だった。
「いつも楽しみに読んでますっす。また、『笑う山崎』みたいな作品書いてくださいっす」
と声をかけようと思ったがためらわれた。
疲れていたのかもしれない。

夕飯を食べ、温泉の醍醐味マッサージをうけ終えると、闇に沈んだ露天風呂に再び私の白い肉体が浮かび上がった。

鍛えすぎた私が悪かったのかもしれない。
落ち着いて今考えればそう思う。
しかし、その時はあまりの衝撃に我を忘れてしまった。

外は雨のため、傘を頭に被った白い彫刻が浴場を通り過ぎ露天風呂へ出た。
その時若い男が一人髪の毛を洗浄しているのを見たが、私はガラスに映る自分の肉体に夢中だったため、さほど注意をそがれなかった。
うっとりしながら露天風呂に肩まで沈んだ。

確か、先ほど髪の毛を洗っていた若い男が露天風呂に入ってきたのを覚えている。
「どこからきたんですか?」
なんてありきたりな話題から始まったように覚えている。
白骨温泉が山奥にあり、その山奥だからこその情感がすばらしいなんてことについて、その男は添乗員をやっているということ、白骨温泉は以前ニュースで偽物温泉疑惑のため叩かれていたこと、私は母を連れて二人出来ていること、体を鍛えることがお互いの趣味であること・・・・、

話すごとに彼は近づいてくるのだった。
「ぴと」
こんな擬音語が非常に似つかわしく、彼の足先が私の足先に触れた。
さりげなくのびをするかのように、私は足を引っ込めた。
「さりげなさ」の銃弾が飛び交っているかのようだった。

さりげなく、私の隣に座り直す。
さりげなく、距離をあける。

まわりは真っ暗闇で、「くらいですねぇ」なんてさりげなくかたる。

さりげなく、誰も人がいないのだ。
さりげなく、ひとっこひとりいないのだ。

さりげなく、彼の足先が私の太股に触れる。
さりげなく、足を組んでそれを避ける。

「て、添乗員さんて、」
「はい?」

その間がもたなさに、とうとう絶えきれず口を開いた私は、

「添乗員さんて、優秀な人が多いんですよね」

なぜか、こびを売ったような一言を吐いていた。

「そんなことないっすよ、人それぞれですよぉー」

そして、ずずっと隣に座った。

「裁判も終わったことだし、まっいっか」

そんな軽やかな男だったらと思うこともある。

私は傘をはずし、雨の降ってくる真っ暗闇の空を見上げた。
晴れていて星が見えたとしたら、とても澄み切った空気だし、本当に本当に綺麗なんだろうな。
日本アルプス。
星に一番近い場所。
長く辛い時代は終わった。
私の肉体は、本当に美しい。
私の未来は輝いている。

miyamoto

投稿者 hospital : 20:53

2005年07月05日

日記とはこうあるべきだを考察する

「いやあ、生まれつき筋肉質なんですよ」

最近の口癖である。

いよいよ大変なことになっているのでここでは真剣に語っていきたいと思っている。

まず、考え方を変えた。
思い入れが深いと、それと反比例して結果がでる。
そうゆう経験則がいつの間にか僕の中でできている。
あまり気張ってしまうと大した結果がでないのである。

「よ~し」

こんな具合に気合いをいれてやって、そのことが上首尾に運んだ試しがない。

「よ~し」
である。
「~」
の時点で、駄目なのだ。
大切なのはさりげなさであり、かといって、「よ~し、さりげなくなるぞ」では、うまくいかないのだ。
必要なのは、「いつのまにか、こんなんなってました」くらいのいさぎよさなのだ。

「最近仕事が忙しくて5時間しか寝てないので、微妙です」

などといって、友人からの誘いを断るようでは駄目なのである。

たとえ2時間しか寝ていなくて、本当に苦しくて今にも死んでしまいそうでも。
「いくっす」
でいいじゃないか。
そうゆう人間的な幅を持つべきだと思うのだ。

結果、携帯電話が不通で、行かなくてもいいのだ。


話がそれた。

何も考えずにプールに行くことにしている。


プールというやつは不思議で仕方がない。
やせることしか考えていない有閑マダムか、健康のことばかり考えているちょっとあれな人か、
筋肉馬鹿しかいないのである。

友人に「異常だ」と僕は言われた。
最近仕事で知り合った人にも「異質」と言われた。
「血液型はAB」
というと、
「あ~」
という返事が返ってくる。


窮屈である。
腕と、胸の間、つまり脇が窮屈である。
鍛えすぎて窮屈なのだ。

最近は余裕を作ろうと思えば余裕を作れる。
けれど、余裕というのは不安というのと同意だ。
走り続けてしまう、悲しい人間である。

あまり深く考えず、頑張ろうと思う。

全然表題と関係の無いことを書いてしまった。

miyamoto

投稿者 hospital : 21:58

2005年06月29日

赤い疑惑

さて、赤い疑惑というドラマが昔にあった。
ももえちゃんが主役の女の子を演じていたドラマだったのだそうだが、僕には記憶がない。
何しろしょうわも1975年に発表されたというのだから、当然知る由もないのだ。

ここ3週間、現代のCASTが演じるリメイク版「赤い疑惑」がやっていた。
さっき最終回をみたのだけれど、久しぶりに泣いた。
まずあらすじからして泣けるので、是非読んでみて欲しい。


「あらすじ」

最近筋肉を鍛えることに僕は夢中だ。
なにせ毎日プールに通っているのだから。
今日だってバタフライを300メートル泳いだ。
300メートルというのは、1メートルの300個分だから、ものすごいことだと思う。
鏡に映る自分の肉体にほれぼれとしてしまうのは何も僕に限っての事ではないのだろう。
プールの脱衣所で友達になった人に聞いたのだけど、筋肉というのは一本の筋の集合体ではないというのが最新科学の見解なのだそうだ。
科学って素敵だ。


何かに夢中になるというのは良いことなのかもしれない。
夢中になっていれば余計なことも考えないし、気持ちもすがすがしくしていられるのかもしれない。
けれど考えた。
筋肉に夢中になっている人ってのはどうか、と。
筋肉に夢の中なのだ。
「筋肉に夢」
そんな焼酎が前にあったような気がする。
友達に「下北でしか売ってないんだよ!」とかいって買ってきて貰った記憶がある。
「牧場の夢」だったような気もする。
そうだとしたら、相当勘違いをしている。

元気を失ってはいけない。
今日「元気ですか?」と訊かれた。
「元気の中心です」
と答えた。


「赤い疑惑」
本当に泣けた。
主役の石原さとみちゃん。そして、恋人役を演じる石原竜也君。
本当に素敵な演技をしていた。
これらはシリーズものだそうで、「赤い運命」というのが今年の秋にリメークされるそうだ。
たまにはテレビドラマというやつもいいものだ。
みんなも是非みるといいと僕は思う。

miyamoto

投稿者 hospital : 23:04

2005年06月12日

信じたい

ご存知無い方も多かろうと思うので説明をするが、私は貴乃花関のことを尊敬していた。
どれほど尊敬をしていたかといえば、取り組みが始まる前にテレビの前で正座をしてスタンバイしていたほどである。
K-1だのPRIDEだのと、打撃系や関節技の応酬で華々しい、ちゃらちゃらした格闘技が一斉を風靡し始めたころ、私は「この世の中で最強は相撲だ」と周りに豪語していた。

「相撲は強いんだようううう」

と叫びながらK-1に登場したのは戦闘龍(せんとりゅう)であり、この時は相撲を汚すのは本当に止めて欲しいと切実に思っていた。

曙太郎氏の件は、私の中で想定済みの悪い方だった。
「まあ、負けるでしょ」
程度の事件であり、貴乃花関がK-1に参戦していたら間違いなくナンバー1だったはずだ。


前置きが長くなった。
日本に居ない方も大勢いらっしゃると思うので説明をするが、貴乃花関がまたやってしまった。
事の発端はワカタカ兄弟の御尊父(元大関貴乃花)の死である。
それまでなんとか保たれていたバランスが崩れた。
昔年のタカ関とワカ関の確執が表面化したのだった。

ブラウン管を通して私を打ちのめしたのは饒舌な貴乃花関だった。

あの、鉄仮面。

しゃべれた。

コメンテーターばりにしゃべっていた。
何を一体信じていいのか分からない体験というのは、たぶんきっとこうゆうことだと思う。
あの寡黙な大横綱。
現役時代、無愛想で通していたあの貴乃花関。
お兄ちゃんよりもしゃべれたのだった。

なあ、みんな。
俺のショックがどれほどのものか、わかるだろう?
というわけで、久しぶりに日記を綴ってみた。

miyamoto

投稿者 hospital : 21:41

2005年03月28日

長い雨

日本では雨が降り続いている。
一雨ごとに春が忍び寄るのだろう。
忍び寄る春。
さくらの花びらが舞う。
春になると、わくわくしなくもない。

頭に来ることに、先だってのインフルエンザのおかげ様で、ソニックユース様のライブを行き逃した。
もう一つ頭にくることには、楽しみにしていたピンバックライブがロブ・クロウのバラエティーショウになっていて、それはそれで可愛かったんだけど(すごいいい人だった)、なんか呆気にとられた。
やっぱ、DADADADA言っててほしい、ピンバックには。
というわけで、今年のスタートに楽しみにしていたいくつかは、いろんな理由からふいになった。
春にきちんと再スタートきれるのか。

ギターを買った。
中古でテラダギターというメーカーのもの。
前の持ち主が刻んだものだろうか。
ギターケースに
melodies come from my heart
とあった。
音がいい。
なんか、幸せだ。
さっきサリンジャーを柄にも無く読んで見たが、ものすごくよかった。
本当に幸せだ。
日記って書く必要があるのだろうか。
考えるな。
張り切ってがんばろう。

miyamoto

投稿者 hospital : 18:35

2005年03月18日

砂漠

インフルエンザB型にかかった。
普段かぜなど気合いでなおすものだ、と考えていたが、今週の月曜日どうも調子が悪いので、近所のHOSPITALへ行った。
40分くらいまたされて、丸顔の医師に痛いですよと言われながら細長い綿棒を鼻につっこまれて更に15分待たされて「B型です」と診断された。
熱は39度を超えた。

久しぶりだ。
熱があれだけでたのは高校生以来かもしれない。
熱がでて知ったのだけど、熱がでると、手首が熱くなる。
なにかにすがりつきたくなる。
今はちょうしこいて、こんなふうに書いていられるけれど、風邪を引いているときはパソコンをみることさえ気持ち悪くてできなかった。
寝ていてもうなされる。
どうゆう原理でうなされるのだろうか。
どんな夢をみているのだろう。
おそらくとても怖い夢をみているのだろうけど、思い出せない。

日本ではご存知の通り現在花粉で悩んでいる人が例年に比べ多い。
花粉症など気合いで直す物だと思っていたが、実は今鼻水が止まらない。
風邪の治りかけにくしゃみ、なんてきいたことないから、これはどうした現象か。
まったくいやになる。
今まで信じてきた物(気合いなど、精神論)が、まったく用をなさないのだ。
しかし、僕は負けないし。

風邪その他を患ってると、たばこ、酒などを欲しくなくなる。
いっそ風邪なら風邪のままでもいいのかもしれない。
そっちのほうが豊かな人生なのかもしれない。
そう僕は誓ったのだから。

miyamoto

投稿者 hospital : 01:08

2005年01月27日

僕の中国

中国にいるうちから、そして日本に戻って普段の生活に戻ってからも、日々が光り輝いている。

毎日が楽しくてしようがない。

僕の体は疲れを知らなくなったのだろうか。疲れていたのは、一体なんだったのだろうか。
胸を張るようにしたのだ。

本当にたくさんの物を見た。毎年大勢の日本人が中国を訪れていることだろう。
それらすべての人たちが見た中国よりも、素敵な中国を僕はみたという自信がある。
すばらしい国だ。

親友が真剣だったことが、うれしかった。
人々は、必死に明るく生きているように見えた。日本人も同じ事だと思う。そして、僕もそれは同じ事だ。
みな、それぞれの立場で精一杯生きている世界はなんてすばらしいのだろうと思う。

興奮からから、最後の日の朝に僕は鼻血を出した。
高級ビジネスホテルの寂しい広い洗面所で、だらだらと血を流し続けた。朝5時に起きて電車に急がねばならなかったのだ。

一瞬のうちに、すべては過ぎ去っていく。楽しみに待ち望んでいた景色はすぐと背後に流れて消えていく。
深せんや香港の夜景や喧噪、埃っぽい空気や道ばたの汚物、しめっぽい笑顔や必死の形相、腹から笑える親友のジョークなどがすべて一緒くたになって、後ろへ流れていく。

余韻に浸りながら、僕はひっそりと日本へ帰ってきた。

それから今までがずっと楽しくてしかたがないのだ。

miyamoto

投稿者 hospital : 22:49

2004年12月30日

寒くない冬

yujingが愛を込めて来た。先ほど熱海駅まで愛を込めて送っていった。
結論は、人生は一瞬だということだった。

昨夜6時に駅に迎えに行き、そのまま寿司へ直行した。
久しぶりの生魚ということで喜んでもらえたようだった。
ホテルにいき、温泉にはいり、これまた久しぶりだという日本酒を痛飲した。
新潟の酒、「カゲトラ」と、伊豆の地酒、「桂川」だ。一升瓶が残り少なになっていたのを今朝みてぞっとした。
確かに最後に時計をみたときは4時を回っていたと思う。最後は「音楽が聴きたい」ということになって車に乗り込み大音量でロックをききながら、酒を飲んでいたように覚えている。
考えてみれば1年半以上あっていない計算になる。
親友といえどやはり構えてしまう。植松君に電話すると約束していたので、深夜にフロントやら104やらに電話かけまくったのだったが、中国への国際電話は頭の数字が何番なのか結局知ることができずに終わってしまった。
酔っ払って全然覚えていないんだけど、「はい。海上保安庁です」と電話口に出た男を僕は覚えている。
いつのまにか植松君が海上保安庁になってしまったのか。それは依然として分かっていない。
それにしても、電話口にでた連中はどいつもこいつも冷ややかな対応をまんべんなくしてくれて、人間が嫌いになった。深夜くらいさわやかな声で電話にでろと言いたい。

人生なんて一瞬だ。
小金をためてみたり、役職に拘ったり、プライドをもったり、おごりたかぶったり、そんなことをしていたらあっというまに閉じてしまう。そんなものにいかほどの意味があるというのだろう。
大切なのは日々を楽しく過ごすことだ。
読んで字のごとくの出世が重要だ。
目標への途上でたとえ死のうとも、前のめりに生きていれば必ずうつ伏せで死ねるだろう。そうゆう生き方をしたいものだ。
熱い時間だった。どうせ勘違いなら、勘違いしたまま死ぬのもいいだろう。

今年はよいとしだった。
もう、後すこしで2005年だ。
みなさん、よいお年を。今年も大変お世話になりました。来年も一つヨロシク。

miyamoto

投稿者 hospital : 12:55

2004年12月20日

ちょっと疲れてしまった

JAの帽子を目深にかぶり、野球のグローブをはめ、こちらを睨んでいる。

できるだけ目をあわせないように注意してそいつの前を足早に歩く。
ばすん。ばすん。
ボールをグローブに叩きつける音が聞こえる。
ちらとみれば、やはり僕を睨みつけている。
顔に見覚えは無い。なにかうらまれるような覚えも無い。

なぜこちらを睨んでいるのだ。

こいつは今から野球をしたいのか。
しかし、ここは野球をするような場所ではないし、グラウンドに行けばいいだろう。なぜ、国道の道端で、こいつは野球スタイルなのだ。
頭がいっちゃってる人なのだろうか。
ずっとこちらを見ている。
ばすん。ばすん。グローブにボールが叩きつけられる音が響く。
魚のような目をした、50近い男。すっとんきょうな顔で、目だけがらんらんと光っている。

通行人に剛速球をぶつけて喜んでいる人のようにみえて、僕は戦慄した。
なんのために見知らぬ人に剛速球を投げてよこすのか。そんな問いかけは無意味だ。この男は自慢の剛速球を罪の無い一般市民にぶつけて、悦に入るタイプの人間と言うことだけが彼についておぼろげながらわかりうる情報なのである。
目を合わせないように。係わり合いを持たないように。内心びびりながら、僕は彼の前から遠ざかった。

今朝は鼻血がでて、いまいち体調がのらない。
年末にきている。

忙しい時期。変な人も、増えている。

何もかも投げ出してしまいたい気持ちにならないでもない。
彼もそんな気分だったのだろうと思う。

miyamoto

投稿者 hospital : 13:27

2004年12月16日

なぜだかものすごくブルーなのだ

今日はへこんでいる。
先ほど役所に用事があって、窓口の女性と話をしていた。
その女性、年のころは20代後半といったところで、めがねをかけた真面目そうな人だった。
いくつか相談事をしていたときにふと気づいたのだが、鼻の下、男性であれば本来ひげの生えるであろう部分に、女性だからひげではないのであろう、毛が、毛の群生が確認されたのだ。
僕は目を背けた。
なぜだ。なぜ、毛が確認できるのだ。
僕は彼女の目を、すがるような気持ちで見つめた。
変わらぬ、真面目そうな、誠実そうな目で僕をみている。
できるだけ、男性であれば本来ひげが生えるであろう部分を見ないように僕は努めた。
頭が完全に混乱してしまった。
ひげ。
その言葉が鮮烈に脳裏をよぎった。
いや。

いや。

脳裏にさまざまな思念がフラッシュバックする。

僕は今までの人生、できるだけ真面目に誠実に生きるように努めてきた。他人に対する思いやりや、大切にしなくてはいけない信条のようなものを、日々をがむしゃらに生きることによって培ってきたつもりだった。そして、新しい発見をするたびに、僕の体および脳みそ、感情の類が少しずつ肉付けされてゆき、人間として成長していくのだろうと信じ込み、僕はこれまで生きてきたつもりだ。

目の前にいる女の、ひげとは到底呼ぶことはできない。なんだ、ぴげだろうか。ぴけ。シチュー。名前はなんでもよい。僕は彼女のひげに対して誠実であったのだろうか。そのとき、その瞬間、僕は成長できたのかもしれないが、なぜだかものすごくぶるーなのだ。
なぜだかものすごくブルーなのだ。

これからもがんばって生きて生きたいと思う。

miyamoto

投稿者 hospital : 12:05

2004年12月14日

思いやり

考えてみれば、大切な友達が海外にいるということになる。
さっきふと、そう思った。
これまでもさほど近いところにすんでいたわけでもないから、すぐに会おうというわけにはいかなかった。
しかし、国内と国外というのは違うものがある。

実感として認識するにはもう少し時間がかかるかもしれない。
来週ドライブに誘おうか、というわけにはいかないのだから。
そう考えるとこわいかもしれない。今現在僕ら3人をつなぐものは、この目の前の電子箱なのだから。
おお、こわい。こんなパソコンなんてものに大きな意味を与えてやるもんかとさえ、思える。
そして、日記なんてものをかいて、それを読まれて、生身じゃない僕を読まれて、勘違いされてもこまる。
僕は僕なりに一生懸命生きてます。

ところで、日記って、いまいち書くことがない。
ゆゆしき、問題

である。

量が少なく寂しいので

むやみに

改行して


こう。


ああ、忘れるところだった。
最近僕の中で少しだけ変化が起きています。
それはこれまでになかった心です。
身の回りにいる人が幸福になれるように、なんてことを考えるようになりました。
なんか変な宗教をやっているわけでもなく、哲学っぽくなっているわけでもない。
自分でも不思議です。
気のせいかもしれません。

miyamoto

投稿者 hospital : 22:21

2004年12月04日

バニラへの日々

尊敬している人にバニラさんという人がいたように記憶しているがほとんど定かでない。

日記を付け始めたと言うことは自分にとって大きい。
日記とは習慣だ。習慣とはなんだ。習慣でまず思い浮かべるのは、健康だろうか。
健康なんかに留意したことがない。これまでの人生好きなだけ食べ好きなだけ飲んで、好きなだけ喫った。太るのはいやなので、その辺はなにかしらごまかしてきた。

せっかく日記を付けているのだから、その点にも留意してみたい。
僕は今の生活を続けていたら、確実に早死にだ。
別に長く生きようと不断あまり考えていないが、長く生きればそれだけいろいろ面白いものを見ることができそうなので、長生きもいいかな、とは思う。

まず、煙草をどれだけ止められるか。そして、どれだけ欲望のままにアルコールに手をださないか。そして、脂っこいふとりそうなものを摂取しないですむか。なにか健康によいことをしたかについて、僕もそろそろ考えていきたい。自分の健康を振り返ってみたい。

明日交通事故で死んでしまうかもしれないんだ。
だからせめて長生きしたい。

miyamoto

投稿者 hospital : 22:39

2004年11月28日

テワラン

今朝起きると気持ちが晴れ晴れしていた。
この一週間は大変忙しく働いたように思う。
その証拠に夕べは目に隈ができていた。しかし、気持ちをびしっとしていればたいしたことではない。

8:30に目を覚まし、10時までだらだらとしていた。
11時にクボタの家にゆき、店に行ってお好み焼きを肴に三杯飲んだ。
家に戻り更に三杯飲んだ。クボタが根を挙げ始めたので、家まで送って僕はそのまま漫画喫茶へ向かった。

二十世紀少年をまだ三冊ほど読み残しておるので、それを読み切ってしまおうと向かったのだが、どこぞの彼氏が丁度その部分を占領していたので、結局ショムニを手に取り読んでみたが、
つまらない日和漫画だったので、眠くなりそのまま百笑の湯(温泉)へと向かった。

そこで草津の湯だのサウナだのトルマリン湯だのこと楽しんでいた。
17:40から、タイ古式テワランというストレッチの予約をしていたので、1時間たっぷりと一人悠々と湯浴みした。
ところで、一人で温泉にいく人間の気が知れない。

衝撃的な人物に偶然会った。
たしか、遠くに住んでいるやつだったと思う。

僕はこの3年間ずっと裁判を続けている。この裁判のおかげですごく疲れたりしていたのは、友人の何人かには話したことがあったと思う。

その相手の弁護士が百笑の湯に来ていたのだった。
この3年間僕を苦しめ続けてきた人間。あることないこと陳述書に書き出していちいちむかついた、あいつ。
そいつとお互い丸裸で、湯の満たされている浴槽で、向かい合い、今、目が合った。
お互いが気づいた。

話し掛けようかと思った。
「いやー、ひょんなところであってしまいましたね~」
あほ、そんなこといってどうする。
ここは完全に無視すべきか。
それともガンくれたまま、じっと湯に浸かっていたらいいのか。
お互い微妙に視線を泳がせつつ、しばらく経った。

すると弁護士は突然立ち上がった。せり出したおなかだった。見るも無惨な下腹部だった。
すこし性質の悪い事件ばかりを扱うことで有名な弁護士だ。
さっき洗い場で見かけた入れ墨の明らかにやくざのおっさんは、連れだろうか?
そのままお湯をのけながら、いなくなってしまった。
温泉が気持ちのいいことにかわりはない。

サウナに10分間。
そして、紅茶風呂だの塩風呂だの、いろいろ入って気分をよくしたままテワランにむかった。

今日はものすごく気持ちのよい一日だった。

miyamoto

投稿者 hospital : 21:39

2004年11月23日

謎のメール

今年初めての忘年会が昨日泊まりで開かれた。

つくづく自分が阿呆であると痛感した。
ビールを飲むまではいいのだが、やりすぎである。
だんだんのりがよくなってきて、人に勧めはじめ、気がついてみると体中筋肉痛である。
せっかくの休日をふいにした。

偶然にもクルーキッドレインを聴いていた。
とても気に入っている。
ぼけーっとしながら聴いていた。
ぼけーっとしていると自分が阿呆なのではなかろうかと、不安になる。
特に今夜なんかはひどい。
こうして時間だけが過ぎていくのかもしれない。

そうそう、恐ろしいことだが、知らない人からメールを貰った。
そいつはものすごく勘違いしている。どういった勘違いなのか、下にそのままコピペしてみよう。


件名: 宛先が…違うよ?(私は美香ですよ)

>俺だよ、オレオレ。ヤマケンだよー。コンビニの彼氏と別れたんだってね。
>ところで最近なにやってんの?俺も今フリーだしさ、暇だったらメールして!
>
「誰?」とか思ったけど、丁度いま退屈していたので返信をしちゃいました!
(う~ん、誰に送るつもりだったのかな?頑張ってね~)
彼氏と別れたばかりってのが当たってたから、少しドキッとしちゃいましたが(汗)
間違いメールなんか滅多に来るもんじゃないし、これを記念にメル友にでもなりますか
(笑)
ちなみに私は23歳だけど、よかったら何歳なのか教えて下さいね~!

と、こうゆうメールだ。
まず最初に断っておきたいのだが、僕は断じてヤマケンではない。宮本である。
はじめ自分がいつのまにかヤマケンになっているのではないかと不安になったが、損した。
やっぱり宮本だったからだ。
ヤマケンが山本健太郎などという本名から省略されてヤマケンとなっているのであれば、僕はミヤミツだ。なにやらおいしそうだ。
そして、よくよく考えるとこの現象は僕のメールアドレスを知らぬ内に誰かが(ヤマケンである可能性が大だが)使っているのではないかという結論になる。
ヤマケン。ひょっとしたら山本建設なのかもしれないが、違っていて欲しい。

そもそも、あんな軽いのりのメールを僕は送りたくない。

>俺だよ、オレオレ。ヤマケンだよー。

しらねえっつうの。エノケンだろうが、ホリケンだろうが勝手にやってくれ。
文面から読みとるところによれば、メールの主はミカという名だそうだ。
「23歳」の女性である。「フリー」だそうだ。
誰もが思うことかもしれないが、こうゆうメールを受け取ると必ずと言っていいほど思うことは、この女ひょっとしたら相当の馬鹿なのではないだろうか、ということである。

ヤマケンとミカ。そして、フリー。
返信したほうがいいのかと少しだけ悩む。

投稿者 hospital : 22:50

2004年11月13日

テスト書き込み

宮本だ。
今日はとても眠いような今日だ。
明日は日曜日で、それはとても日曜日のような日曜日なのだろう。
11月も半ばに差し掛かってくると、陽気は寒さを増す。

僕らはリニューアルした。
みんなでリニューアルした。

投稿者 hospital : 14:50 | コメント (0)