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2006年10月14日

50セントの残酷な午後1

今や俳優として広く知られるエディ・マーフィーはかつて、
サタデーナイトライヴの看板コメディアンであった。
自らが黒人であるという立脚点から、
過激な黒人差別ネタを連発。
文字通りのブラックジョークを飛ばしまくり、
大衆の人気を大いにかっさらった。

そんな彼のコントにこんなものがある。

ファンデーションで全身の肌を白く塗り、
茶髪のかつらを被る。つくりものの大きな鼻と、
その下に同じくつくりものの髭をつける。
さらに、インテリじみたメガネをかけ、
仕立ての良いスーツを着込む。

その姿はどこからどうみても、
中産階級の白人紳士にしかみえない。

そんなエディが街へ出る。
白人を装い、白人になりきり、白人の視点からみる
黒人の知らない白人だけの世界を知るために。

エディはまずニューススタンドで新聞を買う。
新聞を受け取り、当然のように代金を渡そうとすると、
白人店主はそれを断る。
エディは驚く。
店主は不思議そうな顔をする。
押し問答の末に、

「いいから、黒人にみつからないうちに、持ってけよ」

白人店主はそう言って、金を受け取らぬまま、
エディを店から追い出す。

路上を歩くエディ。
通り過ぎる白人たちが、
過剰なほど友好的にエディに向かって
愛想をふりまく。
エディも同じように真似をする。

バスに乗るエディ。
乗客に何人かの黒人がいる。
乗客たちは全員おし黙って座っているだけ。
運転手も黙々と運転を続けるだけ。
いつもと変わらないバス内の風景がそこにある。

バスが止まる。
バスの中にいた黒人たちが全員がそこで下車する。
扉が閉まる。

突如車内ににぎやかな音楽が流れ出す。
白人運転手が陽気にマイクで喋りだす。
乗客の白人たちが歓声をあげてはしゃぎだす。
どこからともなく乗務員が現れ、車内に飾り物をつけ始める。
客たち全員に食べ物や飲み物がふるまわれる。
バスの中で白人だけのパーティーが始まる。
エディは目をまんまるにして驚く。
そして神妙な顔に戻り、

「予想を上回る事態である」

そう報告して、そのコントは終わる。

まだティーンの頃、
家族と一緒に暮らしていた頃、
六つ上の姉から借りたビデオで、
50セントははじめてそのコントをみた。
自虐と背徳を感じながら、
50セントは大きな声をあげて笑った。
その声があまりに大きいので、
かけつけた母親に、
ボンドかマリワナをキメていると勘違いされ、
持っていた箒でひどくぶたれた。
そして、50セントがテレビを指差し、
コントの内容を説明すると、
母親はさらに彼をぶった。

「それのどこが面白いのよ!」

母親はそう言った。
母親は真面目な人だった。

あの日から遠くはなれた場所で、
50セントは温かいホットチョコレートを飲んでいた。
腰にバスタオルを巻いただけの姿で、
木製の丸椅子に座っていた。
シャワーを浴びたばかりの体がぽかぽかと火照っていた。
ヒーターの温もりがひどく心地よかった。

心がすっかり落ち着いてた。

それでも、変わり果てた自分の肌には違和感があった。
視界の中に見慣れぬ色がちらついた。
手前の肌の色が変わるだけで、
ずいぶん景色が変わるものだな、と思った。

あれから1時間ほどしかたっていたなかった。
つまり、東洋人になった自分に気がついてから、
1時間ほどしかたっていなかった。

ドアが開く音がして、
男がひとり、その部屋に入ってきた。

「着替え、これでいいかな」

男が言った。
男は、雨の中で茫然自失する50セントに、
Are you all right?と声をかけた、
東洋人の、その男だった。

「どうも親切にありがとう」

気にすんな、といったかんじに、
男は手の平を大きく縦にふった。

「サイズがあうといいんだけど」

そう言って、
男は50セントに服を渡した

バスルームで受け取った服に着替える。

茶色のコーデュロイパンツと
白い無地の長袖シャツと、その上に、
黒いタイトなタートルネックセーター。
毛糸の分厚い靴下も一緒だった。
すっかり筋肉の抜け落ちた体は、
それら全てにぴったりと収まった。

部屋に戻り、男に告げる。

「この服、サイズぴったりだよ」

「そう。よかった。兄貴のなんだ」

「お兄さんと暮らしてるの?」

「いや。今はいない。行方不明中」

「そう」

「腹減ってる?なんか食うかい?」

「え。う、うん」

50セントは不思議に思った。
見ず知らずの自分にこんなに優しくしてくれる彼のことが。
どしゃぶりの雨の中で、我を失い動き出せずにいた自分に声をかけ、
自宅まで連れ込み、シャワーと着替えと
今は食事まで提供してくれようとしてる彼のことが。

エディ・マーフィーのコントを思い出す。

同じイエローだから?
同じイエローだから彼は僕に優しいの?
僕は今、イエローだけの世界で、
イエローだけの常識の中にいるの?

「ねえ」

ふいに男が話しかけてくる。

「それで、気分はもう落ち着いた?」

「うん。おかげさまで」

にっこり微笑んで男にそう告げると、
男はほっとしたような表情を浮かべる。
男がさらに口を開く。

「それでさ、さっきはずいぶんひどく取り乱してたけど、いったい何があったの?」

「え…」

まさか、
黒人から東洋人に変貌した自分にショックを受けていた、
なんて突拍子もないことも言えず、
50セントは答えに窮した。

すると、

「わかってるよ」

男がそう言った。

「え?」

「失恋だろ」

「あ…」

「俺もこないだふられたばっかでさ。わかるよ、その気持ち。俺もあんたと同じ風におかしくなってたもんな。三日くらい何も食べれなかったよ」

「…」

「まあ、あんた、食欲があるだけましだよ」

50セントは自分が恥ずかしくなった。

イエローだけの世界?そんなのあるわけないじゃないか。
畜生。僕はなんて愚かなことを考えてたんだろう。
あんなの単なるコントに過ぎないっていうのに。

「パスタしかできないけどいいかい?」

男が尋ねる。

「うん、もちろん」

そう答えてから、

「ありがとう。ほんとにほんとにありがとう」

心から感謝をこめて50セントはそう言った。

「よせよ。ただ同じ失恋仲間として同情してるだけだよ」

男が照れくさそうに頭をかいた。

「ううん。ちがうんだ。本当にすごくすごく感謝してるんだ」

50セントの目に涙が滲んだ。

嬉しかった。

彼の純粋な優しさが。

そして、50セントは
もうひとつ嬉しい事実にも気がついていた。

それは、
ラッパーとしての体裁を守るためにこれまで使い続けた、
悪口もスラングもFワードも下品な言葉もなく、
ありのままに誰かと会話をしている
今の自分の姿だった。

つづく

投稿者 hospital : 2006年10月14日 15:23

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