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2006年10月14日

50セントの残酷な午後2

キッチンテーブルを囲んで
トマトソースのパスタを食べる間、
50セントは男に関するいくつかのことを知った。

生まれたのは韓国であること。
小さい頃、家族とともに韓国からカリフォルニアに移住してきたこと。
ハイスクールを卒業した後、先に来ていた兄を頼ってニューヨークに来たこと。
兄の家に転がりこんだこと。
兄と同じ大学に入り、今はソフォモア(二回生)であること。
カリフォルニアで小さなクリーニング店を経営していてる両親は、長男である兄に店を継がせたがっていること。
その兄が約2ヶ月前に、荷物を全て残して蒸発してしまったこと。

「お兄さんの行き場所、全然思い当たるふしはないの?」

「さっぱりだよ。まあ、俺と違って山っ気の強い男だからね、なんかヤバいことに手を出してドジ踏んじまったんじゃないかな。きっと海にでも沈められてんだよ」

「そんな!それってまずいじゃないか」

「俺もいろいろ手立てはつくしたんだけどね。さっぱり手がかりがつかめない」

「警察は?」

「一応捜索願は出してあるさ。でも行方不明なんてよくあることだからね。こと俺たちマイノリティーの世界じゃさ。警察もいまいち真剣じゃないよ」

「両親は?」

「まだ言ってない。言えないよ。おっかなくて。泣かれるにきまってんだから」

「そ、そうだよね」

50セントは自分の家族のことを思い出していた。

父親は50セントが生まれた時からいなかった。
父親なくして子供が生まれるはずがなかったが、
初めから父親なんかおらず、
キリストと同じようにして彼が生まれたと母親は主張し、
50セントも長くそれを信じていた。

シングルマザーの母親は教育に関心が高く、
ぱっとしない50セントの学校での成績を、
いつも気に病み、勉強をしろとやかましかった。
それでも、母親のいいつけに従い、
トップクラスの成績でハイスクールを卒業し、
奨学金つきで大学に進学した六つ上の姉にくらべれば、
ずいぶん甘やかされていたと、今にしてよく思うことがあった。
母親に付き添われ、深夜に泣きながら机に向かう、
姉の姿をみたことがあった。

口うるさくはあったが、
女手ひとつで二人の子供を育てる母親を、
50セントは尊敬していた。
母親は、原因不明の病で倒れるまで、
スーパーのレジ打ちと白人家庭の子守の仕事と
造花作りの内職仕事を掛け持ちしていた。

六つ上の姉から、50セントは多くのことを学んだ。
映画、音楽、文学、あるいは、全てを包括する人生のこと。
50セントの今ある雑多な知識の根幹は、
姉によって与えられたものだった。

姉は50セントとは似ても似つかぬ美人だった。
二人が並んで近所を歩くたびに、
ガラの悪い連中にまるで姉弟にみえないとからかわれた。
そんなとき決まって姉は、
黙れ!と一喝し、中指をたててみせるのだった。

姉の父親は、50セントが生まれる3年前に自殺していた。
そして、50セントが15歳の時、その姉もまた自殺した。

アメリカンロックやヒップホップよりもブリティッシュロックやジャーマンテクノを好み、スタンダップコメディよりもモンティパイソンやマルクスブラザーズのナンセンスギャグを好み、ハリウッド映画よりもクラシック映画やイタリアやフランスの芸術映画を好み、カートゥーンネットワークよりもロシアの実験アニメやチェコのクレイアニメを好んだ姉は、自らでサンデグジュペリ号と名づけた中古の小さなフランス車に乗って、ニューヨークを飛び出し、市立大学からロードアイランドのアートスクールへと編入したその年の終わり、ドームの自室に、

「星の王子様に会いに行く」

という書置きを残して、愛車サンデグジュペリ号のアクセルを踏みこんだまま、憧れの異国へと続く広い大西洋のほんの端の部分に向かって、ダイブした。
そんなふうにして、死んでしまった。

引き上げられた死体のポケットには、
大量のエクスタシーと半ダースのLSDがはいっていた。

病で入院中の母親に代わり、
その身元確認に訪れた15歳の50セントは、
びしょ濡れで海のにおいを多分に放つ姉の車と、
息ひとつせず、白いシーツに包まれ、
担架の上に横たわる姉を交互にみて、

「姉さん、サンデグジュペリ号じゃなくて、リンドバーグ号と名づけるべきだったよ。そうすりゃ、パリくらいまでなら飛べたかもしれない。星の王子様になんて、会いに行く必要はなかったよ」

と、そう呟いた。
粉雪ちらつく、ひどく寒い夜のことだった。

「あたしが悪いのよ。あたしが厳しくしすぎたから、あの娘をあんなふうにしてしまったのよ」

そう言って自らを責め、泣き暮らした母親は、
姉の死から半年後に病で死んだ。

こうして、スウィートシックスティーンの誕生日を迎える前に、
50セントは天涯孤独の身の上となった。

「ねえ、まだ名前きいてないよ」

目の前で、男の声がして、
50セントは我に返る。

「そ、そうだったね」

胸が急に苦しくなって、
全身がかっと熱くなった。
50セントは、震える声で、

「カワカミ」

と、その名を口にした。

つづく

投稿者 hospital : 2006年10月14日 15:26

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