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2006年10月14日

50セントの憂鬱な朝4

いそいそと着替えをすませる50セント。
いつものダボダボ、ジャラジャラ、ヒップホップスタイルだ。
本当はこんな格好したくないけど、
仕事のための作業着だと思ってそこは割り切る。
クローゼットの中に吊るされた、
買ったはいいけど着る機会のない、
JUNYA WATANABEデザインの服たちを恨めしく眺める。

カバンにiPodと、
読みかけのペーパーバックと、
愛用のライカのデジタルカメラを詰め込む。
ジャケットのポケットの中には、
携帯電話と財布とハンカチとポケットティッシュと、
それから、護身用の拳銃をしのばせる。
サングラスをして、ニット帽を深く被り、
マフラーで顔を半分隠して、家を出る。

駅までの道を歩く。

世間では、豪邸に住み、何人ものメイドを抱え、
移動は運転手つきのリムジンがあたり前。
そんなふうに思われがちな50セントではあるが、
実際の生活は意外にも質素だ。

なぜなら、
日系アメリカ人ネーム・カワカミという偽名を使い、
印税のほとんどを慈善団体に寄付しているからなのであり、
今年からは貧しい家庭の若者ための奨学金制度も始めたばかり。
50セント自身、大学に行きたかったけど行けなかった。
そんな無念をはらすべく、未来ある若者たちに夢を託しているというわけだ。

50セントは、すごくすごくいいやつなんだ。

冬のマンハッタンを歩く50セント。
路上のあちこちから白い蒸気が立ち昇る。
いつもの見慣れた風景の中で、
ふいにひとつの疑問が頭に浮かぶ。

あの蒸気の正体はいったいなんだろうか。
どうしてあんな蒸気がたつのだろうか。
地下にいったい何があるっていうんだろう。

もう長くマンハッタンで暮らしているくせに、
わからない自分が腹だたしい。

仕事ばっかりしてるせいかな。

途中、いきつけのコーヒーショップに立ち寄る。
色落ちしたジーンズに、白と赤のボーダーシャツを着た白人の女店員がカウンターの中にいるのを確認する。

いつものようにカプチーノを注文する。
店内には、ピクシーズの「ヒアカムズユアマン」
という曲がかかっている。

その曲に耳をすませながら、カプチーノができるまでの間、
カウンターの中でミルクをスチームする女の子の様子をじっと眺める。

実のところ、50セントが毎朝この店に立ち寄るその目的は、
カプチーノなんかじゃなく、この女の子。

Here comes your man♪
Here comes your man♪

あの、かわいらしい曲の、
かわいらしいサビの部分が流れる。

それにあわせて、
小刻みに首を横を左右に傾げて、リズムをとりながら、
女の子も小さな声で歌っているのに気がつく。
その仕草に、50セントはひどく愛しい気持ちになる。

ねえ、僕もその曲好きなんだぜ。

そう声をかけてみたかったけど、
自分のコテコテヒップホップファッションのことを考えると、
どうにも伝える勇気がない。
冗談だと思われるに決まってる。

曲が変わる。
同じくピクシーズの「ホエアイズマイマインド?」の
イントロ部分が流れ出す。

50セントは常々こう思っている。
映画ファイトクラブのエンディングで流れたこの曲と、
映画シクロの中で流れたレディオヘッドの「クリープ」と、
映画ロストイントランスレーションの中で流れた
マイブラッディバレンタインの「サムタイズ」ほど、
音楽と情景が完璧な調和した瞬間はなかったのではないかと。
あれほど音楽が尊く神聖になった瞬間はなかったのではないかと。

いつか自分の音楽も素敵な映画のワンシーンになれたらと思う。
エミネムの、あの自己顕示欲まみれのオナニー映画なんかじゃなくって。

そして、
そんなことを、カウンターの中でいま、カプチーノ入り紙カップを持ち、自分に向かってを微笑みを浮かべる女の子に、話して聞かせることができたらどんなに素晴らしいかとも思う。
メディアにも商業主義にも縛られず、拝金主義者の手先としてあくせく働く嘘っぱちの自分を脱ぎ捨て、ありのままの自分で彼女に話しかけられたらどんなに素晴らしいだろう。

自由になりたい。

ふいに、ファイトクラブからの引用がひとつ脳裏を過ぎる。

Then, I was lost in oblivion -- dark and silent and complete.

This was freedom. Losing all hope was freedom.

自由のためには、何かしらのキックと代償が必要だ。
惰性でやり過ごす日常を裏返すためのキックと、
全てのつまらぬ欲望に手を振るという代償が。

そのために、僕はどうしたらいいんだろう。
畜生。まるでわからないや。

代金と引き換えに、
カプチーノを受け取り、店を出る。

店のドアを開ける際、女の子が、
良い一日を!
といった声を聞く。

時計をみて、
駅へ向かう、その歩みを、
小走りに変える。

つづく

投稿者 hospital : 2006年10月14日 15:13

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