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2006年10月14日

50セントの憂鬱な朝5

地下鉄構内の50セント。
地下だけど、サングラスは外せない。

他の乗客にみつかると、
大騒ぎになってしまうから。
たくさんの人に迷惑がかかってしまうから。

50セントは、そんな気配り野郎なんだ。

なるべく目立たぬよう、
ホームの一番端に立つ。
地下鉄はなかなか来ない。

サングラスをずらし、
9ブロック先向こうにある、
隣の駅へと伸びる線路と、
それを覆う、漆黒の、トンネルの闇の方を覗き込む。
視力2.0を上回るその目で闇を睨む。

おや、今日もまた誰かいるぞ。

50セントはつぶやく。
闇の中に何人かの人の姿がある。
その体つきから全員がアジア人であるように思える。

いつもいつも、いったいあんなところで何をしてるんだろう。
まったく、この街はわからないことばかりだよ。

ようやく来た地下鉄の最後尾に乗り込む。
車内は暖房が効いていて、
顔を隠すためのニット帽とマフラーが、
暑苦しくてたまらない。
それから、さらに彼の気分を滅入らせるものがひとつ。

懐のポケットにしのばせた護身用の拳銃だ。

3年前、ランDMCのDJ、
ジャム・マスター・ジェイが何者かに射殺された。
ヒップホップの世界じゃよくあることだ。
50セント自身も過去に9発の弾丸を受けたことがある。

自分の身は自分で守れ。
それがこの世界の掟だ。
好むと好まざるとに関わらず、
殺されたくなければ殺すしかない。
相手が武装しているならば、こっちだって武装するしかない。

それが故、平和な朝の地下鉄内にも、
そいつを持ち運ぶ必要があった。
好むか好まざるかきかれたならば、
50セントにとっては、大いに好まざるところであるのに。

憎むべきは何であるのか。
この世界か。それを受け入れる自分か。

少しばかり、ジャム・マスター・ジェイのことを思い出した。
今時のヒップホップにはうんざりしてる50セントだけど、
ランDMCには特別な思いを抱いていた。
いい人だった。いい音楽を作っていた。
あれが本当のヒップホップだった。

マスタージェイの死、
および、ランDMCの解散は本当に惜しまれることだった。
それから、個人的に、マスタージェイには
ぺイヴメントのブートレグを数枚貸したままだったことも、
惜しむべきことだった。

ぼんやり今日の仕事のことを考える。
大事なミーティングだとマネージャーは言っていた。
そこで話し合うお題が何であるか、
50セントはすでにもう知っていた。
新しいプロモビデオのことだ。

何が大事なもんか。
ミーティングだなんて言って、
結局僕の意見なんて聞いてくれないくせに。

ヒップホップのお決まりのプロモ作りにはほとほと嫌気がさしていた。
必要なのは、この三つ。金、女、車。ザッツイット。
音楽にあわせて、それら三つの映像素材を組み合わせる。
それをバックに、出世欲剥き出しの若い黒人ダンサーたちに囲まれ、身振り手振りを交えてラップをやるだけ。
それでいっちょできあがり。
クリエイティビティなんていらない。
必要なのは、どれだけ成功を誇示できるかって、それだけだ。
そんな、下品な成金趣味だけなんだ。

ああ、ラップは我慢するからさ、
せめて、ビースティーボーイズみたいに荒唐無稽なことがやりたいよ。
スパイクに頼んでさ。リーじゃなくて、ジョーンズの方にさ。

いつのまにか地下鉄は目的地に到着する。
プラスチック製の硬い椅子から、
重い腰を、ゆっくりとあげる。

つづく

投稿者 hospital : 2006年10月14日 15:16

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