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2006年10月14日

50セントの憂鬱な朝6

地下鉄から出てバスに乗る。
カバンからiPodを取り出し、
そのヘッドフォンを耳ににあてる。

ヒップホップを聴く。
気分を切り替えるためだ。
悪漢ラッパー・50セントモードにはいるためだ。

流れゆく窓の外の風景をみながら、50セントは考える。
今日はどんなふうにレコード会社の連中とやりあおおうか。
どんな悪態をついて、どんな罵声を浴びせてやろうか。
あいつらの迷惑そうな顔が目に浮かぶ。
うわっつらだけの迷惑そうな顔が。

50セントは知っていた。
自分が悪ぶれば悪ぶるほど、彼らが喜ぶことを。
表面では迷惑そうにしながらも、
その心のうちは、幸福で満たされている。
異質なものをあざ笑い、己の正しさに拍手を送る。
そんな嫌ったらしい幸福でだ。

窓の外は雨に変わる。
予報より早く振り出した雨に、
乗客たちがため息をつく。

正しいものなんてありはしないのに、
人は何かを信じずにはいられない。

iPodのボリュームをぐっとあげる。
重苦しいビートが耳に響く。
汚い言葉で埋め尽くされたラップが、
頭の中で派手にざわつく。

50セントはため息をつく。

今やこの音楽は黒人だけのものではなくなった。
世界中の若者が、白い者も黄色い者もが、
好んで聴き、ときにはラップの真似事をする。

全部真似事だよ。
みんなその本質をわかっちゃいないよ。

50セントはそう考える。
そして、黒人である自分自身、彼らと同じように
真似事をしてるにすぎないとも。

だってそうだろ。
いまや人種を越えて、
大抵のどんな人たちより恵まれた環境にいる自分が、
ヒップホップの本質をわかろうはずがない。
僕はただのポップスターなんだ。作り上げられたアイコンだ。
ヒップホップを標榜する権利は僕にはないよ。
たとえばそれは、備え付けヒーターのぬくもりの中で、
移民たちが運んできた外国料理を腹いっぱいに食べ、
第三国から安く買い叩いた豆を搾り、
そう、彼らへの経済的搾取と同じように搾り尽くし、
そうしてできたエスプレッソを飲みながら
世界平和について論じ合うのと同じことだよ。

今のヒップホップには何も感じられない。
ならばそれよりも、あらゆる束縛から逃れ、
有り触れた日常から生まれるインディーミュージックにこそ、
リアルを感じるのが当然じゃないか。

勢いを増した雨が、
車窓に強く打ち付けられるのを見る。
停車したバスにずぶ濡れの客たちが乗り込んでくる。
その中に、陽気に騒ぐ黒人ティーンの一団をみつける。

50セントは、ある女性の死について、
思いを巡らす。

50年前。
こんな雨の日のアラバマで、
一人の黒人女性がバスに乗っていた。
黒人差別が色濃く横行するその時代の、
白人優先席と銘打たれた席に、その女性は座っていた。
ひとりの白人客が、彼女に席を譲るよう催促した。
彼女はそれに、ノーと答えた。
彼女はそれを正しいことだと思ったから。

しかし、白人たちにとって彼女の答えは予期せぬものだった。
法的にも、常識的にも、正しいのは彼らで、
女性は間違いを犯したとされた。
そして彼女は逮捕され、牢屋に閉じ込められた。

この事件における全ての正しさは、
白人たちが決めたことだった。

これに対し、黒人たちは怒った。
そして気がついた。
それまで盲目的に正しいと信じられていた事に対し、
自分たちの思う正しさを主張するべきだと気がついた。
こうして黒人たちによる公民権運動が始まり、
またたく間に全米中に広まった。

女性の名をローザ・パークスといい、
後に公民権運動の母と呼ばれることになる。

そんな彼女がついこないだ死んだ。
92歳だった。

50セントは彼女の勇気を心から尊敬した。
間違った正しさの中で、
自分の信じる正しさを貫いた彼女の勇気を。

そんなこと僕に出来るだろうか。
自分のことでさえ、変える勇気がないこの僕に。

何かを変えるにはアクションが必要だ。
そしてアクションは、
公平という名の自由のもとで行われなければならず、
そのきっかけを作るキックもまた、必要とされるはずだ。

黒人解放運動において、
ローザ・パークスは偉大なるキックだった。

僕にも何かしら、キックが必要なんじゃないだろうか。

でもどんな?それを得るにはどうすればいい?

いけない。
もうすぐレコード会社に着いてしまう。

懸念を振り払い、耳に意識を集中する。
バスの窓からレコード会社の建物がみえる。
悪漢ラッパーとしての自分をまつ、
金の亡者で埋め尽くされたその建物が。

50セントは自分に言い聞かせる。

俺は最強極悪ラッパー、50セント。
俺は最高極悪ラッパー、50セント。

気分がひどく高揚してくる。
頭にスイッチがはいる。
仕草が次第に乱暴になっていく。

降りるべきバス停が見えたとき、
手を伸ばし、乗車ボタンを力強く押す。
腰を上げ、ドアの方へと歩みだす。

調子付いてきた悪漢モードのテンションのせいで、
通路でおどける黒人ティーンの一団に、

どけよ!

と、怒鳴り声を上げてしまう。

いいぞ。ノってきたぞ。
50セントは思う。

この調子だ。
この調子で今日もなんとかやり過ごせそうだ。
キックなんて必要ないさ。
こうして毎日過ごしていれば、
そのうち何かが変わるかもしれないじゃないか。

さっきまでの苦悩に対し、開き直る50セント。

やがて身の上に、
大いなるキックが訪れることも知らずに。

つづく

投稿者 hospital : 2006年10月14日 15:16

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