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2006年10月14日

50セントの残酷な午後6

兎の家を後にした50セントと兎の二人は地下鉄の車内にいた。
マンハッタンの東側を縦断する緑色の6番ラインのその車内で、偽造IDのことに興奮気味の50セントがしきりに兎に話しかける。

「知らなかったよ、そんなに簡単に偽造IDが手に入るなんて!」
「しーっ。ジョージ、ちょっと声がでかすぎるよ」
「ごめんごめん。ねえ、ラビット、もしかしてパスポートも手に入るの?」
「ああ。かなり値ははるけど可能だと思うよ。偽造ビザだって手に入るし、I-20っていう学生ビザに必要な書類も簡単に手に入る」
「すごいや。すごいなチャイナタウンは。ねえ、このことみんな知ってるの?」
「まあ、ジョージみたいにアメリカ育ちのアメリカ人たちは知らないかもな。ビザなんて心配する必要ないもの。でも移民たちにとっては有名なはなしだよ」
「うん。全然知らなかったもの」
「そうだな。ジョージはアメリカ人だものな」

ユニオンスクエアの駅で地下鉄が停車する。
開いたドアから何人かの若い東洋人が乗り込んでくる。
彼らはみな一様にダブダブの服を着て、
ヤンキースのキャップを斜めに被っている。
いわゆる、50セントがよく知った、ヒップホップファッションだ。

「なあ、ジョージ。あいつらみろよ」
「え。どうしたの」
「あいつらナニ人だと思う?」
「えー。そんなのわかんないよ。日本人?韓国人?中国人?そのうちのどれかでしょ」
「あー、やっぱり。ジョージはほんと全然わかってないね」
「どうゆうこと」
「あれ全員日本人だぜ」
「そうなの?」
「これだから日系三世は。いいかい、ジョージ。東洋人たっていろんな国のやつがいるよ。でもさ、わかるんだよ、同じ東洋人には。東洋で育ったこのある俺たちにはさ。その顔や服装をみれば、どこの国の出身なんてことがさ」
「え、そうなの!? じゃ、じゃあ、あの人は何人?」
50セントが指差した先には、薄いピンク色のタータンチェックのマフラーをした東洋人の女が本を片手に座っている。
「あれは韓国人」
「どうしてわかるの?」
「まずあのマフラーのタータンチェックと色。韓国人女性はなぜかあの柄とパステルカラーが好きなんだ。それからあのプラダのマーク付バッグとラルフローレンのワンポイントつきセーターもそうだな。韓国人女性はみんなあれを持ってるんだよ。まあたぶん韓国で売られているコピー製品だと思うけど。それからあの底がぺったんこの黒い靴もそう。あれが日本人女性だったら、絶対少しはヒールがあるはずだし、中国人ならもこもこしたスケチャーズあたりのスニーカーを履いてることが多い。あと彼女がいま読んでる本みろよ。ティーオーエイアイシーって書いてあるだろ。トーイックって読むんだ。東洋人たちのためのスペシャルな英語テストのことさ。特に韓国人学生たちにとっては就職に絶大な効果を発揮する。だから、たぶん、彼女は、就職活動に備え、韓国の学校を休学して英語を学びに来てる語学学校生ってところだろうな」
「すごいや、ラビット。すごい。じゃああの人は?」
次に50セントが指差した先には、洗いざらしの黒髪にすっぴんでシンプルな格好をした東洋人女性がいた。
「あれは中国人。ほら、全然化粧してないだろ。化粧好きな日本人や韓国人女性じゃあれはありえないね。それと、あのジーンズ。タイトですこしフレア気味になってて裾が広がってる。中国人はあれが好きなんだ。韓国人は色の薄い太目のジーンズを好むし、日本人は色の濃いタイトでストレートなジーンズを好む。ほらみろよ、やっぱりもこもこのスニーカー履いてる。あと台湾人でなく中国人だと思った理由は、台湾人はもう少し派手なんだよ。うまくいえないけど、もうすこしファッションに気を使っているっていうか。それと、中国でも香港や上海出身の女の子もたちそう。あ、ほら、いま鞄から中国語の新聞出したろ。見出しに北京って書いてある。な、思ったとおりだ」
「すごいや、ラビット。本当にすごいや」
「はは。ジョージもニューヨークに長く暮らせば同じことができるようになるさ」
「そんなもんかなあ。でもさ、ラビット、日本人の男の子はみんなヒップホップの格好をしてるの?」
「いや、いろんなやつがいるよ。ヒップホップじゃなければ、ゲイみたいにガーリーな格好をしてるか、本当は清潔なみせかけだけの汚い格好をしてるか、ブランドものの小ざっぱりした服を着てる」
「あと髪型もポイントだ。カリアゲ頭は中国人か韓国人。それで、髪の分け目がはっきりしていればしているほど中国人である確率が高くて、カリアゲた箇所が広ければ広いほど韓国人である確率が高い。日本人にカリアゲはあんまりいないな。でもヒゲをはやしてるのは日本人の男だけ」
そう聞いて、50セントはあらためてラビットの外見を眺める。
服装はちょっぴりガーリーでどこか品の良さを感じさせる。お洒落といっても間違いない。そして、髪型はカリアゲではなく、ワックスで無造作に散らされたスタイリッシュな髪型であり、顎には薄くヒゲが生えている。
「ラビットは韓国出身なのに、カリアゲじゃないんだね」
「ああ。日系の美容院行ってるからね。ちょどこのあたりだよ」

地下鉄がアスタープレイスの駅で止まる。
ヒップホップスタイルの日本人たちがぞろぞろと駅のホームに下りて行く。それに入れ替わって、また何人もの東洋人が乗り込んでくる。

「このへんは日系の店が多いんだ」
「へー。そうなんだ」
このあたりはかつてインディー専門レコード屋目当てにはよくきていた50セントにとって、馴染みのある場所ではあったが、今日ニューヨークに来たばかりと兎に言った手前、知らぬふりをする必要があった。
「やっぱり寿司屋が多いの?」
「居酒屋とかやきとり屋とかラーメン屋とかいろいろあるよ。店員はみんな日本人。あちこちにたくさんある韓国人や中国人がやってる嘘っぱちの日本食レストランじゃなくてさ。で、繁盛してる店にはなぜか韓国人か台湾人の客ばかりいる。中国人はいない。あいつらはチャイナタウンかクイーンズに篭っているから」
「へー。不思議だね」
「そういや、ジョージはさ、仕事はもう決まってるの?」
「え。い、いや、まだだけど」
「どうするつもり?」
「わかんない。レコード屋か本屋ででも働きたいなって思うけど」
「そっか」

そうだった。今日で僕のヒップホップラッパー人生は終わってしまったんだ。貯金はまだまだたっぷりあるけど、僕は新しい仕事をみつけなくちゃいけない。新しい自分のための新しい仕事だ。新しい人生を支える新しい仕事だ。

「どこかいいところ知ってる?」
「レコード屋でも本屋でもないけどさ、俺が働いてるとこなら、人手不足で今ひと探してるんだ。兄貴もそこで一緒に働いてたんだけどさ、ほら、急にいなくなっちゃったものだから」
「僕そこで働くよ。ラビットがいれば、なんだか楽しそうだもの」
「はは。仕事だから別に楽しくはないよ。でも給料はすこぶるいいぜ」
「働ければ何だっていいんだ。紹介してよそこ」
「よし、わかった。でもひとつ条件があるんだ」
「なに」
「仕事のことは秘密厳守。誰にも教えちゃいけない」
「え。なにそれ」
「口の軽いやつはそこでは働けないんだ。それに、募集も公にしていない。働いてる人間の紹介がなければそこでは働けないんだ。ジョージは口が堅そうだからいいかなと思って」
「うん。僕、誰にも言わない。で、どんな仕事なの?」
「まあ、そんなに焦るなよ。今日俺学校が終わったら働くことになってるからさ、そのとき連れてってやる。電話番号教えてよ、学校が終わったら連絡する」
「うん。わかった」

ポケットから携帯電話を取り出して、ラビットと番号を交換する。
マナーモードに設定されたその携帯電話のディスプレイには、
たくさんの着信履歴が残されていた。
どれも、マネージャーの携帯電話からのものだ。

「あのさ、ジョージ。きっとぶったまげるぜ。これはニューヨークの一部のアジア系住民にしか知られていない仕事なんだ」
「え。アジア人限定なの?」
「うん。そう」
50セントの脳裏に、例のエディー・マーフィーのコントのことがよぎる。

すごいぞ。
黒人も白人も知らないアジア人だけの世界が本当に存在しているんだ。そしてその世界を、東洋人になりすました僕はいま、ラビットというこの男の子を通して知ろうとしている。
こんなこと、黒人として生きていたなら絶対起こらなかったはずだ。
チャイナタウンのことだって今まで知らなかった。
それに、東洋人の国籍の見分け方なんて今まで考えたこともなかった。
すごいぞ。すごくすごいぞ。
まるで世界がぐっと広がったみたいだ。
きっと世界観が変わるっていうのは、こういうことをいうんだ。

「ぼ、ぼく、絶対その仕事やってみたいよ。すごく興味がある」
「わかったわかった。でも絶対内緒だからな」
「うん」
ブリーカーストリートの駅で地下鉄が止まる。
ダブダブ服を着た東洋人の若者が三人、
英語じゃない言葉を大きな声でにぎやかに話しながら乗り込んでくる。

「ねえ、ラビット、彼らは日本人だろ」
「ちがうよ、ジョージ。たしかに彼らはヒップホップの格好をしてる。でも帽子をみてみろよ。深くきちんと被ってるだろ。斜めにはしていない。それからあのカバン。日本人のヒップホップかぶれはナイロン生地のアウトドアバッグを背負ってるんだ。でもほら、彼らのは綿生地の単なるナップサックだ。彼らは韓国人だよ。10代か20代前半のね。あれが彼らにとっての流行のファッションなんだ。みんなあの格好をしている。ヒップホップは関係ない。ヒップホップは好きだけど、せいぜい韓国人ラップを聴くだけで、そんなに詳しくはないんだ。ちなみに、PORTERとロゴのついた鞄を持っているのは他の持ち物関係なく、決まって日本人なんだ」
「すごいなあ、本当にすごいよラビットは」
「俺さ、前の恋人が日本人だったから、日本人と韓国人の区別には絶対の自信を持ってるんだ」
「へー。さっき言ってた、スヌープ・ドッグが好きな女の子のことだね」
「ちがうよ、そいつ、マサシっていうんだ」
「え?マッサージ?」
「ちがう。マ・サ・シ。男の名前」
「え?男の名前?その人がいったいどうしたっていうの?」
「ある日急にさ、もう会えない、って連絡があって、それっきりもう連絡がつかなくなっちまった。どうせ新しい彼氏でもできたんだろうな」
男の名前?彼氏?50セントは混乱していた。
そして、
「あーあ、俺もさ、はやく新しい彼氏みつけないと」
宙を仰ぎながらそうつぶやいた兎の言葉に、ようやく合点がいくのだった。
「ラビットは、ゲ、ゲイなんだね」
「うん。そうだよ。何だそんなことも気がつかなかったのか。みろよ、俺の服装。ニューヨークでファッションに気を使ってる男は日本人とヨーロピアンを除けばみんなゲイって決まってるんだぜ」
「はは…知らなかった」
「でもジョージ、安心しろ。ジョージは全然俺のタイプじゃないから。俺なんとも思ってないよ。俺はさ、ごっつい男が好きなんだ。ほら、50セントみたいなさ」
「はは…」

地下鉄はいつのまにかスプリングストリートの駅を通り過ぎ、キャナルストリートの駅で停車する。
「ついたぜ、チャイナタウン。さあ、降りよう」
先に立ち上がった兎に促されて、50セントも腰を上げる。
ラビットとの出会いは、東洋人のことだけじゃなく、他にもいろんなことを知る機会になるんじゃないかと、そう思いながら。

つづく

投稿者 hospital : 2006年10月14日 15:51

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