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2006年10月14日

50セントの憂鬱な朝7

バスを降り、
レコード会社のビルへと向かう50セント。
自分の体にどうにも妙な違和感を抱いていた。
体がいつもより軽い。そんな気がしていた。

ビルに到着する。
サングラスはそのままに、
ニット帽とマフラーをとる。
いつもの見知った気の弱そうな若い警備員に、
軽く手をあげ、エントランスホールへと続く扉を開ける。

そのときだった。

「ちょっとちょっと、あんたどこ行くの」

若い警備員が50セントに声をかける。
いつもは怯えたように頭を下げるだけの彼が、
どうにも横柄な態度で50セントを睨む。

「…どこって。ここの会社に決まってんだろ」

「何の用で?」

「おいおい、仕事に決まってんだろ。大事なミーティングがあるのさ。だいたい、この俺様が自分から背広組に会いに来るなんてのは、ミーティングか、さもなくば銀行強盗のときだけだぜ」

「はあ。それで、おたく、どこの業者さん?」

「あん?あんた何言ってんだ?コンタクトレンズを付け忘れたのか?それともヤクでラリってんのか?」

冷たい表情を浮かべるだけで、
警備員は何も答えない。

「おい、この顔ちゃんとみろよ。フィフティだよ。ここんちのレコード会社いちの稼ぎ頭、50セント様だよ」

警備員に顔を思いっきり近付け、
さらにまくしたてる。

「さあ、よくみろ、このメクラ野郎。そして思い出せよ。おまえを含むここの連中が誰のおかげでおマンマを食えてるかってことをだよ」

警備員は黙ったままだ。

50セントはサングラスを外し、
彼の目を思いっきり睨みつける。

「おい、これでも思い出せないっていうのか。だったら、ハドソン川に沈められる前に、さっさとアイダホのイモ畑に帰りやがれ!」

騒ぎをききつけた年配の警備員が寄ってきて、
若い警備員に声をかける。

「おい、どうした」

若い警備員がそれに答える。

「いや、なにね、奴さん自分を50セントだっていうんですよ」

「ほう。そりゃ季節の変わり目でもないっていうのに、珍しいな」

50セントの頭が混乱し始める。
この人たちはいったい何を言ってるのだろう。
おかしいぞ。なんだかすごくおかしい。

「ID」

年配の警備員が平坦な声でそう言う。
いつもくだらぬおべっかばかり使う彼が、
なんだかひどく無礼に50セントを扱う。

「は?」

「IDをみせてもらえますかね、50セントさんとやら」

「…」

財布からIDを取り出し黙って二人にみせる。
二人の警備員の顔がにやつく。

「はあはあ、なるほど。こりゃ50セントさんのだわ」

「そうだっていってるだろ!」

「なるほどねえ」

「わかったら早く返せよ」

50セントが手を伸ばしIDを奪いとろうとすると、
年配警備員はすばやく手をひっこめる。

そして、落ち着いた調子でこう言う。

「いやあ、このフェイクIDはずいぶんうまくできてるねえ。自分で作ったのかい」

「え…」

「だけどやっぱり無理があるよ。君の顔、このIDの写真とはずいぶん違うみたいだよ。こっちは50セント。でも君の顔はまるで違うね」

「え…」

「まったくねえ。騙すつもりがあるなら、ジョージ・クルーニーのなんとかイレブンみたいにうまくやってくれないと、こっちだって騙されるようがないだろ。もっともあれは映画の中の話だけどね。はっはっは」

「…」

あまりに頭が混乱しているせいで、
言葉がうまく出てこない。

どうなってるんだろう。
僕の顔が、IDの写真と違う?

そこへマネージャーが通りかかる。

助かった。
と、50セントは思う。

「おい、マネージャー。おい、こっちだ」

50セントは大声でそう叫ぶ。
その声に気がついてマネージャーが寄ってくる。

「どうしたんだい、坊や」

開口一番、マネージャーがそう言う。

「どうやら、50セントさんの大ファンみたいなんすよ」

警備員がマネージャーにそう伝える。

「そうかそうか。だったら私がフィフティにあわせてあげるよ。電話番号を教えてくれるかな」

薄笑いを浮かべたマネージャーがそう言う。

子持ちの既婚者でありながら、
少年愛好家で悪名高いマネージャーが、
50セントに色目を使ってくる。

50セントの頭の中が真っ白になる。

「坊や、緊張してるのかい」

「…」

「坊や、何も心配することなんてないんだよ」

「…」

黙りこくる50セントの肩に、
マネージャーが腕をまわしてくる。
ヤニ臭い息を吐きながら、耳元でマネージャーが囁く。

「坊や、君はとってもかわいい顔をしてるね」

その言葉で50セントは我に返る。
腕を払いのけ、猛ダッシュでその場から逃げ出す。
背後から三人の大きな笑い声が聞こえてくる。

かわいい顔だって?
僕のことをかわいい顔をしてるだって?
といことは…。

走りながら考える。

あれだ。今朝のあれのせいだ。
あの化粧品が本当に効いたんだ。
僕はファニーフェイスを手に入れたんだ。
そして彼らは僕が、50セントだとわからないんだ。

体は。体はどうだろうか。

走りながら自分の体を手で触る。
服の上からぺたぺたとあちこちを触るが、
どうにも服のだぶつきが邪魔でしょうがない。

ちがう。いつもとちがう。

もともと大きなサイズの服だったけど、
今朝着たときよりもずっと大きなものに感じる。
服の中に手をすべらせ、筋肉を直に触る。
ない。あんなにあった筋肉が全然ない。
おうとつのないペッタンコの体しかそこにない。

急に体の力がぬける。
腹の底から笑いがこみあげてくる。

はははは。やったぞ。
はははははは。僕は変わったんだ。
はははははははははははは。

走るのをやめ、笑い転げながら、
路上駐車された一台の車に近づく。
期待と緊張に振るえながら、
その車の、サイドミラーを覗き込む。

あ…。

50セントは絶句する。

たしかにそこには、
それまでの悪党面とはまるで違う、
優しげで、デコボコの少ないつるりとした
愛嬌たっぷりの中性的な男の顔があった。
狂おしいほど憧れた、
インディーポップ向きのそんな顔があった。

だがしかし、予期せぬおまけまでついていたのだ。

こ、これは一体どういうことなんだ!

ミラーに映る50セントの顔。
それはあまりに変わり果てたものだった。
なぜなら、元の顔から完全に強面要素が抜け落ちたように、
その生まれもっての黒い肌の色までもが、
すっかりと抜け落ちていたからだ。

こ、こんなの、
かかかか、完璧に僕じゃないか。

今やその肌は、黒人のそれではなかった。
かといって白人のそれでもなかった。
その肌はまるで、東洋人のごとく、
いや、誰がみても東洋人といえる様相で持って、
顔や体を、あらゆる全ての部分を、
なんの違和感もなく覆っていた。

激しく降り続ける雨。
呆然と立ち尽くす50セントを、
無情に濡らす冷たい雨。

そんな雨の中で50セントは、
通りかかった若い東洋系の男に、
Are you all right?と声をかけられるまで、
その場から動き出すことが出来ないでいた。

つづく

投稿者 hospital : 2006年10月14日 15:22

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